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事例3 正面突破の解放軍【事件篇】

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 目が慣れてきたといっても、人間というものは本能的に暗闇に敵わないようにできている。だからこそ暗闇に恐怖を抱くのであろう。縁もまた何が起きたのか分からず、何をどうしていいのかも分からず――ただただ暗闇の向こう側を凝視する。それで闇の先が見通せるようになるのであれば苦労はしないのだが。

「縁、そばにいるっすか?」

 きっと、急に坂田の気配が完全に消えてしまったから、不安になってしまったのであろう。尾崎の声がごくごく近くから聞こえてくる。

「えぇ、この暗闇のせいで身動きが取れませんから」

 そう答えると、尾崎から「そうっすか――」と安心したような声が上がり、続いて尾崎は何かに気付いたかのように「あっ!」と短く声を上げた。

「どうしたんですか? 尾崎さん」

 坂田の気配は、いまだにどこへといってしまったのか分からない。状況から察するに、電気室のほうに向かったとしか思えないのであるが、それを掌握しょうあくするのは現時点では難しい。

「そういえば、ライターがあるっす!」

 尾崎の嬉々とした声と同時に、ポケットの中をまさぐるような音がする。そして、ライターの石を擦る音が何度かした後、暗闇の中にボゥっと尾崎の顔が浮かび上がった。

「これでとりあえず視界確保っすね」

 どうして尾崎がライターなんて持っているのであろうか。喫煙者ならば当たり前のように持っているのであろうが、しかし尾崎は非喫煙者だったはず。少なくとも縁の前で煙草を吸っているのを見たことがない。これが喫煙者である倉科ならば、なんら不自然だとは思わないのだろうが、尾崎だとどうにも不自然に思えてしまう。

「倉科警部が置いていったライターっす。今度会った時に渡してあげようとポケットに入れっぱなしだったのが幸いだったっす」

 恐らく、尾崎がライターを取り出したことに、縁自身が不思議そうな顔をしていたのであろう。まるで縁の心情を察したかのように、尾崎がライターを所持している経緯を話してくれる。基本的に鈍い尾崎が察するということは、よほどいぶかしげな顔をしていたのであろう。

「それは解放軍に没収されなかったんですか?」

 尾崎がライターを持っていた経緯など、しかし正直なところどうでも良かった。それよりも縁が着眼したのは、ライターが解放軍に没収されなかったという事実のほうだった。

「えぇ、気にも留められなかったっすよ。ライターの存在にも気付かれていたみたいっすけど、没収はされなかったっす」
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