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事例3 正面突破の解放軍【事件篇】

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 この状況を楽しむことなど、常人にはできない。それができるのは狂人だけだということに坂田は気付いていないのだろうか。きっと気付かないのであろう。なぜなら、これが彼にとっての正常運転。彼にとっての常識なのだから。

 ――とうとう、坂田が鉄格子をくぐり抜け、本来ならば越えてはならない一線を越えてしまった。縁だけではなく、尾崎と楠木に銃口を向けられる様子は、なんとも物騒であり、そして仰々ぎょうぎょうしかった。

 基本的に坂田は、独房内であれば自由に生活できる権利が与えられている。それゆえに、彼の手足は常に自由な状態である。手錠が年がら年中かけられているなんてことはないし、足に鉄球が結び付けられているというわけでもない。ゆえに、鉄格子をくぐってしまった坂田は、檻の外に出てしまった猛獣と同じ。それをなんとか無力化しようと、麻酔銃を突きつけている飼育員が縁達といったところか。

「大体よ、そこまでやらなくても、お前らを殺ったりしねぇよ。なぜなら――」

 坂田がそう呟いてから、ほんの一瞬の出来事だった。いいや、一瞬だったかさえも分からない。銃口を突きつけていたはずの坂田の姿がブレたかと思うと、全く違う場所から坂田の声が聞こえてきた。

「俺が本気なら、もうお前らは皆殺しになってるからだ――。でも、お前らは生きてるだろう? お前らよりも面白いもんがあるからなぁ」

 いつのも間にか、坂田は楠木の背後へと回り込み、アサルトライフルの銃身を掴んでいた。動きが全く見えなかったし、元SAT隊員の楠木でさえ、坂田の動きは見えなかったらしい。九十九殺しの殺人鬼との異名は、やはり名前だけではないということか。そんな坂田は笑いを噛み殺しながら、律儀に元いた場所へと戻る。坂田にとって拳銃なんてものは玩具なのかもしれない。少なくとも、彼に対する牽制力にはならないことが、良く分かった。

「――まさか、ここまでの身体能力を兼ね備えているとはな。こんな時だからこそ言うが、これほど心強いことはない」

 呆気なく坂田に背後をとられてしまった楠木。恐らく向けても意味はないのだろうが、改めて銃口を坂田に向け直す。確かに楠木の言う通り、坂田ほどの身体能力があれば、解放軍を相手にしても対等にやり合えるかもしれない。それにしても人間離れした身体能力である。もしかすると、そもそも坂田は人間ではない別の何かなのではないだろうか。
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