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手を伸ばす
しおりを挟む「まるで呪いだな」
つがいという概念のない遠い国からきた男は、俺の両親をみてそう言った。
当時の俺は社交界でも仲が良いと評判な両親を侮辱されたと思いひどく怒ったが、当の本人たちはむしろ納得した様子で、興味深げにそいつの話を聞いていたのを覚えている。
この世界において"つがい"とは、主に二つの意味をもつ。
一つ目は契った夫婦の意味。
二つ目は、"運命の人"の意味
その存在に会ったことのない人間は皆口を揃えて『恋愛小説の見過ぎだ』と笑うが、経験側、それはロマンチックを語れるような美しいものでは決してない。
まず大原則として、本当の意味でつがった……契りを交わした番同士は、番以外の人間と性行をすることはまずできない。
元々はかみ合うことのなかった魂でも、1度契約を交わしてしまえば、身体がつくりかえられ、お互いがお互いのモノになってしまう。
例えば政略的な意味で婚姻を結んだつがいの片割れが、契ったあとに"運命"を見つけてしまったとしても、その運命と性的接触をしたり、契り直したりすることはまず不可能だ。
つがった者同士とは、一生添い遂げなくてはいけない。もちろん愛人として複数人を囲うことも不可能だ。
さて、問題は赤の他人と結ばれる前に幸いにも運命と出会うことができた時の話だが───
運命のつがいは、出会った瞬間に魂が融合し、共鳴する。
片方が死ねば片方が死ぬ。
片方が狂えばもう片方も狂う。
辻褄合わせのように、互いが互いにとって都合が良い存在になるように。
まるで天秤のようだ。
大昔のバカな俺たちへの神からの贈り物。
その均等を崩そうとすることは、神に逆らうことに等しい。
豊かな生活を送っているにも関わらず貴族の平均寿命が平民より6年も短いのは、政略結婚後につがいと出会い、心中する番が多いからだ。
どんなに恋い焦がれても、自分の身体の仕様が勝手に変わってしまったせいで、一生片割れに触れることのできない自分自身に絶望するからだ。
元々は一対のものだったのだから、運命を見つけることは意外にもそう難しくないとされている。だが、その出会いを待っていられない立場にいる人間は意外と多い。
なるほど、あの頃は幼くてわからなかったが、今思えばこれは確かに呪いだ。
神のエゴでつくられた偏愛の結晶だ。
暖かい陽だまりの下で眠る。
久しぶりに満ち足りた気分だった。
薄目をあけて、その眩しい存在に向かって片手を伸ばす。
「ハイド……ハイドリヒ」
少しカサついた頬に指先が触れた途端、眩しい存在が大きく目を見開くのがわかる。
その視線に当てられただけで、簡単にこの均等がまだ崩れていないのを理解した。
ああ、お前は、俺がよく知っている方のハイドか。
泣いてんじゃねえよ、泣きたいのはこっちだ。
偽物のくせに期待させるような顔しやがって。なんで今世も俺に執着しているんだ。
お前が突き落とした狂気の渦から、何度もみっともなく手を伸ばしてお前を殺そうとするのに、お前がそんな顔してるせいでこちらに引きずり落とすことすら躊躇ってしまう。
なのにお前、あろうことか自分から俺のところに飛び込んできただろう。
馬鹿な奴。いつか俺がお前を殺す前に"本物"が現れても、絶対に心中なんてさせねえからな。
お前の目の前で、その本物を殺してやる。
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