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第198話 視察の旅 その2

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 僕達は次の村に向かっていった。遠目にこの周辺でもっとも高い山がハッキリと見えていた。雪のため、真っ白く山体は覆われていたが、それでも雄大な姿は変わらない。このような山を毎日見れたら、気分がいいものだろうなと思い、ハヤブサの上から飽きることなく眺めていた。ここで一旦休憩を取ることになった。

 僕は休憩中も山を飽きずに眺めていた。そんな時に、ルドが僕に話しかけてきた。

 「ロッシュ。飽きもせずによく山ばかり見ていられるな。そんなの面白いものでもないだろ。まるで爺さんみたいだな」

 わるかったな。元は爺さんなんだよ。

 「ルドにはこの良さがわからないのか? まだまだだな。こんな風景だったら、毎日でも見ていたいよ。それにしても、ここはどういう場所なんだ? 今までは山や森が多かったが、ここだけ視界がかなり広がっているな。かなり広大な平地がありそうだな」

 「その通りだ。王国内でもこれほど拓けている場所は滅多にないだろうという場所だ。王都は西にあるが、東にあったなら、間違いなくこの場所になっていただろうな。広大な平地が広がっているから、人口がいくら増えても容易に収容することが出来る。それに周りが山に囲まれているため、防御もしやすい。今回の砦はこの平地の西端に位置する場所だ。東西50キロメートル、南北20キロメートルくらいはあるだろうな」

 この場所は一村と次の二村の間くらいか。ルドがこれほどいうのであれば、この地を公国の中心的な場所として栄えさせるのが面白いかもしれないな。こういう場所を発見できたのは、大きな収穫だったな。僕達は休憩を終わらせ、二村に向かって出発した。街道はやや南下を始め、風に潮の香りを感じるようになってきた。ここはラエルの街から70キロメートルほど西の位置する場所だ。そこに二村があった。

 二村は、南に海が広がり、それ以外の方角はすべて平地である。遠くに森や山が見える。川も数条流れているが、どれも細く十分な水量を持っているとはいい難いものだ。実際、農地として広がるには、他から水を持ってくるなどの土木工事が必要になってくるだろう。この平地を見る限り、それだけの価値はありそうだ。これだけの平地を農地に変えることが出来れば、簡単に数十万人分に食料を生産することが可能だろう。それに南の海が魅力的だ。

 僕達が二村に到着すると、すでに二村のものが出迎えに来ていた。僕の見知っている顔だ。元王国騎士団でルドの部下だったマッシュだ。マッシュは若いながらも苦労に苦労を重ねてきた人生を歩んできたため、忍耐力が強く、何事にも粘り強く対処することをルドが評価をし、推薦されて選ばれたのだ。

 「ロッシュ公。ご無沙汰いたしております。ルドベック様も。この村は二つの街と村に囲まれているせいもあってか、物資の滞りが少なく当初の予定通り、開発が進んでおります」

 それはなによりだ。ここにも三千人近い人が住んで開発に勤しんでいる。海風が強く、寒さをより強く感じてしまう。防寒着などの寒さ対策が十分でないため、生活がとても厳しいだろうと想像してしまう。僕は、一村と同じように、マッシュに説明をして石を設置することにした。一村のテドとは違い、マッシュは全く疑うような様子もなく、素直に受け入れてくれた。それはそれで、拍子抜けしてしまうが。

 「マッシュ。南の海だが、どんな様子なんだ?」

 「はっ。南の海は岩礁が多く、水深が急に深くなるのが特徴です。波は荒れることはなく、常に穏やかな様子です」

 ほう、水深が急に深くなるというのか。更には、波が穏やかということは、船着き場を作るにはもってこいの場所だな。しかも、大型船の停泊も可能になるのではないか? そうなれば、新村から船による物資の輸送も可能になるかもしれない。そうなれば、物流は更に良くなるはずだ。この場所が、優良な港になるかもしれないとわかったのは収穫だったな。早速、相談をしてみたいな。

 「ゴードン。二村を新村に続き、漁村として栄えさせてみてはどうだろうか。船着き場としての機能もつければ、新村からの物資の輸送も可能となるぞ」

 「それはいい考えだと思います。さらに物資の必要量が増えた場合、対処が難しくなることは分かっていたことですから。船ですか。それはいいですね。まだ、船の運用が始まってもいませんが、話を進めておいたほうが良さそうですな。いやはや、船とは思いつきませんでしたな」

 ゴードンも賛成してくれたことなので、僕はすぐにマッシュに説明をし、二村を漁村にするべく開発の方向を変えてもらうように指示を出した。といっても、船の増産を待たねばならないため、現状では農地の開発を最優先にすることには変わりはないが。漁村にするとなると、農業との両立も考えねば。そうなると、二村の人口をもう少し増やすべきだな。次の街に着いたら、ライルに相談してみよう。僕が考えている事をしていると、マッシュが思い出したように報告をしてきた。

 「ロッシュ公。報告が遅れましたが、周囲の探索を行っている際に、北の森に牛を群れを発見いたしました。一度、捕獲をしようと思い、村人をかき集め立ち向かったのですが、獰猛でとても太刀打ちが出来なかったのです。家畜の施設や飼育の経験者がいなかったため、諦めてしまったのですが」

 牛だと⁉ こんなところで牛の話を聞けるとは。しかし、牛を目の前に一度の失敗で諦めてしまうとはな。もしかして、牛を食べる習慣がないとか? ゴードンに確認するとその通りだった。王国内でも一地方で食べられているくらいで、あまり一般的ではないようだ。だから、マッシュは報告を上げる必要性がないと感じたのか。

 しかし、僕が話を聞いたからには諦めるわけにはいかない。食べなくても、農業で使えばいい。とにかく、牛の有用性は高く、手に入れる価値は間違いなくあるのだ。とにかく、捕獲をしに行こう。僕は、マッシュに捕獲をするために人手を集めるように指示を出した。今から? と驚いていたが、そこは元騎士団だ。命令には忠実ですぐに村人を集めてくれた。

 僕とハヤブサ、マッシュと村人で牛を捕まえに出発した。雪が積もっていたが、大して苦労もなく進んでいく。マッシュの言っていた北の森とはおそらくこの場所だろう。村から数キロメートルしか離れていない場所だ。ここに牛がいるのか。

 森に着くと、村人は牛を探索するために森に入っていった。僕とマッシュも村人に続くような形で森に入っていった。森は鬱蒼としていたが、そこかしこに獣道が出来ていたので歩くことに苦労はない。ひたすら奥に向かって歩いていくと、そこには少し拓けた場所と小さな湖が広がっていた。

 「いたぞ」

 湖の対岸に牛の群れが休んでいたのだ。僕は牛を見つけて、つい声を漏らしてしまった。野生の牛に聞かれたら、逃げてしまうところだ。何と言う失態だ。ただ、幸いにも牛はまだ僕達には気付いていないみたいだ。僕達は静かにゆっくりと近付いていったのだが、牛にはとうに気付かれていた。こちらを振り向いても逃げる様子もなく、あまり関心がないようだ。

 獰猛と聞いていたが、大人しそうではないか。僕が先に行こうとすると、村人達はかなり怯んでいる様子で近づくことをかなりためらっている。一度失敗しているから恐怖を感じているのだろうな。これでは、村人で囲って捕獲をするという方法は難しそうだな。仕方がない。僕はハヤブサと共に近づくことにした。

 近づいていくと、横になっていた牛たちも立ち上がり始め、僕に敵意を向け始めていた。確かに獰猛そうな顔になってきたな。牛は、大きさは僕が想像した普通の牛のものだったが、痩せていて筋っぽい感じの印象だ。食べても美味しくなさそうだな。その中で、一回り大きな牛がいた。これがこの群れのリーダーだろう。

 なんとか、リーダーを落とせれば勝機はありそうだな。ある程度の距離になると、リーダー格の牛が猛然と僕とハヤブサに襲い掛かってきた。それに対して、ハヤブサも真っ向からぶつかりお互いが少し吹き飛んだ。それでも、お互いの戦意は失われておらず、なおも牛はハヤブサに攻撃を加えていく。

 ハヤブサは、何度も牛の攻撃をいなし続けていた。どうやら、ハヤブサのほうが圧倒的に力が勝っているようだ。相手の力を削ぐように動きをしていることから、きっと僕の目的に気付いてくれているのだろう。リーダー格の牛は、執拗に攻撃していた手が徐々に弱くなり、終いには息を切らせて、こちらを睨みつけるだけで動こうとしてこなくなった。

 僕は、その隙に従属魔法を使い、牛を隷属させることに成功した。ハヤブサが体力だけを削っていてくれて助かった。きっと、ハヤブサがその気になれば、この牛の群れなど、瞬く間に屠ってしまっていただろう。隷属されたリーダー格の牛が、空に向かって大きく吠えると、群れの牛も一斉に吠えだした。僕は何事があったのだと、眺めていると、リーダー格の牛が僕に近付いてきて、顔を僕の体に擦り付け始めてきた。

 その間に、牛の群れは僕に近づき、リーダー格の動きをずっと見つめていたのだった。僕達は、牛の群れを捕獲することに成功したのだ。僕達は二村に戻り、簡単な柵を作って、そこに放牧することにした。すると、マッシュが心配そうな声で僕に話しかけてきた。

 「ロッシュ公。牛を捕まえたのはいいのですが。数が多すぎます。100頭は越えてくると思いますが、これだけの牛を飼育することが出来るものがいません。もちろん、全力で飼育はしていくつもりですが、ロッシュ公の期待に応えられるか自信がありません」

 「そんなことは気にしなくていい。今は、牛達に水と食料を与え、生かすことだけを考えろ。それからのことはゆっくりと考えていこう。僕としては牛を手に入れただけでも大きな収穫だった。いつかは、繁殖までやりたいものだな。マッシュ。牛の飼育は、重要な位置づけとして考え、人手を掛けても構わないから、死なすことだけはしないようにな。よろしく頼むぞ」

 マッシュは、ははっ!! といって頭を下げた。きっと、マッシュなら大丈夫だろう。一から勉強して、何年かすれば形にはなっていくだろう。ゴードンにも、牛の飼育の実績がある者がいないか、調べてもらう必要があるな。

 僕達は二村での視察を終わらせ、その場で宿泊することになった。一村と違い、居住区には建物が多く作られており、住民が気を使って、僕達のために建物を明けてくれたのだ。野営でも良かったが、強烈な海風で落ち着いて寝れなかっただろうな。次の日まで、僕はゆっくりと休むことが出来た。
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