前世で私を見殺しにした夫を選ばず、今度こそ愛してくれる人と幸せになります

ria_alphapolis

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第6話 拒絶

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 応接室に通された時、私は既に覚悟を決めていた。

 王子が深夜に訪れてくる理由は一つしかない。

 婚約の話だ。

 前世では、この一週間後に正式な婚約の申し込みがあった。だが今世では、何かが早まっている。

 それが何を意味するのか、分からない。

 だが、答えは決まっている。

 断る。

 扉が開き、王子が入ってきた。

 エドワード第一王子。整った顔立ち。威厳のある立ち振る舞い。誰もが憧れる王国の至宝。

 前世の私も、彼に憧れていた。

 婚約が決まった時は、夢のようだと思った。

 だが今、彼を見ても何も感じない。

 ただ、冷たい現実だけが見える。

 この人は、私を愛さない。

 この人と結ばれれば、不幸になる。

 それだけが、分かる。

「夜分遅くに申し訳ない」

 王子が口を開く。声は穏やかだ。

「いえ。それで、ご用件は」

「単刀直入に申し上げる。あなたを、私の妃に迎えたい」

 やはり。

 予想通りの言葉。

 前世でも同じことを言われた。あの時は舞い上がって、即座に承諾した。

 今は違う。

「お断りします」

 短く、はっきりと告げた。

 王子の表情が固まる。

 驚いているのだろう。断られるなど、想定していなかったはずだ。

「断る、と」

「はい」

「理由を聞いてもいいか」

 理由。

 本当のことは言えない。あなたは私を愛さない、私を裏切る、最後には私を処刑台に送る。そんなこと、言えるはずがない。

「私には、王妃としての器がありません」

「それは私が判断する」

「いえ。私自身が、自分に相応しくないと分かっています」

 王子は眉をひそめる。

「何か、誤解があるのではないか」

「誤解ではありません。私の決意です」

「あなたの家は、この婚約を望んでいる」

 その言葉に、胸が痛む。

 確かに父は喜んでいた。前世では、それが重荷だった。家のために、国のために。自分の幸せなど、二の次だった。

 だが今度は違う。

「父には、私から説明します」

「待ってくれ」

 王子が一歩近づく。

「私の何が不満なのか、教えてほしい」

 不満。

 そうではない。

 あなたが悪いわけではない。ただ、私たちは合わないのだ。前世がそれを証明している。

「殿下に不満などありません。ただ、私には別の生き方があると思うのです」

「別の生き方」

「はい。王宮ではなく、ここで。父の領地で、穏やかに暮らしたい」

 嘘ではない。

 本当に、そう思っている。

 王宮の冷たい石造りの部屋。誰も信じられない日々。孤独と絶望。

 もう二度と、あんな場所には行きたくない。

 王子は黙り込む。

 しばらくの沈黙の後、彼は深く息をついた。

「分かった。今日のところは引き下がろう」

「殿下」

「だが、諦めたわけではない。また改めて、話をさせてほしい」

 その言葉に、不安が募る。

 前世と違う。

 前世の王子は、もっと冷淡だった。婚約も、政略の一環でしかなかった。

 なのに今世の王子は、まるで本当に私を望んでいるような口ぶりだ。

 何かが、狂い始めている。

「お帰りください」

「必ず、また来る」

 王子はそう言い残し、部屋を出ていった。

 一人になり、深く息をつく。

 手が震えている。

 拒絶した。

 前世では逆らえなかった運命に、初めて抗った。

 だが、これで終わりではない。

 王子は諦めていない。父も、きっと説得しようとするだろう。

 戦いは、始まったばかりだ。

 窓の外を見る。

 夜の庭。

 そこに、人影がある。

 騎士団長だ。

 彼は王子の馬車を見送っている。

 その背中が、まるで私を守っているように見えた。

 なぜだろう。

 彼がいると、少しだけ安心する。

 一人ではない。

 そんな気がする。

 根拠のない確信だが。

 それでも、心が軽くなった。
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