お悔やみ様は悪鬼に祟る

鬼霧宗作

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プロローグ

第二話

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 きっと、夫を戦場へと送り出した女達をなぐさめるために、そして家族を失った人達のために、死者に代わって、生きる希望を与えてくれたのだ――。いつしか、戦時中に起きた奇妙な出来事は、お悔やみ様として凪町に土着した。

 しかし、お悔やみ様の顔はそれだけではなかった。

 時代は昭和40年代後半のこと。この頃には電話が一般家庭にも普及し、離れている人間とも会話ができるツールとして、世の中に浸透しんとうしていた。

 凪町で商店を営んでいた男が、度重たびかさなる浮気を妻に叱責しっせきされて逆上した挙げ句、殺してしまった。凪町は港町であり、男は妻の遺体に重りをつけ、海の中へと沈めてしまった。男の家の夫婦仲が悪いのは周知の事実だったおかげで、近所の人間は妻が出て行ってしまったものだと思い、まさか旦那が妻を殺したなどとはつゆにも思わなかった。男も周囲にはそのように説明し、自らの罪までをも深い海の中へと沈めようとした。

 男の家の黒電話が鳴るようになったのは、妻を海に沈めてからしばらくしてのことだった。深夜の決まった時間に必ず黒電話が鳴る。眠たい目をこすりながら男が電話に出ると、電話口に死んだはずの妻が出て、夜な夜な恨み辛みを口にする。

 商店をしているため、電話に出ない訳にもいかなかった男は、毎晩のようにかかってくる電話のせいで、次第に精神をすり減らしていった。妻を殺している手前上、誰にも相談することもできず、しかし毎晩鳴り響く電話に、とうとう男は気を狂わせてしまったのだった。

 何の前触れもなくあきないを止めてしまった商店。不審に思った近所の人達が駐在を呼んだことで、男の無残な最期が明らかとなった。

 男の体には無数の切り傷があり、右手には血まみれの包丁が、そして左手には黒電話の受話器を握りしめたまま絶命していたそうだ。その時、現場に踏み込んだ駐在が聞いたという。

 ――お悔やみ申し上げます。

 電話線が切断され、しかも本体と受話器までもが切断されていたにもかかわらず、受話口から漏れた女の声を。

 駐在の話を聞いた地元の人達は、口々にお悔やみ様の仕業だと恐れた。お悔やみ様は悪鬼あっきたたる。行いの良い者には慰みを与え、そして行いの悪い者には祟る――。戦時中の奇妙な美談は、昭和の後期には恐ろしいいましめとして語り継がれるようになった。

 ――悪い子になるとお悔やみ様が来るよ。子供を叱りつける親が、定番のように口にするようになったのは、この頃からのことだった。
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