オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第十二話

当たらない陽だまり

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 「でもヘルメスちゃん、仕事が趣味の男性と付き合うのってつまらなくない?兄様だって王太子でなければ令嬢なんて寄ってこないくらいに滅茶苦茶につまらない男よ?」
 「ひどいなジャクリーン。」

 怪訝そうな表情でジャクリーンはそう尋ねてくる。
 無理もない、趣味もなくひたすらに実績を積み重ねるために娯楽などに振り向きもせずに今までそう過ごしてきたのだから、つまらない男と評されても仕方がない事だ。

 「私には実績や功績が不足しているからね。仕事に一本気に行かねば臣下に示しがつかないだろう?」
 「まぁ。そんなにも熱心になるだなんて。若い頃は『お前が継ぐんだから俺は何してもいい』など投げやりに言っていたのに。」
 「若気の至りさ。それに目標が出来たからね……そんな子供のような自分勝手さはもうやめるべきだと思って、打ち込んで来たからね。」

 マリセウスは苦々しく、青年時代の自分を思い出すも隣にいるヘルメスの手をとって微笑んだ。彼女は突然、手に触れられて少し驚きはしたものの、微笑む表情を見ると釣られて笑顔になってくれた。
 その光景はとても初々しいながらも温かい、春の穏やかさそのものがあったのかロレンス達も釣られて頬を緩ませた。

 が、ターニャはと言うと面白くない。
 母からはいつまでも子供の夢の話、叔父からは(自分には直接言われてこそはいないが)子供のような自分勝手さと刺されてしまい、どうしてこの想いをストレートに伝えても届かないのだろうと悲しみ、そして叔父の隣にいる女に嫉妬した。
 本来なら感情など剥き出して態度や表情、言動を反映させてはいけないのがマナーではあるが、どうしてもマリセウスの事となると自分の心を優先してしまうのだ。恋心の熱暴走とでも言うのだろうか。

 「ではヘルメス嬢もそれをわかった上で、義兄上の仕事が趣味に肯定しているのですね。」
 「いいえ、それは今知りました。ただ、とても熱心に政に取り組む意欲と自ら手がける商会の話をしているお姿がとても生き生きとしていらっしゃいましたので、それを否定するのはなんだか嫌だなぁって……。」

 (わたくしだって、同じ事を言っているわ。)

 幼い頃から仕事熱心な叔父の姿を見てきた。
 王宮へ赴き初めてマリセウスの執務室に入ったことがある。机という机には書類の山が立ち並び、黒板には進捗や優先順位などを書き込まれており、貴族が頻繁に出入りしては領地運営の相談、税金の増減の承認、インフラ整備の許可などを一度にこなしていた。
 真面目で真っ直ぐなその姿勢に幼いながらもときめいてしまったのは甘酸っぱい思い出である。
 十五歳ぐらいになるとさすがに執務室に顔を覗かせるのは気が引けるため、ひと段落ついた頃に中庭でお茶の誘いをして会話などを楽しんだこともある。叔父のやっている事について聞いてみたいが、『ターニャには関係のないことばかりだよ。』『それよりも最近はどうなんだい?』とはぐらかされて、結局は自分の現状報告ぐらいしか出来ないでいた。
 きっと叔父の婚約者もそんな扱いをされているのだろう。ターニャはそう思っていた。

 「それに、マリス様がお話してくださる商会の事や政の方針は聞いていてとても楽しいです。ですから、お仕事が趣味でも良いと思っております。」
 「……お話、なさっているの?」
 「はい!入国したばかりの頃に、執務室で商会が輸入したばかりのコーヒー豆の事とかも。」

 ……そう勝手に思い込んでいた。かなり失礼なのは承知ではあるが、ヘルメスの事を内心『難しいことに何も興味を持たない女』と見下している。顔を合わせてまだ数分だが、嫉妬でここまで至れるのはなかなか出来るものではない。どうせ叔父に対して猫を被り、自分の悪い部分や下心をを見せないようにしているのだ。
 ターニャは自分の知らない単語が出てきたことに対して少し苛立ちを感じてしまう。だからつい、ヘルメスを試すように尋ねてみた。

 「コーヒー豆、と初めて耳にする言葉ですけれども、それはどのような物なのですか?」
 「はい。グリーングラス商会が南の大陸が取り寄せたものでして。コーヒー豆を炒って粉末状になるまで擦り、専用の器具でお湯で越すと飲み物になるんですよ。」
 「飲み物?紅茶のような物でしょうか……?」
 「ああ、現地の言葉で言うなら『コーヒー』という飲料だな。ただ、これがまたクセモノでね。」

 二人の会話に楽しげにマリセウスは混ざってくる。

 「ヘルメスにも淹れるところを見せたんだ。これをどうやったら一般にも広められるかなんて考えもしてね。一式の器具と材料を揃えるだけでも少し値段が張るから、もっと手軽に出来ないかなんてのも。」
 「粉末にしてお砂糖みたいに溶かせないので、手間暇かけて飲みたいかと言われたらと思うと余計に二の足を踏んでしまいますね。」
 「そうそう。それで手軽さはまた今度考えるとして、コーヒーというのがどういうものか試飲会も商会でやってもらうつもりでね。」
 「そうなのですか。商会の各店舗で開くのでしょうか?」
 「それもやるけれど、まずは上流階級の人間がよく集まりそうなレストランや喫茶店で試飲して貰おうと思う。私達や商会従業員以外に、もしかしたら知恵がある人が捕まると思うからね。アイディアを出して成功したら売り上げの半分はくれてやるさ。」
 「半分も……。でもそれはさすがに多くはありませんか?必要経費も商会だってあるのですから。」

 「…………。」

 ターニャは唇を噛んだ。
 自分だって、これくらいの会話はなんてことなくこなせる。それなのに、叔父は商会の商品展開の相談を長い付き合いの自分ではなくて、出会って一月も経たない婚約者に話していたのだから悔しいにも程がある。
 どうしてそこまでの全幅の信頼を置けるのかもわからないが、二人の間には何かがあるのだろうと、いつもならそう考えられる。いつも通りではないのだ、今は。

 「……叔父様は、随分とカートン様にお話しているのですね。」
 「ん?そうだね。」

 『婚約者と仲がいい』と受け取ったマリセウスは嬉しそうにしながら話した。

 「ヘルメスは好奇心が強くてね。先日も浜辺で初めて海を見た時は私がいるのにも気が付かずにはしゃいで回っていて。」
 「はぁ。」
 「それに博識で、魔法石に関しての知識なら右に出るものはいないとも思っているさ。」
 「はぁ……。」

 叔父がそう惚気るように話すのを見た婚約者は赤面しながら、言い過ぎだと照れて顔を伏せてしまっている。それでも叔父の惚気は止まらない。
 両親はそんな彼女が初々しいのだろうと微笑ましく眺めていた。

 「私のような頭の硬い人間の硬い話を楽しげに聞いてくれるのはヘルメスぐらいさ。……あ、勿論私だって、ヘルメスの魔法石話を聞くのは楽しいからね?」
 「あ、ありがとうございます……。」

 (…………。)

 この会話でなんとなく、ターニャはわかった。実際には以前からわかりきっていたけれど立場を利用して甘えていたのを認めたくなかったのだ。
 マリセウスにとって、ターニャは『姪』から一生抜け出せない存在だと言う事に。
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