5 / 71
〈悪役王子〉と〈ヒロイン〉花街編
【5】悪役王子とヒロインは花街で
しおりを挟むきらきらの星降る夜空を、ふたりで見上げた――
そう、あれは、年に一度の星祭りの日のこと。
学院四年生の夏休み中。アリシアはフィリップとお忍びデートに出かけた。
正式には公務の一環だったけれども、フィリップが『お忍びデートだね』と言ったなら、他の誰に何と言われようとアリシアにとってはデートなのだ。
彼と手を繋ぎ、流れゆく星々を眺め、露店のお菓子を食べ歩いた数時間の記憶は、今もアリシアの宝物のひとつであった。
『もう、あんな目には遭わせないから』
『?』
あの夜の彼の言葉の意味を、切なげな瞳の理由を、アリシアは知らない。
彼は綺麗な笑みでアリシアの問いを躱した。ただ『今度はきみを守ってみせる』と歌劇の主役みたいな台詞と一緒に、彼女をぎゅうっと抱きしめた。
その熱い抱擁は、十七歳のアリシアに、それはそれは素敵な思い出として刻まれた。
――なんて、在りし日の夜を回想する今宵。
十九歳のアリシアは、目の前に現れた〝彼〟を見る。
あの日と同じお忍びルックのフィリップは、アリシア――源氏名を〝イリス〟という新人娼妓の水揚げの相手となっていた。伊達眼鏡の奥に輝く空色の瞳は、またも切なげで熱っぽい。
「きみが他の男に抱かれるなんて、耐えられないから――僕が毎晩〝他の男に変身〟して、きみのもとに通おうと思うんだ」
「はい?」
まるで婚約者フィリップと会話する時のような反応をしてしまい、アリシアは慌てて自分の口元を手で覆った。その動きにつられて簪の翠玉が揺れ、薄紅の髪と遊ぶようにシャララと鳴る。
(お客様にこんな対応をしたら、ヴィオ姐からお説教をいただいてしまうわ)
教育係を務めてくれた姐のお叱りの顔が目に浮かぶ。心の中で彼女に〝ごめんなさい〟して、アリシアは一端の娼妓らしく微笑み、言い直した。
「申し訳ございません。お客様――フィル様。今、なんとおっしゃいましたか?」
「きみを独り占めしたいから、毎晩、他の男のふりをして抱きにくる」
(聞き間違いじゃなかった……)
珍しく意味不明な彼の言葉に、アリシアは正直なところ戸惑った。しかし胸にあったのは困惑だけではない。大好きなフィリップを、それもあの思い出の日と同じ恰好の彼を前にして、彼女の心は浮き立ってもいた。
(殿下がお客様として通ってくれたらいいのに、とは願っていたけれど……まさか現実になるなんて……)
もしかしたら、と。はしたない期待が顔を出す。体の芯が微熱を帯びる。
好きだからもっと触れたい、深く触れたい。
未来の妃としては相応しくない、汚い、けれど純粋な女としての願望が、やむなくという形でも叶うのではないかと。
「毎晩――わぁ……嬉しいです……」
「ただし」
「?」
「きみを元の身分に帰らせて、王太子妃として迎えるまで――最後までは、しないから」
「……??」
ふわわと笑ったまま、アリシアはきょとんと小首をかしげる。
フィリップは何かを覚悟するようにひとり頷き、その初心な娼妓にキスをした。
――イリスの水揚げの儀が始まる。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
だったら私が貰います! 婚約破棄からはじまる溺愛婚(希望)
春瀬湖子
恋愛
【2025.2.13書籍刊行になりました!ありがとうございます】
「婚約破棄の宣言がされるのなんて待ってられないわ!」
シエラ・ビスターは第一王子であり王太子であるアレクシス・ルーカンの婚約者候補筆頭なのだが、アレクシス殿下は男爵令嬢にコロッと落とされているようでエスコートすらされない日々。
しかもその男爵令嬢にも婚約者がいて⋯
我慢の限界だったシエラは父である公爵の許可が出たのをキッカケに、夜会で高らかに宣言した。
「婚約破棄してください!!」
いらないのなら私が貰うわ、と勢いのまま男爵令嬢の婚約者だったバルフにプロポーズしたシエラと、訳がわからないまま拐われるように結婚したバルフは⋯?
婚約破棄されたばかりの子爵令息×欲しいものは手に入れるタイプの公爵令嬢のラブコメです。
《2022.9.6追記》
二人の初夜の後を番外編として更新致しました!
念願の初夜を迎えた二人はー⋯?
《2022.9.24追記》
バルフ視点を更新しました!
前半でその時バルフは何を考えて⋯?のお話を。
また、後半は続編のその後のお話を更新しております。
《2023.1.1》
2人のその後の連載を始めるべくキャラ紹介を追加しました(キャサリン主人公のスピンオフが別タイトルである為)
こちらもどうぞよろしくお願いいたします。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる