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事例2 美食家の悪食【事件篇】

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「さてさて――いよいよ手詰まりだねぇ。犯人が何をしたいのかさっぱり分からないし、まだ司法解剖の結果が出るには早いし。何にもできない……してやれないってのは歯痒はがゆい」

 麻田が拍子抜けしたかのごとく両手を頭の後ろに組んで椅子にもたれかかる。本当に手詰まりなのだろうか――。少しずつではあるが、この事件の奇妙な点も浮き彫りになってきているし、ひょんなきっかけで、何かを掴めそうな気もするのだが。

 縁はとりあえず、安野から貰ったプリクラを自分のパスケースの中に仕舞った。その際、ミサトから貰った名刺が見えて、なんだか切なくなった。嬉々としてこれを配っていた彼女はもういない。天変地異が起きようが、地球がひっくり返ろうが戻ってはこない。

「とりあえずここを出るか――。大将、お勘定!」

 ここを出たところで行くあてなどない。ただ、尾崎が持ってきた情報が空振りのようになってしまっている今となっては、ここに居座る理由もなかった。もはや事件のことに関して検討することはなく、ただただ新しい情報が降りてくるのを待つだけの雰囲気になってしまっていた。

 絵梨子の姿が見えないから、安野は大将――絵梨子の親父さんのほうに声をかけたのであろう。しかし、それが絵梨子にも聞こえたのか、パタパタと音を立てて厨房の奥から絵梨子がやってくる。

 お勘定をしている間も、麻田から安野に対しての痛い視線が飛んでいた。このまま彼女にミサトのことを話さなくて良いのか。客観的に見ても、麻田がそう言っていることは明らかだった。

「絵梨子ちゃん、ちょっと時間いいか? あぁ、麻田達は先に外に出ててくれ」

 ようやく決心がついたのか、釣り銭を貰いながら重たそうに口を開いた安野。その様子が絵梨子にも伝わったのか「え、別に構いませんけど――」と、やや戸惑ったような返し方をする。

「さぁ、俺達はさっさと外に出るの。外に――」

 どんな風に切り出すのか気にはなったが、麻田に追いやられるようにして縁達は外に出た。暖簾のれんをくぐる間際に「ごちそうさまでした」と言うと、ハリのある声で「ありがとうございましたー」と、絵梨子の声が飛んできた。彼女のようにサバサバとしたタイプが、知り合いの訃報を聞いた時、果たしてどんな反応をするのであろうか。考えたくもないし、想像したくもない。

 ――どれくらい待っただろうか。いきなり店の引き戸が音を立てると、安野ではなく大将が出てくる。そして、やや乱暴に暖簾を降ろしてしまった。

「今日は店仕舞いだ。あれじゃ使い物にならないからな。まったく、いい迷惑だよ」

 縁達に向けられた大将の声には、明らかに怒りのニュアンスが含まれていた。開け放たれたままの引き戸から中が見える。絵梨子は床にへたり込んだままうつむき、そして肩を震わせているように見えた。とうとう、安野がミサトの訃報を伝えたのであろう。
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