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俺の嫁は天使 番外編ヨナスとフェリ
しおりを挟む仕事が嫌で親父がうざくて二度と戻るかと飛び出した実家のパン屋。
どこででもやっていけると息巻いてあちこち働いてはみるものの、どこに行ってもうまくやれなくて、とうとう行くところがなくなって実家近くまで来たのに勇気が出なくてなけなしの金で景気付けの一杯を引っ掛けて酔ってよろけて溝にはまった。
雪の夜。
凍りつくような冷たさの泥水がズボンにしみて脚の感覚がなくなってきた。寒い。このままじゃ死ぬ。
なんとか無事な上半身で這いずり出ようと試みるも酔った体では力が入らずみっともなくもがくだけになった。
「あの、大丈夫ですか?」
天使だ。
髪も目も真っ黒なのに背中に真っ白な羽根が見える。
意識が遠のいて、お迎えが来たんだなと思った。
「わ」
フェリは何もないところでよくつまずく。
今も何かに引っかかってつんのめったように見えるけど足元を見ても何もそれらしきものは見当たらない。
恥ずかしそうに頬をかいてうつむく姿はとても貴族の愛人を勤めていたとは思えない。
日がな一日、空を眺めてはぼんやりとし、本を読んでは居眠りをし、庭に出ては花壇の前で座り込んでカタツムリの這うのをじっと見ている。
何をしていいのかわからないのだと言う。
拾われてからある程度の教養を身につけさせてもらったと言うけれど仕事につながる程でもない。
「することがない」
置いていかれた子供の顔で笑うフェリは未だに「旦那様」の影を追っている。
フェリの旦那様は貴族で資産家で孤児院に寄付したりスラムの環境改善に尽力したりと、素晴らしく立派な人格者だけど、でも少年趣味だ。
沢山の子供を救うその一方で、好みの少年を見出しては性技を仕込んで楽しむ。
どんな人間にも欠点は必ずあるし、良いところだってもちろんある。
趣味と実益を兼ねて合理的だな、と言えなくもない。
フェリはベッドの上では娼婦になる。
とろりと蕩けた焦点の合わない目。スイッチが切り替わる。
恍惚とした表情で上に乗り、ペニスを掴んで自ら後ろにあてがい腰を揺らしながら飲み込んでいく。
雪夜の溝から拾われてしばらくした頃、俺の眠る部屋にフェリが来た。「旦那様」と言いながら俺の上に乗っておっぱじめようとしたときは流石に俺も止めようとはした。俺は「旦那様」じゃない。ヨナスだ。
けれど正気ではないその様子に結局は黙って好きなようにさせた。
一宿一飯の恩義ととでもいうか。こんな立派な屋敷で寝泊まりさせてもらってる上に飯まで食わせてもらってる身の上で掘られるならともかく掘らせてもらう分にはそこまでの文句はない。
女としかしたことのない俺にはとんでもない衝撃だったけど。
大好きな旦那様とフェリが仲良くなれる唯一の方法。言う通りにすれば旦那様はフェリを可愛がって褒めて優しくしてくれるのだそうだ。
その旦那様にフェリは捨てられた。
まあ旦那様のお相手に年齢制限があるのだから仕方がない。捨てられたと言うよりは引退とかお役御免だけれど旦那様大好きのフェリにとっては捨てられたと同じことだ。
どんなにフェリが綺麗で可愛くて優しくてちょっとバカで見ていて飽きないとしても旦那様は少年にしか興味がないのだ。
「僕、ずっと子供のままだったらよかったのに」
フェリはそう言うけれど、対象外のフェリにこんな立派な屋敷を与え生活全ての面倒を見ている旦那様のことを俺は悪く思うことはできない。
仕事の世話をしてくれると言われて「何にもできないから」と断ったのはフェリの方らしいし。
フェリがなにもできないのはわかるし現在、住所不定無職の俺が言えたことじゃないけど。
昼間のフェリには性の匂いはあまりしない。
見た目は美しいけれど雰囲気は小動物のそれだ。
ひたすら和む。
手を繋いでも抱きしめても頬にキスをしてもニコニコと子供のような笑顔で受け止める。
フェリがいやらしくなるのは夜だけだ。
今夜もフェリが来た。
フェリの来るタイミングは俺にはわからない。フェリの中で何か理由があるのかもしれないけど、そんなことは俺にわかるはずもない。
しっかりハメて腰を振ってる最中にいつものように「旦那様」と呼ばれた。
いい加減腹が立って来た。
もういいよな。十分宿代は払った。旦那様の代わり。それで得られたフェリの心の平穏。
もう、いいだろ?今度は俺が満たされる番だ。
「旦那様じゃないよ」
ぼんやりと焦点の合わなかったフェリの目が揺れる。
「俺は旦那様じゃない。ヨナスだ」
「え」
抱え上げた腰をゆする。肩の上で脚が跳ねる。
「え?あっあっあっ」
いつもは猫みたいな甘ったれた声で鳴くのに今は成人した男の声だ。掠れて低くて、でもこれはこれでくるものがある。
「よな、す?」
「そうだよ」
「うそ」
嘘じゃないよ。俺だよ。旦那様じゃない。ヨナスだ。
俺を認識してもらえたことが嬉しくてむちゃくちゃにフェリを抱いた。フェリの声で「ヨナス」って何回も呼ばれて止まらなくなった。
いつもならことが終わるとフラフラと自室に戻っていくフェリを羽交い締めにして朝まで一緒に寝た。
起きたらフェリが真っ赤な耳で布団に顔を埋めて動かないから無理やりひっぺがして俺の方を向かせてほっぺた両手で挟んで顔を固定して好きだ好きだ言いまくっていい加減にしてとフェリが怒るまで言い続けた。
フェリも怒るんだな。ちっとも怖くなかったけど。
フェリの屋敷では時間がとてもゆっくりだ。
でも、こんな生活も悪くはないと思っていられたのは最初のうちだけだ。仕事の続かない俺ではあるが意外なことに何もしないでいることに耐えられるわけではなかったようだ。
怠惰に飽きた俺は厨房を借りてパンを作ることにした。
無理やり仕込まれて大嫌いになったパン作りも始めて見れば勝手に体が動いた。
粉と粉と水、塩、なんとなく育ててた酵母。
捏ねて捏ねて無心で捏ねる。
ただひたすら手を動かしているうちに頭が空っぽになってくるのがとても気持ちが良かった。
焼きあがったパンをフェリに食べてもらった。
一口食べたフェリの微笑みは、周囲に羽根が舞う幻覚が見えるようだ。
「美味しい」
天使だ。
「フェリ。することが見つからないなら、パン屋の嫁になる気はないか?」
フェリの、フェリと一緒にいるためにできることを俺は考え始めている。
ポカンと開いたフェリの口にちぎったパンを放り込んでやった。
まずは実家に帰って土下座だ。
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