猫屋敷古物商店の事件台帳

鬼霧宗作

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査定1 家族記念日と歪んだ愛憎【エピローグ】

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「あぁ、それではいただきましょうか」

 シュークリームが乗せられた小皿と茶碗に注がれたお茶。ここまでお膳立てをしてもらっておきながら、いただかないのは失礼である。きっと、こちらが口をつけなければ、あちらも口をつけにくいだろうし――と、意を決してシュークリームに伸ばそうとした手は、残念ながら茶碗のほうへと向かった。しかし、班目がお茶に手をつけたことで、ようやく千早もシュークリームへと手を伸ばす。

 シュークリームの底を包んでいる銀紙を掴むと、千早は控えめに口を開けてシュークリームを一口。目を閉じて口を動かし、ぱっと目を開けると、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で「おいしい……」と呟き落とす。その際に見せた笑顔は、なんだかんだで女子高生であると思わせるほど可愛らしいものだった。その表情が見れただけでも、差し入れをした甲斐があるというものだ。

「な、なんですか。私の顔に何かついていますか?」

 その笑顔に、ほんの少しだけ 見惚みとれてしまっていたらしい。班目の視線に気づいた千早に指摘されて我に返ると、班目はちょっとだけ千早のことをからかってみた。

「いや、ちゃんと可愛らしい顔ができるじゃないですか。そっちのほうがいいと思いますよ」

 からかったと言うか、率直な意見を言っただけだったのであるが、千早はややうつむくと頬を真っ赤に染め、明らかに動揺した様子を見せる。

「なっ、なななななっ、何言ってるんですか! そんなこと言っても何も出てきませんよ!」

 こんなことなら、もっと早く彼女に差し入れのひとつでも持って来てやるべきだった。つい先日まで人形のように見えていた彼女にだって、人間らしいところがしっかりあるではないか。普段は仕事としてのスイッチを入れてお客である班目に接しているのかもしれない。思わず班目は笑ってしまった。

「なっ、何がおかしいんですか!」

「いやいや、すいません。何でもないんです――」

 班目はそう言うとなかば無意識にシュークリームへと手を伸ばし、それを何も考えずにかじった。口の中にクリームが広がり、深夜に悩まされた胸焼けを思い出す。体がシュークリームを受け付けないことを一時的に忘れてしまうほど、千早の意外な一面が可愛らしかったのだ。

 班目は大きく咳き込み、そしてお茶に手を伸ばすと一気に飲み干した……が、変なところに入ったのか盛大にむせてしまう。

 ――普段はきっと静かな【猫屋敷古物商店】の夕暮れ時が、今日という日だけは間違いなく騒がしかったに違いない。


【査定1 家族記念日と歪んだ愛情 ―完―】
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