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事例4 人殺しの人殺し【事件篇①】

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「どうした? 急用か?」

 急用でないのならば、出入りする際の手続きも面倒だし、わざわざ人目につくリスクを背負ってまで電話などかける必要はない。後回しにしろ――とのニュアンスまで含まれているかは分からないが、倉科の言葉には縁の行動を不思議がるような空気が含まれていた。尾崎も似たような空気である。

「あ、はい。どうしても今のうちに連絡しておかなければならないことを思い出しまして」

 もちろん、どこに連絡をするのか、何のために連絡をしなければならないのか――。そんなことは言えるわけがない。もしかして今回の事件の犯人が姉であって、しかも今朝から姉が行方不明になっているなんて、口が裂けても言えないだろう。

「――分かった。お前さんがそう言うんだから、よほどの急用なんだろうな。ここで待ってるから行ってこい」

 今回の0.5係は、倉科の召集により自主的に集まっただけであり、実質上ではいまだに自宅待機という扱いだ。こんなことを言ってしまうと無責任であるが、警察病院での事件を捜査する義務もなければ、解決しなければならない責任も背負っていない。ゆえに、事件の解決を急ぐ必要もなく、自分達のペースで捜査に向き合うことができる。縁がアンダープリズンを出て、電話をして戻ってくるまで待つことくらい、全く苦にならないであろう。普段から早期解決を望まれている立場だから、なんだか余裕があるというのも変な感じだった。

「はい、ありがとうございます」

 倉科の心遣いに素直に感謝すると、詰め所を後にしてアンダープリズンの出入り口まで戻る。楠木に呼び止められて「今日はもういいのか?」と問われ、とっさに「姉に早急に連絡しないといけないんです」と嘘をついた。姉のことなど言わなくてもいいのに、きっと気持ちがいていたのであろう。

 エレベーターを降りると、外と繋がっている扉の前へと向かう。少しだけ扉を開けて外の様子を伺い、人目がないことを確認してから外に出た。夜になれば、そこそこの人出があるのだが、平日の昼間ということもあり、人の姿はまばらだ。それでも、全く人通りがないというわけではないから、警戒は怠れない。昼時になれば、ランチ営業する居酒屋などで、そこそこの人通りになることもある。

 早速電話をかけようとするが、やはり風俗店の大看板の前で電話というのは気が引ける。少し歩いて通りに出てから電話をかけよう――そう思った通りに出た縁は、思わずゾッとした。
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