上 下
165 / 581
事例2 美食家の悪食【事件篇】

24

しおりを挟む
 すなわち、現場に残っていたDNAを調べたところで、即座にどこどこの誰々――なんて正確なことは導き出せないのだ。そもそも、DNA鑑定には裁判所の許可が必要であり、警察が勝手に日本全国民のDNA情報を所有していることはあり得ない。

「ある程度の被疑者が上がっているなら、その方法もありだとは思うんだが、不甲斐ないことに今のところ捜査線上に全く被疑者が上がっていない状態だ。仮にそれをするとしても、まずは地盤を固めてからってことだな」

 安野が答えると「そうっすか――」と、尾崎はしおらしくなってしまった。お願いだから、恥をかかせないで欲しい。この辺りの知識くらいは、頭の片隅にでも備えていて欲しいものだ。

「補足するなら、DNA鑑定の定義は、それが一致することを確かめるというより、一致しないことを確かめるために行われるものだったはず。その精度はかなり上がったはずだけど、まだDNA鑑定には不明瞭な部分が多い。だから、実際のところ決定的な材料として扱われることは少ないって聞いたことがあるわ。あくまでも様々な証拠のうちのひとつ程度として捉えることが多いとか」

 ママが口を挟むが、尾崎よりかは間違いなく知識があるようだ。テレビドラマなどではDNA鑑定が決め手になることが多々あるのだが、まだまだ精度がそこまで高くはない技術であるため、そこまで重要視されるものではない。簡単に言ってしまえば、DNA鑑定だけで犯人を決めつけるような真似はできないのである。事実、それで警察は冤罪事件を起こしてしまったことがある。足利事件と呼ばれている事件のことだ。それにしても、こんな知識まで持っているママは何者なのであろうか――。

「――ひとまず、最初の事件に関してはこれくらいでいいだろうか? 何か質問があるなら、答えられる範囲で答えるが」

 ざっと駆け足ではあったが、最初に起きた――この食人事件の始まりとなった事件の概要は、あらかた話し終えたらしい。しかし、質問などといわれても、あまりにも事件の内容がショッキングすぎて、ぱっと頭に浮かび上がってこない。冷静になって考えれば、後で幾らでも出てくるのであろうが、今は後回しにしたほうがいいのかもしれない。むしろ、全てを聞いた後にクールダウンを設け、それからやるべきことなのかもしれない。

「今はとりあえず、事件概要を全て頭に叩き込むことが優先ですね」

 それらしいことを言って安野を促した。こくりと頷いた安野は、まだ少しばかり青白い顔をしている尾崎に向かって「大丈夫か?」と問い、尾崎が力弱く頷いたのを確認してから手帳をめくる。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:84

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:626pt お気に入り:449

初恋♡リベンジャーズ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

【完結】見えるのは私だけ?〜真実の愛が見えたなら〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:461pt お気に入り:106

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,160pt お気に入り:139

処理中です...