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特別じゃない招待状
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忙しい夏が過ぎたーーバルテレミー王宮の食堂に勤めて早半年。
初めて過ごした王宮の夏は、夏祭りをはじめ数々の祭典や行事が盛りだくさんで、とんでもなく忙しかった。
食堂で仕事する仲間内では、一番下っ端の俺は、普段なら足を踏み入れることのない賓客用の料理を作る厨房の手伝いに駆り出された。賓客用って言うからには、さぞかしお上品かと思いきや、こういった場所はどこも同じようだ。
殺気立った空気はまさに戦場であり、城下町の食堂にいた頃を思い出されて、ちょっぴり懐かしい気持ちに駆られたりもした。まあそんな感傷に浸れたのはほんの一瞬で、あとは目の回るような忙しさに、そんな気持ちはすぐ吹っ飛んじゃったけど。
(でも、おかげでたくさんの知り合いができたなぁ)
今まで食堂の厨房と、その裏にある従業員専用の寮を往復するばかりの日々だったから、仕事仲間以外と知り合う機会がなかった。
でも王宮行事の手伝いをしたら、びっくりするくらい多くの人間が働いていて、中には気さくに声を掛けてくれる気のいい人もたくさんいた。
仕事を手伝い合ったり励まし合ったりと、お互い協力しながら忙しいイベント期間を共に乗り越えたから、今ではすっかり良き仲間・良き戦友だ。
でもそんな風に日々を過ごしていたら、ハルトに会う時間が取れなくて、この夏はほとんど会うことができなかった。
ハルト……ベルンハルト・アーベルは、市井の警備や治安を司るバルテレミー第5部隊の隊長であり、一応俺の恋人でもある。
「一応ってどういう意味? 付き合ってんでしょ?」
賓客用の厨房に勤めるカイルは、サンドウィッチを片手に呆れた様子で胡坐をかいた。
カイルとは、夏祭りの手伝いで厨房に入った時に知り合った。偶然にも俺と同い年で、恰幅のいい丸顔をした、話しやすいいい奴だ。のんびりそうに見えて、無駄ない動作でびっくりするくらい見栄えのする料理を作る、立派な料理人でもある。
俺たちは北の塔に広がる裏庭で、それぞれ持ち合ったまかない飯をのんびり食いながらおしゃべりをしていた。風は冷たくなってきたけど、太陽さえ出ていればわりと暖かいので、柔らかな芝の上に直接座っても寝そべっても快適だ。
しかし俺はカイルの言葉に、食べ終わったサンドウィッチの包みをたたみながら、芝からよっこいしょと半身を起こして項垂れてしまう。
「いや、たしかに付き合ってるけどさ。この夏は忙しすぎて、ほとんど会えてないんだよ……こんなで付き合ってるって、言えんのかなって」
「まあ、隊長さんだから忙しいだろうね。それに、あの時は貴重な時間を邪魔しちゃってごめん」
「もういい加減、それ忘れろって」
ニコニコ笑うカイルに、俺は顔を赤らめて抗議する。実は夏祭りの期間中、仕事の合間を縫って抜け出してきたハルトと俺が、王宮の中庭で逢引してるところを、偶然通りかかったカイルに見られてしまったのだ。
「いやだって、衝撃だったよ。まさかセディに、あんな男前な恋人がいたんだもの。男前といえば王弟殿下が有名だけど、隊長さんはタイプが違うというか、硬派な感じがするな」
「硬派というか、お堅いというか……まあ殿下とは違うよな」
俺は夏祭りの会場にいた、王弟殿下を思い出す。チラリと見た限り優男風の、いかにも女にモテそうな華やかで端正な顔立ちで、大勢の人たちに囲まれながら、作り物のような微笑を浮かべていた。一方ハルトはそれとは正反対の、目つきが鋭くがっしりとした体格で、触れると切れそうな研いだナイフのような風貌をしてる。
(そこがまた、カッコイイんだよな)
でも当の本人は、自分の外見に無頓着で、超がつくほど恋愛に対して奥手だ。しかも俺に対しても、いまだに自信が持てないらしい。だから付き合っているのに、数度のデートをしただけで、何の進展もない……こんなんじゃ、俺の方も自信を失うってもんだ。
「とにかく夏のイベントラッシュは終わったんだから、これからはもっと会える時間ができるでしょ? 隊長さんもほら、いろいろ溜まってんじゃないの?」
「溜まっ……ばっかやろう、変なこと言うなよ!」
そんなレベルから程遠い俺らの関係は、一体どの位置にいるんだろう。笑い転げるカイルに軽く蹴りを入れながら、俺の心に一抹の不安がよぎった。
しかしそんな話をした翌日のこと。めずらしくハルトから招待状が届いた。どうやら俺の次の休みに合わせて、ランチに招待したいとある。
(わざわざ招待状出すって、直接言いにこれないほど忙しいのかな……)
忙しいなら無理しなくても、と思いつつ、顔が緩むのを止められない。しかもハルトの屋敷に、はじめて招待されてうれしい。きっと立派な屋敷だろうから、ちゃんとした服装しなくちゃな、とクローゼットを引っ掻き回す。
(なんか、ろくな服がないなあ。まあ、おしゃれする機会なんて、今までなかったからな)
数枚あるシャツの中で、比較的新しいものと、前にハルトと街でデートした時に履いたズボンを引っ張りだして合わせてみる。まあ、それほどひどくないからこれでいいか。
(あ、そういえば夏祭りの時にもらった、首に巻くなんちゃらタイ……アスコットタイとかいうのがあった)
五日間お手伝いしたご褒美にと、厨房を監督していた貴族の、なんちゃら男爵って人がくれたものだ。
一緒に手伝いに入った他の奴らも、何かしらもらっていたようだけど、俺にはなぜか布切れ一枚だったから変な顔したら『昼間の礼装に使うものだ』って言われた。俺がはじめて見たって言ったら、笑いながらつけ方を教えてくれた。
俺はクローゼットの扉の内側にある鏡の前で、その男爵に教わった通りに、どうにかタイを結んでみた。この次は真ん中で留めるブローチをあげる、って言われたけど、それはさすがに必要ないって断った。そんな高価なものもらえないし、どうせ使うこともないだろうから。
(まあ俺のシャツには、タイも大げさな感じするけど、きちんとした場所じゃジャケットにタイが定番らしいからな)
残念ながらジャケットは持ち合わせがないが、タイを結べることに俺はとても満足していた……この時までは。
初めて過ごした王宮の夏は、夏祭りをはじめ数々の祭典や行事が盛りだくさんで、とんでもなく忙しかった。
食堂で仕事する仲間内では、一番下っ端の俺は、普段なら足を踏み入れることのない賓客用の料理を作る厨房の手伝いに駆り出された。賓客用って言うからには、さぞかしお上品かと思いきや、こういった場所はどこも同じようだ。
殺気立った空気はまさに戦場であり、城下町の食堂にいた頃を思い出されて、ちょっぴり懐かしい気持ちに駆られたりもした。まあそんな感傷に浸れたのはほんの一瞬で、あとは目の回るような忙しさに、そんな気持ちはすぐ吹っ飛んじゃったけど。
(でも、おかげでたくさんの知り合いができたなぁ)
今まで食堂の厨房と、その裏にある従業員専用の寮を往復するばかりの日々だったから、仕事仲間以外と知り合う機会がなかった。
でも王宮行事の手伝いをしたら、びっくりするくらい多くの人間が働いていて、中には気さくに声を掛けてくれる気のいい人もたくさんいた。
仕事を手伝い合ったり励まし合ったりと、お互い協力しながら忙しいイベント期間を共に乗り越えたから、今ではすっかり良き仲間・良き戦友だ。
でもそんな風に日々を過ごしていたら、ハルトに会う時間が取れなくて、この夏はほとんど会うことができなかった。
ハルト……ベルンハルト・アーベルは、市井の警備や治安を司るバルテレミー第5部隊の隊長であり、一応俺の恋人でもある。
「一応ってどういう意味? 付き合ってんでしょ?」
賓客用の厨房に勤めるカイルは、サンドウィッチを片手に呆れた様子で胡坐をかいた。
カイルとは、夏祭りの手伝いで厨房に入った時に知り合った。偶然にも俺と同い年で、恰幅のいい丸顔をした、話しやすいいい奴だ。のんびりそうに見えて、無駄ない動作でびっくりするくらい見栄えのする料理を作る、立派な料理人でもある。
俺たちは北の塔に広がる裏庭で、それぞれ持ち合ったまかない飯をのんびり食いながらおしゃべりをしていた。風は冷たくなってきたけど、太陽さえ出ていればわりと暖かいので、柔らかな芝の上に直接座っても寝そべっても快適だ。
しかし俺はカイルの言葉に、食べ終わったサンドウィッチの包みをたたみながら、芝からよっこいしょと半身を起こして項垂れてしまう。
「いや、たしかに付き合ってるけどさ。この夏は忙しすぎて、ほとんど会えてないんだよ……こんなで付き合ってるって、言えんのかなって」
「まあ、隊長さんだから忙しいだろうね。それに、あの時は貴重な時間を邪魔しちゃってごめん」
「もういい加減、それ忘れろって」
ニコニコ笑うカイルに、俺は顔を赤らめて抗議する。実は夏祭りの期間中、仕事の合間を縫って抜け出してきたハルトと俺が、王宮の中庭で逢引してるところを、偶然通りかかったカイルに見られてしまったのだ。
「いやだって、衝撃だったよ。まさかセディに、あんな男前な恋人がいたんだもの。男前といえば王弟殿下が有名だけど、隊長さんはタイプが違うというか、硬派な感じがするな」
「硬派というか、お堅いというか……まあ殿下とは違うよな」
俺は夏祭りの会場にいた、王弟殿下を思い出す。チラリと見た限り優男風の、いかにも女にモテそうな華やかで端正な顔立ちで、大勢の人たちに囲まれながら、作り物のような微笑を浮かべていた。一方ハルトはそれとは正反対の、目つきが鋭くがっしりとした体格で、触れると切れそうな研いだナイフのような風貌をしてる。
(そこがまた、カッコイイんだよな)
でも当の本人は、自分の外見に無頓着で、超がつくほど恋愛に対して奥手だ。しかも俺に対しても、いまだに自信が持てないらしい。だから付き合っているのに、数度のデートをしただけで、何の進展もない……こんなんじゃ、俺の方も自信を失うってもんだ。
「とにかく夏のイベントラッシュは終わったんだから、これからはもっと会える時間ができるでしょ? 隊長さんもほら、いろいろ溜まってんじゃないの?」
「溜まっ……ばっかやろう、変なこと言うなよ!」
そんなレベルから程遠い俺らの関係は、一体どの位置にいるんだろう。笑い転げるカイルに軽く蹴りを入れながら、俺の心に一抹の不安がよぎった。
しかしそんな話をした翌日のこと。めずらしくハルトから招待状が届いた。どうやら俺の次の休みに合わせて、ランチに招待したいとある。
(わざわざ招待状出すって、直接言いにこれないほど忙しいのかな……)
忙しいなら無理しなくても、と思いつつ、顔が緩むのを止められない。しかもハルトの屋敷に、はじめて招待されてうれしい。きっと立派な屋敷だろうから、ちゃんとした服装しなくちゃな、とクローゼットを引っ掻き回す。
(なんか、ろくな服がないなあ。まあ、おしゃれする機会なんて、今までなかったからな)
数枚あるシャツの中で、比較的新しいものと、前にハルトと街でデートした時に履いたズボンを引っ張りだして合わせてみる。まあ、それほどひどくないからこれでいいか。
(あ、そういえば夏祭りの時にもらった、首に巻くなんちゃらタイ……アスコットタイとかいうのがあった)
五日間お手伝いしたご褒美にと、厨房を監督していた貴族の、なんちゃら男爵って人がくれたものだ。
一緒に手伝いに入った他の奴らも、何かしらもらっていたようだけど、俺にはなぜか布切れ一枚だったから変な顔したら『昼間の礼装に使うものだ』って言われた。俺がはじめて見たって言ったら、笑いながらつけ方を教えてくれた。
俺はクローゼットの扉の内側にある鏡の前で、その男爵に教わった通りに、どうにかタイを結んでみた。この次は真ん中で留めるブローチをあげる、って言われたけど、それはさすがに必要ないって断った。そんな高価なものもらえないし、どうせ使うこともないだろうから。
(まあ俺のシャツには、タイも大げさな感じするけど、きちんとした場所じゃジャケットにタイが定番らしいからな)
残念ながらジャケットは持ち合わせがないが、タイを結べることに俺はとても満足していた……この時までは。
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