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第二章
公爵と前神官長 3
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前神官長に指定された日、公爵は夫人に『これもいるから、絶対』と柔らかい、チーズを練りこんだパンと全ての野菜を裏ごししたポタージュをもたせられた。公爵もそれに賛成していた。
懸念は大当たりで、小屋に入るとぐったりげっそりとした前神官長がベッドの上にいた。小屋の前には従者と騎士がいるが中は公爵と前神官長の二人だった。
「エマからもたせられてな」
部屋の中のストーブの上にもたせられた鍋を置き、端の方にパンを置く。すぐにパンの焼ける匂い、チーズの香りが部屋に流れ、ベッドに寝ていた体を起こそうとする。
「まずパンを渡すからベッドにいろ」
学生時代もよくあったな、と公爵は思い出している。レポートの題材が面白くてそれを深堀して飲まず食わずの徹夜の後は公爵夫人が二人にスープを作ってくれたよな等と思い出している。
いつも珈琲を飲んでいるマグカップにスープを注ぎ、ベッドの上の前神官長に渡す。
「少し体の力が戻ってきた」
前神官長は物も言わずにスープを飲みパンを食べて一息ついてからそう発した。
「ドニ……、俺が帰ってから飲まず食わずか」
「あー、初日は食べなきゃでパン齧ってた記憶はあるんだがな」
公爵はあきれ顔で笑う。
「若い時の体力はないんだからさぁ」
「面白くて、つい、な」
前神官長が神官の道を目指したのも中央神殿の禁書室を使いたくて色々頑張ったら元王族という血筋の良さもあいまってあっという間に出世して希望の禁書室に入り浸れるようになった。そして前の前の神官長がどの派閥にも属さず、政治的しがらみもなく、出自も良く、見た目もいい前神官長を何段階も階級を飛び越えさせ神官長に任命したのだ。
色々文句も出たが宗教問答をクリアし教義に対する解釈も健全だったので最終的には他の野心ある神官たちも納得せざるを得なかった。
「あー、エマから伝言」
前神官長と公爵夫人も古い知り合いであった。
「あと2回、同じことがあったら従者を送り込んで日々の家事をうちで受け持つ、って」
「げ……、俺は一人が良くてここにいるんだぞ?」
公爵は苦笑いする。
「エマの実行力知ってるだろ?それとこれからは毎日我が家からフィンガーフード届けるってさ。しっかりした食事よりそっちがお好みでしょうって」
「……ち、それは受け入れる。が、パンとスープと茶か珈琲がいい」
前神官長ははっきりと言う。
「判った。今日みたいなパンがいいか?」
「旨いバターがあるならそれと堅めのパンもいいな」
「ま、適当に見繕う。……で、もう一杯スープを飲むかね?」
「飲む。それと棚の中のスライスしたパンにチーズ適当に乗せてストーブの端に置いてくれ」
胃が働き出したのか神官長は食欲が沸いたようだった。
「こうやって指定した人間の魔力パターンで古語で書いた文書がうきあがる、と。これは俺のオリジナルじゃないんだ。……遺跡から見つかった木簡に施されてた魔法でな。まぁ、それを分解改良して作ったと思ってくれればいい。あれだ、ガキの頃やっただろ、炙りだし。あれの熱を個人の魔力にしたようなもんだな」
「魔力偽装は……アルのは無理だな」
王族特融の魔力パターンがあり、前神官長も公爵も陛下も共通して持っているものだった。
「そういうこと。アルが俺やエチエンヌ宛ての手紙を見ることはできても、聖女や正妃、ベルティエの坊主や北の侯爵も無理ってこと。……マドレーヌ嬢やウージェーヌはちょっとわからん。無属性の魔力もちは時々こっちが思い寄らないミラクルを引き起こすからな」
前神官長は深くため息をつく。
「あいつらは……行動も何をしでかすかわからんからな」
公爵も遠い目をする。
「今思うとアリノーの次男とネイサンが飛ばす相手をマドレーヌ嬢にしてくれて良かったと思ってるよ」
公爵は呟く。
「ウージェーヌならもっとよかったかもな」
前神官長が返す。
「いや、やつにはこっちで悪だくみをしておいて欲しい」
公爵の掛け値なしの本音であった。
懸念は大当たりで、小屋に入るとぐったりげっそりとした前神官長がベッドの上にいた。小屋の前には従者と騎士がいるが中は公爵と前神官長の二人だった。
「エマからもたせられてな」
部屋の中のストーブの上にもたせられた鍋を置き、端の方にパンを置く。すぐにパンの焼ける匂い、チーズの香りが部屋に流れ、ベッドに寝ていた体を起こそうとする。
「まずパンを渡すからベッドにいろ」
学生時代もよくあったな、と公爵は思い出している。レポートの題材が面白くてそれを深堀して飲まず食わずの徹夜の後は公爵夫人が二人にスープを作ってくれたよな等と思い出している。
いつも珈琲を飲んでいるマグカップにスープを注ぎ、ベッドの上の前神官長に渡す。
「少し体の力が戻ってきた」
前神官長は物も言わずにスープを飲みパンを食べて一息ついてからそう発した。
「ドニ……、俺が帰ってから飲まず食わずか」
「あー、初日は食べなきゃでパン齧ってた記憶はあるんだがな」
公爵はあきれ顔で笑う。
「若い時の体力はないんだからさぁ」
「面白くて、つい、な」
前神官長が神官の道を目指したのも中央神殿の禁書室を使いたくて色々頑張ったら元王族という血筋の良さもあいまってあっという間に出世して希望の禁書室に入り浸れるようになった。そして前の前の神官長がどの派閥にも属さず、政治的しがらみもなく、出自も良く、見た目もいい前神官長を何段階も階級を飛び越えさせ神官長に任命したのだ。
色々文句も出たが宗教問答をクリアし教義に対する解釈も健全だったので最終的には他の野心ある神官たちも納得せざるを得なかった。
「あー、エマから伝言」
前神官長と公爵夫人も古い知り合いであった。
「あと2回、同じことがあったら従者を送り込んで日々の家事をうちで受け持つ、って」
「げ……、俺は一人が良くてここにいるんだぞ?」
公爵は苦笑いする。
「エマの実行力知ってるだろ?それとこれからは毎日我が家からフィンガーフード届けるってさ。しっかりした食事よりそっちがお好みでしょうって」
「……ち、それは受け入れる。が、パンとスープと茶か珈琲がいい」
前神官長ははっきりと言う。
「判った。今日みたいなパンがいいか?」
「旨いバターがあるならそれと堅めのパンもいいな」
「ま、適当に見繕う。……で、もう一杯スープを飲むかね?」
「飲む。それと棚の中のスライスしたパンにチーズ適当に乗せてストーブの端に置いてくれ」
胃が働き出したのか神官長は食欲が沸いたようだった。
「こうやって指定した人間の魔力パターンで古語で書いた文書がうきあがる、と。これは俺のオリジナルじゃないんだ。……遺跡から見つかった木簡に施されてた魔法でな。まぁ、それを分解改良して作ったと思ってくれればいい。あれだ、ガキの頃やっただろ、炙りだし。あれの熱を個人の魔力にしたようなもんだな」
「魔力偽装は……アルのは無理だな」
王族特融の魔力パターンがあり、前神官長も公爵も陛下も共通して持っているものだった。
「そういうこと。アルが俺やエチエンヌ宛ての手紙を見ることはできても、聖女や正妃、ベルティエの坊主や北の侯爵も無理ってこと。……マドレーヌ嬢やウージェーヌはちょっとわからん。無属性の魔力もちは時々こっちが思い寄らないミラクルを引き起こすからな」
前神官長は深くため息をつく。
「あいつらは……行動も何をしでかすかわからんからな」
公爵も遠い目をする。
「今思うとアリノーの次男とネイサンが飛ばす相手をマドレーヌ嬢にしてくれて良かったと思ってるよ」
公爵は呟く。
「ウージェーヌならもっとよかったかもな」
前神官長が返す。
「いや、やつにはこっちで悪だくみをしておいて欲しい」
公爵の掛け値なしの本音であった。
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