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9話

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 完全に油断していたのもあるが、手際があまりにも良すぎる。

 この状態で何か抵抗するだけ無駄なので、腕のロープを引いてくる犯人に大人しく付いていくことにする。

 犯人の目途は付いているしね。

 それから何度か階段の上り下りを繰り返された後、立てつけの悪そうな扉を開く音がした後、ソファに向かって投げだされた。

 そして犯人が目の前にあるであろうソファに腰かける音が聞こえた。

「俺が叫んでいたらどうするつもりだったんですか」

 俺を連行した犯人に、若干呆れた口調で物申す。

「その時は猿轡を付けるだけよ。もしかして今つけて欲しいかしら?」

 すると犯人は澄んだ綺麗な声で酷い事を言って来た。

「嫌に決まっていますよね。誰が喜ぶんですかそれ」

「あなた以外に誰が居るのかしら」

「俺の評価が著しく低い事が分かりました」

「そう?最高の評価だと思うけれど」

「それは実験体としてですよね」

「当然じゃない」

 よく考えなくてもこの人に俺に対する良心があるわけが無かった。

「はあ……もういいです。早く全て外してくれますか?」

「ちょっと待ちなさい」

 彼女はそう言ってから間もなく、パシャパシャという音が聞こえてきた。

 写真撮りやがったよこの人。

 パシャシャシャシャシャ!!!!

「連写はやめてください」

「ちょっと黙りなさい」

 そういって本当に猿轡を付けてきた。マジかこの人。

 そして再び写真を撮る音が。誰得だよこの状況。


 それから大体3分後、

「記録も終わったことだし、外してあげる」

 そう言って俺に取り付けられた器具を全て外してくれた。

「相手によっては犯罪になりうること分かっていますか?夏目先輩」

「大丈夫。あなたを拉致した所で犯罪にはならないから」

 俺を拉致するという犯罪行為に至った人の名前は夏目美紅。

 文芸部の部長であり、俺の第4のお姉さんである。

「俺にはちゃんと人権があるんですが」

「そうかもしれないけれど、私の所属する部活の構成員なんだから関係ないわ」

「はあ……で、今回は何を読んだんですか?」

 俺に対する素晴らしい扱いに歓喜のため息をついた後、それを隠す為に別の話題に変える。

「『学園裁断事件簿』ね。先週古本屋で見つけたのよ」

「相変わらずよく分からない本ばかり読みますね。で、その犯人がこんなことをしたんですか?」

 夏目先輩は大のミステリー好きだ。そのため日々本屋や古本屋を巡り、どこが販売しているのか分からない謎のミステリー本を買っては読んでいる。

 だからなのか、この人は毎回ミステリーを読み終わった後にこうやって実際に書かれていた犯行を実践してくるのである。

 とはいっても流石に直接的に危害が加えられることはなく、今回みたく軽いいたずらに収まる所までだが。

 まったくこの人は……

 本当に素晴らしい。お姉さんが弟に対していたずらをしてくるなんて神ではないか。

 だがその喜びがバレたら二度とこんな事を仕掛けてもらえなくなるのは確実なので、必死に隠している。

 この人は俺の嫌がる様を見て楽しんでいるんだから。

「違うわ。これは主人公がやっていたことよ」

「それって本当に主人公なんですか……?」

「当然じゃない。犯人なら足も縛るし、問答無用で口を塞いで荷台で運ぶわ」

「こわ……」

 それはそれで良いのだけれど、ロープを通じて直接引っ張られる感があるこっちの方が良かった。ナイス判断です。

「それに、この本の犯人って殺害までの行動に変な小細工は無くて、ただ背後から首を切断するだけなのよ。流石に面白みが無いわ」

「面白い面白くないで判断しないでください。どうあがいても死ぬじゃないですか」

 いくらいたずらを歓迎すると言っても、死ぬのは流石にNGだよ。

「冗談よ」

「そういうことにしときます」

「ええ。そうしなさい」

「で、今回は何の用事なんですか?」

 この人が俺にいたずらを仕掛けてくるのは用事がある時だけだ。暇だったからとかいう理由でいたずらをしてくれることは無い。

 本を読み終わるたびにしてくれればいいのに。

「これを読みなさい」

 そう言って俺に渡してきたのはノートパソコン。表示されているのは小説である。

 原稿用紙に書いてくるのが文芸部として風情のある姿なのだが、紙は凄く不便なんだよな。

 整理が面倒だったり、間違えた時に修正するのは大変だったりと不都合な面ばかりが目に付く。

 一枚の文字数が決まっているので文量を数えやすいだろ、と考える人も居るだろうが、ワードとかだと普通に左下に文字数が記載されている。どう考えても具体的な文字数が書かれている方が良いに決まっている。

 というわけで電子機器での執筆の割合が多いとは思うのだが、未だに手書きの方々も存在するらしい。

 風情の為なのだとしたら素直に尊敬である。

「なるほど、これを俺に読めと」

「勿論」

 ちなみに、夏目先輩が俺に読ませようとしている小説は、原稿用紙で書かれていようと風情等存在しない。

 なにせただのR-18小説だからな。しかも割と低俗な方の。

「毎度思うんですが、ミステリー好きはどこに行ったんですか」

「読むのは好きだけど、書くのは好きじゃないのよ」

「でもこうはならないでしょ」

 ミステリー好きなのであれば、せめて文芸の範囲に留まっているべきだと思う。

「死と裸体って関連性が高いと思わないかしら?」

「関係はありますけど」

「つまり青春や恋愛等の他ジャンルよりも近いということ。ならミステリー好きは皆こうなって当然よ」

「いや当然じゃないですが」

 謎解きはディ〇ーの後でとか、ビ〇リア古書堂の事件手帖とかはどう説明するんだ。

 R-18よりも恋愛の方が近いだろうが。

 まあお姉さんがR-18を書いていること自体は素晴らしいシチュエーションなので歓迎しているんですけどね。

 個人的にはこの路線を貫いて欲しい。

「そんな議論はどうでも良いわ。さっさと読みなさい」

「わかりました」

 俺は期待に胸を膨らませながら、夏目先輩が書いた小説を読む。
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