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事例2 美食家の悪食【解決篇】

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「まさか、これこそが左右対称に異常なこだわりを持っていた証拠です――なんて言いださないわよね? 単純に、貴方達に意見を求められた際に対応しやすくなるから、真ん中に座りたかっただけ。あの時は事件の話をする手筈になっていたからね。この程度で犯人にされたら堪ったものじゃない」

 縁の言葉を巧みにかわす先生。縁の言い分ももっともであるが、しかし先生の言い分にも一理はある。この程度で、左右対称に対する異常性を認めさせることは不可能だ。それくらいは尾崎にだって分かる。そもそも、その異常性を認めさせること自体が難しいだろう。心の内を知ることができるのは、その本人だけなのだから。

「先生、違います。犯人ではなく悪食です。あ・く・じ・き。先生もおっしゃってみて下さい。はい、せーの」

 だからなんなのか――。妙に悪食の部分を強調して吐き出した縁。犯人だろうが悪食だろうが変わりはないというのに、何を考えているのだろうか。それを先生に言わせたところで、どうにもならないだろうに。

「な、なんでそんなことを――」

 縁の意図も分からないし、先生がやや戸惑ったような表情を見せたのも仕方のないことであろう。こんなことをしたって、先生が悪食であると証明できるわけがない――。そんなことを考える尾崎をよそに、縁はなぜだか勝ち誇ったかのような表情を浮かべた。

「やっぱり、発音できないんですね? 悪食という言葉自体を」

 縁の一言に疑問符が浮かんだのは、きっと尾崎だけではなかったのであろう。その場の空気が凍りつき、しかし縁はそれをものともせずに続ける。

「別に【いらっしゃいませ】でも【おやすみなさい】でも【ありがとう】でも構いませんよ。どれかひとつでもいいから、今すぐこの場でおっしゃってみて下さいよ」

 縁の様子を見ていた麻田が「なるほどねぇ……。ボイスメモか」と呟き、縁は待っていましたと言わんばかりにスマートフォンを取り出した。

「そうです。ボイスメモなんです」

 何が何だか、さっぱり分からない。第三の犠牲者が残したボイスメモと、縁が先生に妙な要求をしたことに、どんな関連性があるのだろうか。縁はスマートフォンを操作するとボイスメモを再生する。

『え、え、え、えっくすぅ、じじょう。ぷらす、えっくすわい。ぷらす、わい、じじょう』

 金切り声にも似た不気味な声が辺りに響く。縁が麻田のスマートフォンから録音する際に初めて聞いた尾崎であるが、やはり何度聞いても気味が悪い。心の奥底から寒気が湧き上がるような声だ。
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