因果の糸、組み直し申す

お江戸の町に不幸が起こる時。どこからともなく、ふたりの男が現れる。
藍色の着流し姿に下駄履きの巳之吉。紫色の袴姿の桔梗。

ふたりは、物の怪に取り憑かれた人を救う。
物の怪と人とを繋ぐ因果の糸を断ち切って。
さらには、新たな糸を組み直して。
そうして、陰惨な事件は消し去られていく。
あとに残るのは、小さな幸せの暮らし。

ふたりが、人を救うために暗躍するのはなぜなのか?
ふたりの前世からの因縁とは?

*このお話は、『因果の糸、断ち切り申す』の続編になります。
 連作短編小説なので、前作とは関係なくお読みいただけます。
 一部に、前作と繋がる部分がありますことを、ご了承ください。
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