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事例4 人殺しの人殺し【事件篇②】

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「ただ――刑事としては無理でも、いち個人として忠告してやることくらいはできる。あいつが俺からの電話に出るとは思えんが、いち個人として連絡を入れることくらいはしておくさ」

 本音を言ってしまえば、今さらになって中嶋と仲良く電話なんてできやしない。一度壊れてしまった信頼関係というものは、奇跡でも起きない限り元には戻らないものだから――。ただ、業務的なものになってしまうが、しかし電話で忠告をするのは、そこまで労力がかからないのも事実。万が一……いや億にひとつでも可能性があるのならば、忠告しておいて損はないのかもしれない。

「――それだけでも、何か変わってくるかも知れねぇっすね。本当なら保護して欲しいっすけど仕方ねぇっす」

 そこで二人の会話が途切れた。それを見計らっていたわけではないのだろうが、タイミング良く詰め所の扉がノックされた。倉科が返事をすると、いつもならばアンダープリズンの出入口で仁王立ちしている楠木が、ぬっと扉の隙間から顔を覗かせた。

「今日は……彼女、来ないのか?」

 詰め所の中を見回してぽつりと漏らす楠木。このアンダープリズンにおいて彼女と呼称される人間は限られる。しかも、0.5係の詰め所にまでやってきたのだから、山本のことを指しているのだろう。

「あぁ、ちょっとした出張ってやつだ。今日のうちに帰ってはくるだろうがな。どうした? デートのお誘いでもしに来たか? あいつだったらやめておいたほうがいいぞ。なんだかんだで仕事人間だからな」

 皮肉なことに、あの事件をきっかけに楠木とは親しくしている。特に事件の後は誰もが宙ぶらりんの立場におり、楠木も守衛という立場でありながら、持ち場を離れることがあった。本人いわく、守衛をやっていても、そもそも出迎えるのは0.5係だけだ――とのこと。つまり、0.5係がアンダープリズン入りさえしていれば、他に来訪者などいないということだ。まぁ、守衛の仕事は他にもあると思うのだが。

「ふん、俺は職場の女には手を出さない主義だ。――それはいいとして、なんとなく昨日の彼女の様子がおかしかったように見えたから、ちょっと気になってな。顔を出してみたんだが」

 昨日といえば、0.5係でアンダープリズンに集まり、殺人蜂が殺害された事件に関しての話し合いをした。そして、坂田に意見を聞きに向かう段階で、縁が電話をかけたいとのことで離脱したまま戻って来なかった。それもあり、坂田のところには行かずじまいになっていた。
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