【完】専属料理人なのに、料理しかしないと追い出されました。

桜 鴬

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2巻

2-3

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 最後に大きな本屋さんに寄って、私も数冊購入しました。ルイスも両手に本を抱えて戻ってきました。大丈夫かな? と心配したのですが、マジックバッグに収納しています。そうですよね。ルイスたちは冒険者なのです。マジックバッグ持ちでした。大事なことを忘れてはいけませんね。

「オーダー品が届いたら、ぜひ連絡を頂戴ちょうだいね。また近いうちに会いましょう。ルイスもね」
「私は特に会いたくはありませんね。まあ互いに邪魔にならぬなら、また会いましょう」

 ルイスとライラは相変わらずです。
 ふとすぐ脇の小道を見ると、手のひらで顔をおおい座り込んでいる男の子が見えました。具合が悪いのでしょうか?
 あ……卵が落ちて割れてしまっています。聞けば、お使いで頼まれた卵を割ってしまったそうです。男の子は、お母さんがホットケーキを焼けないと、悲しそうに割れた卵を見ています。ならばと、私は雷白鳥の卵を取り出しました。
 それを手渡そうとすると、少年は、一瞬ですが口角を上げて笑ったのです。見間違いかと確認する間もなく、突如発光した少年に足首をつかまれ、私もその光に呑み込まれてしまいました。
 こ……この引きずり込まれるような感覚は……スキルか魔法かはわかりませんが、たぶん移動系のものでしょう。私はいったいどこに飛ばされてしまうのでしょう。誰か気付いてくれるでしょうか?
 あ……お嬢様の護衛のお二人が、驚愕きょうがくの表情でこちらを見ています。きっと気付いてもらえたでしょう。声を出そうとするけど、引きずる力に逆らうだけで精一杯です。
 私はそのまま光に呑み込まれてしまいました。


     * * * * *


「ライラ! アリーを見ませんでしたか?」
「つい今までルイスと話していたのに、わかるはずがないじゃない!」
「お嬢様! アリー様がうずくまる少年に話しかけましたら、突如発光し、二人ともに消えました。あっという間の出来事で、痕跡すら残っていません。助けられず申し訳ございません」
「仕方ないわ。見ていてくれてありがとう。しかし瞬間移動なら厄介ね。たぶん父が警戒していたスキル封じの魔術師よ。スキルを封じられてしまったら、アリーの命にも関わるわ。急ぐわよ!」
「あの宝箱の百合ですね。もしやとは思いましたが、スキル封じを警戒していたなら教えてください。あの場に私を同席させたのは、私の気持ちを試すためですか? それでアリーが連れ去られては意味がありませんよ!」
「仕方ないじゃない。正直あなたはまだ、上層部には信用されていないのよ。おのれの仕出かしたことをかえりみなさいな。まあ私は信用してあげる。だって聖女から逃げまくったせいで折檻せっかんされ、独房に入れられても耐えたのに、ご飯抜きになった途端シクシク泣いていた、可愛らしいあなたですもの」
「……周囲に人がいなくなると歩行練習をしていたあなたは、聖女に車イスから投げ出されるとシクシクと泣いていました。あれは完璧な嘘泣きですよね? そもそも、アリーに言った『死にたくはなかった』というあの言葉、侍女の本心も死のからくりも、あなたは全て知っていたのでしょう? 殺意を向けられなければ、手駒てごまとして使い続けるおつもりだった。辺境伯様も旦那様もすっかりだまされているとは……」
「最初は嘘泣きではなかったわ。あなただって同じでしょ? 互いに見て見ぬふりをした時点で同類よ。まあでも、話さなかったのは悪かったわ。スキル封じの魔術師を送り込んできたのは子爵側よ。正確には男爵の手駒てごまね。なんて説明はあとにしましょう。とにかくアリーを探さなきゃ!」
「はぁ……我が家のバカどもですか? アリーの価値にも気付けないようなマヌケたち。私を利用するのに邪魔だからアリーを殺す? 火に油を注ぐだけなのがわからない単純な者ばかり。気付いて利用する気満々の大神殿側も大概ですが、まあ、殺意がないだけまだマシです。さあ、こうしてはいられませんね。早くアリーを見つけましょう」


     * * * * *


 うーん。私は気絶していたのでしょうか? 一面、真っ白です。雪山でしょうか。
 それよりお尻よ。地面にお尻をついてるからとても冷たいです。ルイスに冷えは禁物だと言われたばかり、慌てて立ち上がろうとすると抱えていた卵がつるりんこ。うわっと! うっかり落とすところでした。
 抱え直して頭上を振りあおぐと、見知らぬ青年が私を見下ろしています。

しゃべるな。面倒だ。俺がいなくなるまで立ち上がるな。余計なことをすると、今すぐにあの世行きだ。いい子ならわかるな?」

 はあ? もちろん言葉は理解できていますが、いい子ならってなんなのよ! 私は子供じゃないわよ!
 ところであの少年はどこでしょう。無事なのでしょうか? 周囲を見渡しますが見当たりません。

「なんだかずいぶんと不服そうだな。まあいきなりこれでは不満もあるわな。だが文句は天国の神にでもボヤけ。お前はこの世から追放だとよ。死んでお貴族様の役に立てとさ。可哀想にな」

 可哀想だと思うなら、私を殺そうとしないでください。

「同情なんていりません。私を元の場所に戻してください。私と一緒にいた少年は無事なのですか? 人をこの世から追放しようというやからには、話を聞く耳はないでしょうか? 赤の他人を巻き込まないでください。用があるのは私なんですよね?」
「……こ……この……ガキは……」

 あ……まずいかな? お尻の冷たさにイライラして、つい強気なことを……

「まったく可愛げのない女だな! あの少年は俺だ! だましやすいからと、魔道具で子供にけていたんだ。ほどこしはしないと聞いていたから駄目元だったが、まんまと引っかかりやがって。やはり甘ちゃんだな」
ほどこしではありません。お手伝いを頑張っていた、偉い子にあげるお駄賃です! ろくでなしの誘拐犯だったみたいですけど」
「……本当にくそ生意気な女だな。これのどこがいいんだ? アイツの趣味は理解に苦しむな。だがなぜ俺が殺人までしなきゃならん。てなわけで、心優しい俺からのサービスだ。頑張ってこのダンジョンから自力で脱出してくれ。俺は手を貸さんし、スキルは封じさせてもらったからな」

 私はどこかのダンジョンに連れてこられたのですね。それにしても……

「スキル封じって……」
「スキル封じが不思議か? なら冥土めいど土産みやげに教えてやるよ。俺はヒーラー(治療士)だ。スキル封じは、患者のスキルが治療の邪魔をする際に使う。魔力を食うから、俺の場合は一日に一度の使用が限界だ。まあお貴族様の犬をやらされてる俺には、宝の持ち腐れでしかないがな……」

 ヒーラー? 確か病気治療に特化した治療士だったはず。
 ならば瞬間移動は? ただのヒーラーでは使えないはず。私のリターンアドレスとは、明らかに発動の仕方が違ったけど……
 うーん。考えても駄目です。まったく理解ができません。
 お貴族様の犬……つまり依頼主は貴族で、この男性は頼まれただけ。私は貴族の誰かに恨まれているか、それとも邪魔なのかしら? しかし殺すほどのことなの? 少しくらいサービスしてもらっても、スキル封じのせいでチャラにはなりませんし、私の護身術で勝てる相手ではないことくらいはわかります。でも……この世から追放なんて絶対に嫌です!

「個人的な恨みはないが、運命だと思って諦めてくれ。二度目の追放も、運があれば助かるんじゃないか? まあ頑張ってくれ! ではな」

 ……あっという間に消えてしまいました。
 町中からダンジョン内へ飛んできたのだから、やはりスキルではなく魔法なのでしょう。瞬間移動の魔道具もあるけど、かなり貴重で、国宝級なはずです。しかも現在は術者が存在せず、新たな瞬間移動の魔道具を作製することはできません。
 現存する品は血統の魔道具と呼ばれ、血族の血の誓いで継承されているのです。そんな血族の一員が、一介の貴族のこまになるとは思えません。
 彼は、ホワイトハットでの追放のことを知っていました。それに、アイツというのは誰でしょう? アイツの趣味と言うからには、アイツというのは男性で、私の知り合いなのでしょう。心当たりなんて……お兄ちゃんズかザックにルイスに……お客様やギルドの人たちくらいです。
 それにしても……寒いです。考えていてもらちがあきませんので、素早く立ち上がり思考をまとめて行動開始です。
 つまりあの少年は、町で困っていた子供ではなくたった今消えた誘拐犯で、現在この場には私だけしかいないのです。
 自分の身の安全のみを考えましょう。これが一番大事なことですが、現在の私はスキルがまったく使えないのです。つまりスキルであるインベントリも使用できません。
 もちろん抱えたままのこの卵も戻せず、しかもなぜかマジックバッグにすら入らないのです。
 捨てていくのもなんなので、あとで食べてしまいましょう。いつも持ち歩いている非常袋と本日買ったものを、マジックバッグに入れておいて助かりました。
 さあでは先に、寒さをなんとかしのぎましょう。ルイスにプレゼントされたモコモコパジャマを重ね着し、温石を使えば、かなり暖かくなりそうです。
 次に雪洞せつどうを掘ります。現状は吹雪ふぶいてはいませんが、かなり視界が悪いのです。そろそろ夜が近付いているのでしょう、むやみに歩き回らない方が得策です。
 とりあえず自然の穴を使用し、横穴を掘ればたくさんは掘らずに済みそうです。穴の中に保温シートを敷き、寝袋を用意すれば完了です。
 夕食は携帯ミニコンロで雪を溶かし、干し肉とドライ野菜とお米でリゾットにしましょう。乾パンに栄養補助のナッツバーもお役立ちです。もちろん黒パンにドライフルーツもあります。久々に食べる、本格的な非常食を楽しみましょう。非常袋様々です。
 干し肉のスープは体の芯から温まりますし、アレンジが色々とできて美味おいしいんです。
 最後に魔物対策です。魔物避けはありますが、スキルが使用できないとなると、いざというときの得物えものが必要です。そこでこれです!
 オリジナル護身用魔道具、その名も【殺っておしまい棒】です。
 お兄ちゃんズと通った道場の師匠の弟さんが、道場の卒業祝いにと作製してくれました。
 私の通常の武器は、クナイと手裏剣になります。これらはスキルが封じられても、通常の体術としての威力は保てます。しかしスキルとして使用する場合と比べれば、やはり威力は圧倒的に劣ります。そこで、スキルに依存しない護身用の武器にと、凄腕魔道具職人である弟さんが作ってくれたのです。
 ちなみにお兄ちゃんズの卒業祝いの魔道具は、使用魔力減少と魔法威力増大を付加された指輪、【減らして増やす輪】です。それぞれの魔道具のネーミングは師匠なのですが……
 お兄ちゃんたちは剣士です。個別に信仰心と魔法のスキルはありましたが、二人とも魔力が少なく、様々な魔法を使用することはできません。それを克服するための魔道具をプレゼントされ、存分に使いこなすことで、二人はSランクにまで上り詰めました。
 もちろん魔道具のおかげだけではありません。魔法の詠唱えいしょうを高速で複数行うことにより、たくさんの魔法陣を同時展開するという技の習得。二人の連携魔法でより強力な魔法を生み出し、更にはオリジナル魔法まで生み出しているのです。
 とにかくすごいの一言に尽きます。
 魔法陣の同時展開なんてなかなかできません。魔力の多いルイスでさえ、習得できずにうなっていましたからね。
 さあでは、私もこの魔道具を使いこなしましょう。
 見た目は十五センチほどの棒です。手のひらにジャストなサイズで、力を込めて握ると光の刀身が出現します。刀身とはいえ、そのものには切りつけるなどの殺傷能力はありません。
 光る刀身はホログラムのようなもので、雷の電撃をまとわせることで威力を発揮します。光る刀身を突きつければ、相手に五段階のレベルの電流を流し込みます。振れば突かずに相手に電撃を飛ばせますし、また光の刀身を硬化させることも可能で、ダイヤ並みに硬くなるそうです。
 つまり硬化させれば、物理的にぶっ叩くことも突き刺すことも可能。しかも雷の最上級レベルは、ドラゴンをもしびれさせる稲妻いなずま級だとか? さすがにこれは言いすぎでしょうが、かなりヤバい品物かもしれません。
 光の刀身の先から、催涙さいるいガスを発射したりもできるそうですが……護身用とはいえ、さすがに怖くて町では使えないです……
 さてご登場の【殺っておしまい棒】ですが、必要ないことを願いましょう。まあ無理でしょうがね。
 ん? そろそろ薄暗くなりましたし、寒さが身に染みてきました。寝袋に入りましょうか。ゴソゴソ。あ! 卵を食べるのを忘れていました。雪の上に置いたら冷凍になってしまいますし、お腹の位置にある寝袋のポケットに移しましょう。
 ではでは……お休みなさい。


 お早うございます。ふぁー。本当によく寝てしまいました。すっきり爽快! 元気溌剌はつらつです。
 やはりあのまま穴の中で寝たのは正解だったのでしょう。気持ちも落ち着きましたし、寒くもありません。さあ! 無事に戻るため、頑張りましょう。
 改めて周囲を見渡すと、お天気が良くポカポカしていますが、視界に入るのは真っ白な雪ばかり。
 そして、落ち着いて観察すれば、やはりここは……そうです。
 どう考えても大神殿裏の聖なるダンジョン、先週訪れたばかりの雪山フィールド。つまり雷白鳥さんたちの生息地もある、あの最深部に違いありません。
 しかしあれからすでに一週間になります。さすがにあのときにお兄ちゃんズが残してくれた、目印の色は消えてしまっていますね。でも五人で踏み固めた雪は、うっすらとですがまだ道を示しています。
 では今のうちにナッツバーとお水で朝食を済まし、さっさと進めるだけ進みましょう。
 あ……この卵はどうしましょう。やはりマジックバッグにも入りません。手が塞がり邪魔になるため、モコモコパジャマのお腹のポケットにしまいます。これは温石を入れるポケットらしいので、一緒に温石も入れてポカポカです。
 さすがにこの卵はそろそろ食べなくてはならないので、お昼は玉子雑炊にでもしましょう。
 さあ! 脱出に向けてレッツゴー!
 テクテクテクテク。一人黙々と歩いていますが、右を見ても左を見ても、変わらぬ銀世界が続いています。
 私は雪山フィールドの、どの辺りに置き去りにされたのでしょう。うっすらと残されている道筋を歩いてはいますが、進んでいる方向が最下層のどちらへ向かっているのかも、わからないのです。
 入り口ならボスと会わずに、最下層を脱出できます。上層には階層ごとのボスはいません。魔物避けもあるので、かなり楽になるでしょう。
 逆に出口へ向かっているのなら、ダンジョンボスとの戦闘となります。ボスとの戦闘は一人では少し、いえかなり心配ですが、ここのダンジョンのボスは毎回変化なしのカーバンクルたちです。素早いですが先手必勝でなんとかなるでしょうか? しかしカーバンクルたちなら、私が瀕死ひんし状態になっても、外に放り出してくれるでしょうから安心です。
【殺っておしまい棒】の魔力は満タン。もちろん予備の魔石も用意しています。
 きっとみんなが捜してくれている……今はそれを信じて、私はなんとしてでも生き延びます。それだけを考え、信じて進みます。


 いけー! ビリビリ! よいしょっと。水晶のブレスゲットー。
 これでもう何体目でしょうか? またまたシルバーウルフです。体毛はグレーに近いので、銀世界では遠目でもよく視認できます。
 それにしてもかなり魔物が出ますね。しょぱなから【殺っておしまい棒】がフル回転しています。しかし、ラスボス戦があったときのためにも、魔力は極力節約しなければなりません。なるべく物理攻撃でいきましょう。
 そろそろ歩き始めて一時間は経ちます。どうやら魔物避けが効いているのでしょう。小動物系は出てきません。しかし効果が出ている割には、出現する魔物の数が多いのです。はて? 何もないと良いのですが……
 なんて考えていたら! 目の前を、目に見えぬほどの速さで何かが走り抜けました。目をらして見ると、白い細長い生き物たちが、我先にと折り重なるようにどこかへ走ってゆきます。
 あれは……たぶんイタチかオコジョでしょう。
 いきなりたくさんの小動物が出現してビックリですが、これはまずいかもしれません。この移動の仕方は、きっと何かに追われているのでしょう。
 よく見ると、かなり後方ですが、二つの黒い点が見えます。大きさと速度からしてベアー系でしょうが、ダンジョンボス相当の、グリズリー系ではないことを願います。
 段々と黒い点が大きくなり、その姿をあらわにしながら近付いてきます。
 私も全速力で走りますが、靴は普段ばきなので雪に足を取られ、速度が出ません。しかしこの雪山には、私が姿を隠せる場所もないのです。
 気付くと黒い点がいつの間にか二手に分かれています。一匹ならばこのまま逃げ切れるかもしれません。それともこちらへ向かう一匹と対峙たいじすべきでしょうか?
 時間的にはそろそろ、出口か入り口に到達してもいい頃です。入り口なら良いのですが、出口ならばボスとの戦闘があります。もしものときのためにも、【殺っておしまい棒】はなるべく温存したいのですが……
 どうやら考えている時間はないようで、相手が私に気付いたようです。こちらめがけて突進してきました。仕方がありません。来るなら殺るのみです。
 どうやらグレイトベアーのようです。図体の割に素早さが抜きんでている優秀な種ですが、力や狂暴さではグリズリーに劣ります。もちろんこちらも強敵ではありますが、グリズリーでなくひと安心です。
 では先手必勝です! 【殺っておしまい棒】、電撃作戦いきます!
 私は腰を低く落とし、突進してくるグレイトベアーに棒の先を定めます。
 距離が近いほど効果が大きくなるので、獲物はなるべく引きつけなければなりません。出力は対シルバーウルフの倍くらいでしょうか? しかし高パワーの出力では、反動で自分が後方に吹っ飛びますので、忘れず後方の安全確認をいたしましょう。
 もしも一撃で倒せなかったら大変です。必ず反撃には備え、獲物に電撃を喰らわせたら、すぐに獲物の生死を確認しましょう。敵にまだ息があった場合、間を詰められたら大変です。追撃は素早く確実に!
 師匠! スキルなしの状態で大型魔物との戦闘は初めてですが、この【殺っておしまい棒】があれば大丈夫。私でも殺れる気がします。天国のお父さんにお母さん、私はまだそちらへは行きません。私は師匠の教えを貫きます!
 殺られる前に殺れ! です。
 アリー、行きまーす!

「いけー! 喰らえ電撃ー!」

 よし! 見事に命中しました。
 私自身も反動でずいぶんと吹き飛ばされましたが、電撃の効果は抜群のようで、グレイトベアーは頭から大量の血を流し、ピクピクと痙攣けいれんしています。
 しかし油断は禁物です。獲物が動かなくなるまで、構えたまま待機です。完全に動かなくなったところで、急所に【殺っておしまい棒】を突き刺します。背中を見せた途端に襲われたら大変です。トドメを刺せば安心して進めます。
 ドロップ品を回収しておきたいところですが、正直かなり体が冷えてきているため、立ち止まって消失を見守るのがキツいのです。
 なんて思う間もなく、トドメと同時に消失してしまいました。真っ白な雪の上に大量に散った真っ赤な鮮血も同時に消えてゆき、本当に不思議な光景ですね。
 もう一匹のグレイトベアーは、電撃に驚いて逃げていったようです。
 すっかり元の白さを取り戻した雪の上には、色違いの飾り石が柄にはまった短剣が二本。飾り石は水晶ではなく魔石のようです。つまりこれらは魔道具なのでしょう。それではマジックバッグに収納して先に進みましょう。
 しかし、吹き飛ばされたおかげで、目印にしていた道は見当たらず、見渡す限り雪の絨毯じゅうたんです。残ったバラバラな私の足跡と尻餅の跡、そして獲物を倒した今の場所との位置関係を、しばし考えます。
 ……きっと方角的には、こちらに向かって歩いていたのでしょう。時間的にはそろそろ扉が見えてもいい頃です。ならばやはり歩くしかないのですが、雪が服や靴に染み始めて体温が下がり、体力的にもキツくなってきました。ダンジョンとはいえやはり雪山です。町歩き向けの服に、モコモコとはいえパジャマだけではどうにもなりません。
 扉も見つかりませんし、空も暗くなってきました。吹雪ふぶいてきたりしたら大変ですので、少しでも進みながら休む場所を探しましょう。
 数分歩くと、雷白鳥さんたちの生息地にもあったような岩場を発見しました。
 もしかしたらと一縷いちるの希望を抱きますが、やはりそんなに上手くはいきません。グルリと周囲を見渡しますが、雷白鳥さんたちの姿も扉も、まったく見えません。雷白鳥さんがいれば、ダンジョンボスの部屋もすぐ近くにあったのに……
 気を落としてばかりはいられません。とりあえず岩場の陰で休みましょう。
 濡れた服を着替えて、冷えてしまった温石を取り替えます。ふぅ。温まってホッとしました。
 あれ? 温石を入れた辺りがモゾリと動いた感じがします。まさか虫とか入ってませんよね? ゴソゴソ……ふぅ、良かった……虫が入っているわけがありませんね。
 でも確かに動いて……まさか卵でしょうか? ポケットから取り出して眺めてみましたが、特に変化はありませんでした。
 まさかお腹が鳴って動いていたの? なんて、一人でふざけている場合ではありません。視界がどんどん悪くなってきていて、このままでは危険です。
 岩場に向かい私が一人もぐり込めそうな場所を探すと、体育座りをすれば入れそうな岩の隙間を見つけました。周囲の強度を確認しつつ、保温シートとマットを敷きます。なんだか今回は天候が心配です。守りを強固にしましょう。
 さて、では食事を済ませてしまいましょう。吹雪ふぶいたら身動きがとれないかもしれません。今のうちに温かい食べ物をお腹に入れておきましょう。
 では簡単クッキング開始です。なんとお鍋一つでできてしまうスパゲティーです。
 ミニコンロで雪を溶かし、先週海のフィールドでゲットしたエビと貝柱を乾燥させたもので出汁をとります。もちろんエビと貝柱はそのまま具材にし、乾燥茸を数種加えてショートパスタも入れちゃいます。
 麺が柔らかくなったらトマトのピューレを加えて塩胡椒こしょうで味を調ととのえます。熱々のうちに、特製ブレンドチーズを砕いて乗せたら出来上がり。寒さ対策にチーズを増量しちゃおう。シーフードトマトスープスパゲティーの完成です。
 次はホットミルクセーキね。お鍋に卵黄と砂糖を入れてよく混ぜます。牛乳を加えて混ぜながら火にかけ、ほんのり湯気が立つまで温めます。お客様に提供する場合はバニラを加えたりするけど、自宅でならこれだけでも簡単だし美味おいしいの。余った卵白を取っておけば、メレンゲクッキーにもできます。
 さあようやくあの卵をお料理できます。ポケットから出しておいたものに手を伸ばすと……コロコロコロリン? あれ? こら待て! 転がる卵を捕まえると指に激痛が!

「痛ぁーい! 卵が噛んだのー⁉ 嘘ー」

 あまりの痛みに思わず放り投げてしまい、卵は雪の中へ落下してしまいました。
 慌てて拾いますが、殻がパックリと割れていて、中身はどこかへ飛び出してしまっていました。
 これでは残念ながらホットミルクセーキは中止、ただのホットミルクになりそうです。卵はインベントリにたくさんあるから、市場では購入しなかったのです。
 ショックで呆然としたまま、ふと鍋を見るとその後ろに……
 な、何あれ⁉ こちらの方に、何か濡れネズミのような黒いものがいずってきます。まさか本当にネズミなの?
 いずる黒いものを呆けたまましばらく眺めていましたが……あんなに濡れそぼっていては、寒さで凍えて死んでしまいます。それにこれからきっと天候が崩れるでしょう。小さな命が目の前で消えてしまうのは忍びないです。
 私は慌てて温タオルと乾いたタオルを用意し、汚れを取るように拭います。しかし汚れはまったくなく、濡れているだけのようです。仕上げに乾燥したタオルで包んで水気を拭き取れば……
 鳥さんです! グレーのちっちゃな羽に白いクチバシの、モコモコとした鳥のひなです。この辺にグレーな鳥さんの生息地があるのでしょうか? それともまさか……
 私は割れた卵の殻を眺めます。やはりこの卵からかえったのでしょうか? なら雷白鳥の赤ちゃんなの? 生息地でグレーなひなは見かけなかったけど、羽毛が生え変わるのかもしれません。それにしてもモコモコで可愛いなぁ。


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