オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第三十話

ヘルメス・ハンクス・エヴァルマー

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*****

 結婚式まで残り三日。今日の予定は妃教育の座学が午前中、午後は挙式と披露宴のドレスに袖を通しての最終確認。もうすぐで人生の一大イベント、周囲も慌ただしくなって来ており休む間もない。
 そんな過密スケジュールの中で唯一の癒しが運動となっていたヘルメス。離宮にいた頃は王宮までの道のりを往復で走り込むのが早朝と夕方のルーティンとなっていた。王宮内廷にやってきてからは今までとは逆のルートを辿ろうとしたが、さすがに待ったがかけられた。王太子妃が離宮に駆け込むように見られてしまっては……などと言われたが、今までは大丈夫だったのにと大人になりかけてたヘルメスは口を尖らせて子供のように不満を漏らしてしまう。ちなみに、その不満を漏らしたところをターニャに見られてバッチリ説教をされたのは言うまでもない。
 だがその代わり、騎士の調練場や浜辺での運動はマリセウスの口聞きで解禁された。彼もまた騎士に混ざって早朝トレーニングをしているので、「ヘルメスはダメ」だなんて言えるわけがない。寧ろ来て欲しい、早朝のデートをしようと誘っているようにも見えなくもない。……まぁ仮にデートの誘いだとしても早朝でしかもトレーニングあたりなのが不器用これに極まり、色気がなくて彼らしいのがよくわかる。

 ヘルメスは運動着に着替えてどこの調練場に向かおうかと考えたが、マリセウスと一度走ったきりのあの浜辺はどうだろうかと思ってそちらに足を伸ばしてみた。
 もうすぐ初夏、しかしまだ肌が寒い朝。浜辺には少数しか人はいない。まだハンクスに来て一ヶ月も経っていないが波の音が心地よく感じており、しかし潮風の香りはまだ抜けきれてない眠気を覚ますのに丁度良い新鮮さ。草木の香りの中で育ったヘルメスは未だ慣れてはいないが、これからは共に過ごしていくのだから急ぐ必要はないだろうと気持ちにゆとりが持てるようになっていた。

 ヘルメスは海岸に降りて砂浜でストレッチを始める。
 少人数とはいえほとんどが騎士なのだろう、女性もいるが皆体格がいい。自分のように趣味で鍛えているわけでもなく職務のために鍛錬をしているのだからそれはそうだろうが、だとしてもヘルメス自身は少し浮いてしまっている気がした。
 それにこれでも(一応は)王太子妃なのだが、どう見ても部外者が騎士団の調練場に侵入してしまっていると勘違いされてしまうのでないかと不安になる。筋肉もなければ威厳もない、特に筋肉のなさに対してはつい悔しがってしまう。……不安よりも悔しいが先行するのは勝手な嫉妬ではある。
 せめて似たような体格のグループがあれば混ざりたいが、まばらな人数とはいえどこもかしこもがっしりムキムキ・すっきりムキムキの人間しかいない。ヒョロヒョロな己が憎いとさえヘルメスは思った。ちなみに貴族令嬢の中ではスタイルはそこそこ良い方の分類にあたるのだが、本人にその自覚は勿論あるわけがない。

 周囲を見渡してみると、どこか見覚えのある後ろ姿の男性を発見した。髪の毛を乱雑に束ねているのに対し、肩から脹脛まで無駄のない鮮麗な筋肉。似たような騎士も何人かはいるが、その人にはとても美しさがあるとヘルメスは純粋にそのような感想を抱いた。
 しかし、マリセウスという夫……そう、もう夫となった人がいるのにも関わらず異性の筋肉に興味を持ってしまうなんてとても不貞ではないか?いや筋肉ぐらいならいいのでは……でもやはり、夫の背筋のが……そもそもマリセウスの背筋をちゃんと見たことがあるのか?と変な問答を自分の中で繰り返すヘルメス。
 劣情(と呼べないが本人がそう思い込んでいる)と理性の狭間に苦しんでいると、その男性の横顔が見れた。運動服の上からでも十分にわかる肉体美の持ち主の顔は、いつも見ている大好きな彼そのもので罪悪感から解放されると同時に歓喜を上げた。

 「……マリス様!」

 見間違えるはずもない端正な顔立ちと夏の太陽のような金色の瞳。遠くからでもヘルメスにはすぐにわかった。
 マリスと呼ばれた彼は声が上がった此方を振り向けば、多少驚きはしたものの直ぐにヘルメスだと理解してにこやかになり、駆け寄る自分を待ってくれていた。

 「おはようございます!」
 「おはよう。……と、どうして浜辺に?」
 「はい、マリス様と走ったきりでここには来てなかったので、今日は浜辺で走りこもうかなぁと思いまして来ました。」

 大好きな人と朝一番に同じ場所でトレーニングするのが嬉しくてニコニコしているヘルメスの笑顔により幸福感を覚えたのか、ついつい破顔してしまう。緩みきった顔を直そうと口元に手を添えると、何かに気がついたのか目を見開き顔を手で覆いながらヘルメスから逸らした。
 
 「?どうかしましたか。」
 「ぁ、いやその……。」

 まるで乙女が照れている様だ、いつもは彼から自分に可愛いや何やら言ってくれているのに今はこちらから可愛らしいと言ってもいいくらいの仕草。
 しかし実際は照れているというわけではなさそう。何せマリセウスは、どんなに赤面をしてもこちらを見てくれていた。だから何を今更と不思議に思うだろう。どうしてしまったのか、疑問に感じてしまうのは無理もない。

 「その……君がここに来るとわかっていたら、もう少し身嗜みを整えていたかったな、って。」

 (……そういえば。)

 寝起きそのままの髪の毛を適当に束ねていて、よく顔を見れば髭も剃っていない。起きたばかりの父親を思い出す。髪も寝癖でグチャグチャで就寝している間に伸びた無精髭。大勢の前に出ることが多々ある大人は身嗜みを整えてから人と対面するものだ。マリセウスもまた例外でもなく、普段から外見の清潔感を大切にしている。
 早朝トレーニングは飽くまで身嗜みよりも鍛錬を重視するのだからそんな細かい事を気にする必要はないのをヘルメスは知っていたが、目の前の夫は『好きな人の前でだらしない所を見せてしまった』恥ずかしさがあるのだろう。

 「別にいいじゃないですか。これからお互いの、ダラシない所だって見ることになるのですから。」
 「ぅ、それはそうだけど……。」
 「私は好きですよ、そのお姿も。」

 ニコニコと、少しからかうようにマリセウスの顔を覗き込んでヘルメスは一言だけ放つ。
 世辞ではなく、品行法正で綺麗な彼が一変して男らしく渋みのある一面を見せてくれた。それで恥ずかしがる姿は可愛い、間違いない。

 純粋な感想を述べて笑顔を向けてくるヘルメスにときめきを抑えられずに『なんて罪な小悪魔!』と叫んでしまいたくなるが、寸前で理性がストップをかけてくれたことにより阻止された。すごいぞ理性。

 「……君には敵わないな。」

 照れ臭く頭を掻きながら爆発しそうな気持ちを鎮めることになんとか成功した。

 折角だ、また浜辺で一緒に走り込もうかとマリセウスが誘うとヘルメスは迷うことなく嬉しそうに承諾するのであった。
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