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第277話 変な夢と幸せな発見

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 建設現場にやってきたゴードンは、北部諸侯の情報を入手したいと言って向かっていった。前々からゴードンは戸籍の導入を進めようとしていた。村の時は、誰がどこにいて、どこの家で子供が生まれたとか、分からないことはなかったが、公国は今や人口が五十万人を越えており、食料が安定的に供給されるようになったおかげで子供がたくさん産まれている。

 早く戸籍を導入しなければ、地域の住民を管理することが出来ず、公国から食料や教育を提供することが難しくなる。さらに、管理がされていないと、不法に入国する者が絶えず、犯罪の温床になる可能性が高くなるのだ。そのための素地を手に入れるために北部諸侯連合に出向くというのだ。

 城郭都市の外郭部分が終わり、住民の移住が始まった。一旦、サノケッソの街に移住していた者たちを受け入れることが可能になったからだ。といっても、未だ建物もなく、これからということになる。なんとか、建築技術を有するものを集めたのだが、公国内ではどこもかしこも建築が進められているため人手不足に陥っているのだ。

 幸い移住者の中にかなりの数の建築技術を有するものがいたのだ。今回の移住者は公爵領から10万人、伯爵領から5万人にも及ぶ。彼らの生活がこれから始まるのだ。当面はグルドをここの責任者に任せることにした。しかし、彼は軍人だ。行政を任せられるものをすぐに選任する必要があるだろう。僕はグルドに会いに行った。

 「グルド。ついに移住が始まった。この都市がどのようになるかは最初が肝心だ。といっても、まずは住居を最優先で建ててもらいたい。すでに僕が大工に家を作ってもらうように頼んである。それをとにかく多く作るようにしてくれ。そして、建築に携わらないものたちには農業をするようにしよう」

 僕が大工に頼んだ建物は長屋だ。建築に要する時間が少なく、なおかつ収容人数が多い。不便なところは多いが、とにかく雨風を凌ぐ事が重要だ。しかし、公爵領の風景を思い浮かべると、素晴らしい街並みであった。是非、移築をしてあの街並みを再現したいものだ。雪国特有の斜めの屋根、総レンガ造りの建物。それらを再び見たいものだ。

 僕は、城塞都市の重要な構造である水路を作ることにした。この都市では物流を水路を使って行うことにしようと思っている。そのため、水路は船が行き来できるように15メートルほどの幅を決め、円形の水路を掘っていく。円形の水路は三本だ。大中小の円となる。それらを十字に掘った水路で繋げていく。これで、城郭都市の中では全ての地域に水路が接続されることになる。

 しかし、水路を作ったはいいが水が流れなかった。僕は川との高低差を考えていなかったのだ。水路が川より高いなら流れるわけはないな。僕はシラーと協力して、更に掘り下げた。水は流れてくれたものの、次は地面から五メートルくらい深いことになってしまったのだ。ところどころに階段を設置することにして完成とした。シラーがこの水路を見て呟いた。

 「思ってたより、凄いのが出来てしまいましたね。これなら生活が便利になるかも知れませんね。だけど……肝心の船がないですね」

 ……なんてことだ。船を完全に失念していた。街作りに没頭するあまり、見過ごしていた。とりあえず、筏で我慢するか。近代的な都市を目指していたのに。結局、筏か。ショックだ。船は船大工のテドに相談しておこう。

 僕はわざわざ高台に登り、城郭都市を一望できる場所に立った。なんとなく、ここで酒が飲みたい気分になったのだ。ミヤとシラー、それにシェラは嬉しそうに付き合ってくれるみたいだ。

 「ロッシュがそんなことを言うなんて珍しいわね。そういう誘いなら私はいつでも歓迎するわ!! さあ、魔酒を出してちょうだい」

 ミヤは相変わらずだが、いろいろと助けてもらったからな。今日はミヤと飲み比べでもやってみようかな。僕はここ数日を振り返ってみるといろいろなことをやってきたと思う。城塞都市の建設から始まり、公爵に命を狙われ、北部諸侯連合を併合し、王国軍と戦争し、そして、都市建設を再開した。めまぐるしい出来事を想像し、ようやく一息付ける時間が出来た。もちろん、この地でやらなければならないことはたくさんある。しかし、働きすぎなような気がする。

 「シラー。君にも随分と苦労させてしまったな。王国軍の戦争から、城塞都市の建設まで。とにかく、助かったよ。ありがとうな」

 「そんな滅相もない。戦争は特に何もやっていませんし、都市建設といっても土を掘っていただけですから。むしろ、ロッシュ様と二人でいられる時間が多かったので幸せでした」

 シラーってサラリと恥ずかしいことを口にするんだよな。嬉しいけど、どう返していいのかわからないんだよな。

 「シェラもお疲れ様。公爵領と伯爵領での治療では本当に助かった。みんなもすごく喜んでくれてたな」

 「旦那様が皆を治療している姿はとっても素敵でしたよ。旦那様は、この世界の人達を多く救ってくれています。そのことについて感謝しています。これからももっと多くの人を助けてくださいね」

 随分と無理難題を押し付けてくるもんだ。でも、今までも何とかやっていけたんだから、大丈夫だろう。最初を考えれば。村から始まった僕の生活。最初は五百人の暮らしを支えるのでさえ苦労したものだ。それが、今や五十万人に膨れ上がった者達の暮らしを支えるのに苦慮しているのだ。また、何年かしたらその数は多くなっているのだろうか? それは分からないが、公国は確実に成長し、それだけ救える者が増えてきている。

 僕は王国をどうしたらいいのだろうか。王国はかつてはこの大陸では帝国と二分するほど強大だった。先の大戦によって、王国の国力は比べ物にならないほど低下しているのだろう。しかし、それはどこに置いても同じことだ。つまり、力の比較だけすれば、未だ王国は強大なのだ。それを相手に公国が太刀打ちできるものだろうか。

 戦争しか解決する手段はないのだろうか。そもそも、王弟は公国を攻めてくるのだろうか。食料が欲しいのなら、余剰の食料を提供すれば、もしかしたら王国と共存する方法があるのかもしれない。僕はその方法を模索するべきなのかも知れない。

 僕は自分の考えをミヤ達に伝えてみた。すると、ミヤが呆れたような顔をしていた。

 「ロッシュ。貴方はきっと疲れているのよ。そんな方法は絶対に成功しないわ。仮に成功しても、それは王国に搾取されるだけの公国に成り下がるわ。もっと言えば、公国の皆がロッシュを支えているのは王国に対抗できる国が公国しかないからよ。皆、多かれ少なかれ王国に恨みがあるのよ。ロッシュがそんなことを考えていると知られたら、きっと離反する者も出てくるわよ」

 そういうものだろうか。確かにミヤの考えには一理あるような気がする。なるほど、僕は疲れているのか。すると、ぐっと体を引っ張られた。僕は横になりシェラの膝に頭が置かれた。

 「そんな時は美女の膝枕に限りますよ。旦那様」

 「ああ、ありがとう」

 僕はそう言うといつの間にか眠りについていた。変な夢を見た。僕が城郭都市の側に立っていた。それは美しい街並みだった。その景色を見て、僕は喜んでいたが、次の瞬間、街並みは紅蓮の炎に包まれ、逃げ惑う人々を見ていたのだ。僕がなんとか救おうとするが体が動かない。僕はなんとか動こうとした……その時、目が覚めたのだ。僕の目の前には覗き込んでいるシェラの顔があった。

 「どうしたの? 随分とうなされていたけど。怖い夢でも見た?」

 どう説明したらいいものか。僕の夢には、間違いなく魔族の影があった。ミヤとは違うが、翼を持つ異形なものだ。僕はすぐに忘れてしまいそうになりながらも、覚えていることを話した。僕としてはしっかりとした物語を語っているつもりなのだが、脈絡もなく訳の分からない話になっていた。ミヤは僕の話を聞いて、真剣な表情になっていた。もしかしたら、何か思い当たることでもあるのか?

 「ロッシュ。やっぱり、相当疲れているのね。しばらく休んだほうがいいわ。そうだ!! あの温泉街で逗留しましょうよ」

 そうですか。ミヤの考えはいいかも知れない。こちらでの用件が済んだら、しばらく休むのもいいかも知れない。しかし、二度と目にしたくない光景だ。防火の設備の導入をさせてみるか。あの炎には意味があるとは思えないが。

 すると、シラーがミヤを注意深く視線を送っていた。そんな表情をするシラーを初めてみた。何か気になることでもあるのか?

 「ミヤ様。どこか、体調が優れないことはないですか? 今日は明らかに酒量が減っているような気がするんですけど」

 ん? そうか? すでに大樽を空けてしまいそうだが。まぁ、いつもよりペースは遅いかも知れないな。

 「確かに、ちょっと気分が優れないかも知れないわね。私もロッシュの疲れが伝染ってしまったのかしら?」

 疲れって伝染るの? そんな訳ないでしょ。すると、シェラが急にミヤに近づき体を触り始めた。ミヤはくすぐったそうに身を捩るがシェラは止めようとしない。一体、何をしているんだ? ようやく、体を離した。ミヤは少し息を切らせてシェラを睨みつけていた。

 「何するの!! くすぐったいじゃない」

 「ミヤさん。そろそろお酒を飲むのを控えたほうがいいかも知れませんよ」

 「何よ。疲れても、これくらい平気で飲めるわよ」

 ミヤは無理やり酒を口に流し込もうとしたが、シェラは冷静に酒を取り上げた。

 「これ以上飲むと、子供に差し障りが出ますよ」

 一瞬、空気が止まった。シェラは一体何を言っているんだ? まさか……僕はミヤのお腹を探ってみた。回復魔法を使えるようになると、体の異常を感じることが出来るようになる。

 ……感じる。たしかにミヤの体の中にもう一つの命を感じることができる。ミヤは心配そうな顔をしながら僕の顔をずっと見つめてくる。僕は顔を上げると、ミヤと目があった。

 「ミヤ。どうやら子供が出来たようだよ」

 ミヤは力が抜けたように僕に体を預けてきた。

 「ミヤ、おめでとう。そして、ありがとう」

 「ロッシュ。私ね、子供が出来たら、すごく喜ぼうと思っていたの。でも、実際は力が抜けてしまうものなのね」

 ミヤはしばらく僕に付き合うことになったが、それ以降は村で静養することになった。しかも、あれほど好きだった酒もきっぱりと断ち、魔牛牧場を出入りすることも無くなったのだった。
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