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第5話 影守り
しおりを挟む屋敷の外壁に背を預け、夜空を見上げる。
星が多い夜だ。
前世でも、こんな夜があった。
彼女が処刑される三日前。私は同じように星を見上げながら、何もできない自分を呪っていた。
だが今は違う。
今度は間に合った。
時が戻った瞬間、私はすぐに理解した。これは奇跡だと。そして、この奇跡を無駄にするまいと誓った。
前世で果たせなかったことを、今度こそ果たす。
彼女を守る。
それだけが、私が時を戻ってきた理由だ。
屋敷の灯りが一つ消える。また一つ消える。
彼女の部屋の明かりは、まだついている。
何を考えているのだろう。
今日の庭での彼女の目を思い出す。あの目は、まるで前世の彼女の目と同じだった。何かを探るような、何かに気づきかけているような。
死に戻ったのは、私だけではないのかもしれない。
そう思いたい。
だが、確かめる方法がない。
軽率に動けば、全てが崩れる。
前世では、動けなかったことを後悔した。だが今世では、動きすぎることを恐れている。彼女が混乱してはいけない。怖がらせてはいけない。
ただ、そばにいる。
影からでも、守れる。
今はそれで十分だ。
風が吹く。木々が揺れる。
前世のことを思い出す。
告白できなかったのは、身分のためだけではなかった。彼女が王子と婚約する前、私には幾度か機会があった。言葉をかけることくらい、できたはずだった。
それでも、できなかった。
彼女には相応しい人がいると思っていた。王族か、高位の貴族か。少なくとも、平民出身の騎士などではない人が。
だから、黙っていた。
遠くから見守ることが、私にできる精一杯だと信じていた。
馬鹿だった。
結局、彼女は幸せになれなかった。私が身を引いたことが、正しい選択だったとは言えない。誰かと幸せになれたわけでも、守られたわけでもない。
ただ、傷ついて、孤独で、最後は命を奪われた。
あの処刑台での彼女の顔が、今も胸に刺さっている。
諦めた顔。
誰にも助けてもらえないと、分かりきった顔。
二度と、あんな顔をさせない。
今度は黙っていない。身分など、関係ない。もし迷惑だと言われても、嫌だと言われても、それでも傍にいる。
それくらいの覚悟は、できている。
ただ、今はまだ早い。
彼女には時間が必要だ。前世の記憶があるとすれば、混乱しているはずだ。そこに私が踏み込めば、かえって傷つけてしまう。
だから今は、影から守る。
彼女が気づくまで待つ。
もし気づかなくても、ずっと傍にいる。
屋敷の灯りが全て消えた。
彼女も、眠りについたのだろう。
今夜は何事もなかった。
良かった。
立ち上がり、引き上げようとした時、遠くから馬蹄の音が聞こえてきた。
夜分に、誰だろう。
目を凝らす。
紋章が見えた。
王家の紋章。
王子の馬車だ。
なぜ、こんな夜中に。
前世では、この時期に王子がここを訪れたことなどなかった。
胸に冷たいものが走る。
何かが、前世とは違う動きをしている。
馬車が屋敷の門前に止まる。
王子が降りてくる。
前世でも王子を何度も見た。端正な顔立ち。堂々とした立ち振る舞い。多くの人が彼を慕っている理由は分かる。
だが、私は知っている。
この男が、彼女を不幸にしたことを。
握り拳に力が入る。
今世では、そうはさせない。
王子が屋敷の扉を叩く音が、静かな夜に響いた。
あの男から、彼女を守る。
それが今世の、私の誓いだ。
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