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事例2 美食家の悪食【事件篇】

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 少しばかり緩んでいた空気が、先生の言葉ひとつで張り詰めたような気がした。さすがは法医学医というべきか、合理的に話を進めてしまいたいようだ。その点に関しては縁も大いに同意である。ここにきた目的は、安野達と親睦しんぼくを深めるためではない。事件の話をするためだ。

「あぁ、そうだな――。それじゃ、早速始めようか」

 冷水をかけられて目を覚ましたかのように、安野はボロボロに使い込まれた手帳を取り出した。彼の刑事としての年季を語っているかのようだ。

「あ、あの――ママには席を外して貰ったほうがいいんじゃないでしょうか?」

 事件の話を始めるのは結構であるが、縁はずっと引っかかっていたことを言葉として具現化させる。ここに集まった人間は、法医学医の先生も含めて全員が警察関係者だ。この間で情報を共有することは問題ないのだが、ママは完全なる部外者だ。部外者の前で、それこそマスコミも報道していない事件の話をするのはいかがなものだろうか。守秘義務に反するのは言うまでもない。

「あぁ、心配いらないわけ。この人、こういうの無駄に慣れているから――」

 麻田がママのほうを一瞥いちべつして呟く。つられてママのほうに視線をやると、微笑んで返された。

「で、ですが――」

 納得がいかずに食い下がってはみたが、しかし安野は「彼女は特殊だと言ったろ? その辺のことは心配するな」とだけ言い、事件の話をする準備をすべく、手帳をぺらぺらとめくる。部外者に情報を流出させることになってしまうが、それでいいのだろうか。そんなことを思いつつ、あまり強く言えない縁は、仕方なくその場の空気に従うことにした。尾崎は酒が入ったせいで、その辺りのことは一切気にならないような様子だった。酔った勢いで0.5係のことをばらしたりしないだろうな――そんな余計な心配事が頭をよぎった。

「事件が起きたのは先月の初旬のことだ。親不知と子不知の間を通る国道の中央分離帯で若い女性の遺体が見つかった」

 また犠牲になったのは若い女性か――。しかも先月の初旬ということになると、殺人蜂の事件と時期が少しばかりかぶっているように思える。季節は梅雨入り前だから、逆算して考えても間違いない。いつから、そんなに世の中は物騒になってしまったのだろうか。

「殺害されたのは中田未来なかたみく、20歳。この街の企業で、ごく普通の事務員として働いていた女性だ。こっちで一人暮らしをしていたようでな、遺体が発見される少し前に、無断欠勤を不審に思った会社の同僚から捜索願が出されていたようだ」
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