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事例2 美食家の悪食【事件篇】

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 麻田が店を後にしたからなのか、いよいよ本格的にお開きという雰囲気になってきた。明日からどのように動くのかさえ、まだ安野からは聞かされていないのだが。

「麻田と先生も帰ったことだし、明日からの流れを話しておこうか。明日は俺と一緒に、事件現場を見て回ろう。そこまで早くから動くつもりはないから、ゆっくり体を休めてくれ」

 簡単ながら明日の動きを説明してくれる安野。事件の現場を回って見せてくれるそうであるが、果たしてそこから何かを掴むことができるのであろうか。とにかく、今日は解散ということらしい――。

「ママ、俺もロックで貰おうか」

 しかし、まだまだ帰る素振りは見せない安野。そこに尾崎が便乗するかのように「やっぱり、男は黙ってロックっす!」と空になったグラスを差し出す。安野が「お、かなりイケる口だねぇ」なんて言い出すし、尾崎は尾崎で「今日はとことん付き合うっす!」などと言い出す始末。ここに何をしに来ているのかを考えて欲しいところだが、そこまで堅く物事を考える必要もないのだろうか。ここまでのノリを見せられてしまうと、自分が堅いのか、尾崎も安野が緩いのか分からなくなってしまう。

 尾崎も大分お酒が回っているようだし、しばらくしたら帰ると言い出すであろう――。そんな甘い考えを抱きながら付き合うこと二時間。二時間である。すっかりと出来上がってしまった安野と尾崎は、刑事とはなんぞや――などということを語り出すし、ミサトが相手をしている常連さん達によるコンサートまでもが始まってしまう。誰にだって息抜きは必要であるし、待機番でなければ酒を飲んでも構わないとも思うが、二人に限っては完全に飲みすぎだ。

「ママぁ! そろそろシメのラーメンだ。いつものところの岩のりラーメンを頼んでくれ」

 二人に付き合っている縁を不憫ふびんに思ったのか、ずっと話し相手をしてくれていたママに向かって、酔っ払った安野からの注文が飛ぶ。ママは慣れた様子で「楼々軒ろうろうけんの岩のりラーメンね」と、電話のほうに向かう。

 それにしても、ママの犯罪に対する知識には驚かされた。全て推理小説の受け売りらしいが、縁と渡り合えるほどの知識を有している人間は、警察関係者の中にもいないだろうに。特に殺人蜂の事件にたずさわっていたことを話した時の食い付きようは、半端ではなかった。

「ママー! こっちにも岩のりラーメンねぇ!」

 安野の言葉がボックス席まで届いたのか、ミサトが手を挙げながらラーメンの注文に便乗した。
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