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事例3 正面突破の解放軍【事件篇】

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 このルート……本当にアンダープリズンに抜けることができるのだろうか。そんな不安ばかりが倉科の脳内で大きくなる。それに呼応するかのように、煙草が吸いたくなってきた。入り組んだ迷宮に迷い込んでしまったことに加えて、しばらく煙草を吸っていないせいか、妙に苛々いらいらとする。この苛立ち――体が煙草を欲する感覚は、きっと喫煙者にしか分からないのであろう。

 立ち止まってしゃがみ込むと、ペンライトの代わりに煙草を口にくわえて火を点けた。肺の中に煙を精一杯吸い込むと吐き出した。この時の安堵感というものは別格のものがある。それなのに、頭の中では体に悪いことを知っていて、挙げ句の果てに心のどこかでは煙草を辞めたいとすら思っている。立派なニコチン依存症というやつだ。それを自覚してていても禁煙なんてするつもりはない。棺桶の中どころか墓場まで煙草を持って行くつもりである。

 短くなった煙草をコンクリートの壁に擦り付けて火を消すと、ご丁寧に携帯灰皿をポケットから取り出す。一昔前ならば、問答無用で投げ捨てたのであろうが、今は世の中が世の中である。誰も見ていないし、こんなところで煙草のポイ捨てをしたところで、誰かにとがめられるわけでもない。それでも、律儀に携帯灰皿を取り出した辺り、喫煙者にとって実に肩身の狭い世の中になってしまったということなのであろう。

 背負っていたリュックサックの中から、お茶のペットボトルを取り出すと、それを一気に飲み干した。こんな調子では、アンダープリズンへと抜ける前にリュックサックの中身がなくなってしまうのではないか――。そんなことを心配しつつも、倉科は再び歩き始めた。

 必要以上に曲がりくねった通路。時折、スロープ状になっていて、上り坂に息を切らせ、下り坂に転げてしまいそうになりながらも、ただただ前に進む。分岐の先が行き止まりならば、分岐点まで戻ってやり直す。正しく総当たりのトライアンドエラーだが、ここまでアンダープリズンに通じる非常ルートが複雑だとは思っていなかった倉科には、こうするより他に手段がなかった。

 何よりも中腰の姿勢がきつい。無理な体勢をわざわざキープするのであれば、這いつくばったほうがマシだ――そんなことを思っていた矢先、ようやく代わり映えのなかった景色に変化があった。倉科のいる位置から直進したところ。地面の辺りから光が溢れ出していた。倉科は小さく溜め息を漏らすと、足早に漏れ出す光へと向かった。ペンライトの明かりを頼りに進んできたせいか、その光は随分と明るく思えた。
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