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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【事件篇】

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 尾崎と縁は顔を見合わせる。非現実的な話が連続した後に、その非現実の一角に自分までもが組み込まれてしまうような話を持ち出されたのだ。誰だって戸惑うであろうし、話を上手く飲み込めないのかもしれない。話を持ち出した倉科だって、まったく馬鹿げた話であると思っているのだから――。

「さぁ、帰ろう。しつこいかもしれんが、ここでの出来事は全てにおいて機密事項だ。間違っても外部には漏らさんようにな」

 冷静に考えて貰うためには、とりあえず非現実的空間――アンダープリズンから出たほうがいいだろう。二人がここに入れたのは一時的な認可があったからこそであり、ここを出てしまえば二度と入ることは叶わない。それこそ、0.5係の話を引き受けでもしない限りは。

 ここに来た時と逆の手順で、やはり認可証をかざしながら幾つもの鉄格子をくぐる。ようやく最後の鉄格子をくぐり、人間らしい環境にまで戻った時のこと。縁が思いも寄らぬことを口にした。坂田から少しでも遠ざかって安堵した矢先だったから、倉科にとっては不意打ちのようなものだった。

「あの、警部――。さっきの話、是非ともお願いしたいのですが」

 鉄格子を幾つかくぐる間に、彼女の中でどんな心境の変化があったのか。思わず鉄格子の向こう側にある独房のほうへと振り返る倉科。正直、そこまでの距離はない。人生を左右させる決断を下すには、あまりにも短い距離だ。

「山本、それ本気なのか? ここですぐに答えを出す必要はないんだぞ? しかも、お前さんはキャリアなんだ。こんなドブさらいみたいな仕事をわざわざすることはない。坂田を見て貰えば分かるが、奴との接見は危険だって伴う。普通にやっていれば、もっと安全で楽な立場に――」

「いいえ、この仕事こそが、私のやりたかった仕事に近いかもしれないんです」

 倉科の説得を遮って、縁は首を横に振った。彼女がどのような理由で刑事を目指したのかは知らないが、殺人鬼と事件の橋渡しという仕事を、自らやりたいと言い出すとは露にもにも思っていなかった。寝耳に水とはこのことだ。

「尾崎、まさかお前も0.5係を志願したいなんて言いださないよな?」

 縁の対処に困った倉科は、それを丸投げするかのごとく、尾崎のほうへと話を振った。彼が0.5係を拒否してくれれば、縁の説得材料になると思ったゆえのことだったのだが、聞いた相手が単純な男であることをすっかり忘れてしまっていた。
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