マリンブルー リベンジ

アーケロン

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二 四十九日

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 先にシャワーを済ませ店内でコーラを飲んでいると、瑛太の車で二人が戻ってきた。
「待たせたな」
 中に入ってきた将毅が、美優の肩を抱く。将毅と目を合わせた早紀子が、露骨に視線を逸らせた。
「ボートの上で潮風にあたっていたんだ。シャワーを浴びてくる」
 苦笑いしながら瑛太の肩を叩くと、将毅が先にシャワー室に向かった。
「早紀子ちゃんの様子、どうだった?」
 瑛太が耳打ちした。
「あいつの眼を見りゃわかるだろ」
「俺、露骨にセクハラしちまったからな。怒ってるのかな?」
「セクハラって何?」
 耳聡い美優が鋭い視線を向けた。
「私の可愛い早紀子ちゃんに何をしたの?」
「ボートハーバーで、ご自慢のグレートキャノンを見せつけようとしたんだよ」
「なにぃ?」
 瑛太が逃げるようにシャワー室に向かった。
「茂樹は来るの?」
 美優がテーブルに身を乗り出してきた。柑橘系のコロンの匂いが薫る。
「さあな、あいつは今、東京にいるからな」
「和弥とは小学校からの付き合いなんだよね」
 茂樹は、藤澤和弥とは恭介たちより長い付き合いだ。
「あいつ、東京で何やってるの?」
「聞いてないな」
「ヤクザでもやっていそうね。あの風貌だもん」
 二人がシャワー室から戻ってきた。早紀子は顔も上げずにカウンターの向こうを片付けている。まだ怒っているようだ。
「そろそろいくか」将毅が壁に掛けられた時計に目を向けた。
「何か、食べるものとか、用意しておくね」
 こちらを振り向いた早紀子が、カウンターの向こうから声をかけてきた。
「酒も頼む」
「お酒は駄目。永原さんも美優さんも車なんだから」
「俺、将毅か恭介の部屋に泊めてもらうよ」
 瑛太がバスタオルで頭を拭きながら言った。私は飲まないわ、と美優が答えた。
 店を出た四人は美優の四駆に乗った。後部座席に座ると、花の匂いがした。美優が供えの花を用意して来たのだとわかった。男勝りの性格だが、そういうところに気が付く女らしさもあるのだと感心した。
 海沿いの暗い道をつきあたりまでくると、美優が山の方角にハンドルを切った。峠への細くて暗い道を、美優の四駆がスムーズに登っていく。スピードを落とすことなく、カーブを滑らかにクリアしていった。
「お前、運転うまいんだな。このでかい車を器用に転がすじゃねえか」
 後部座席から、恭介が美優のハンドルさばきを褒めた。
「こいつに鍛えられたから。ドライブに連れて行けって、山道を何度も運転させられたの」
 美優の言葉に、横に座っている将毅が意味あり気に笑った。
「なるほど、ここまでくれば人目もないしな」
「それに、これだけ車内が広けりゃ、窮屈じゃないし」瑛太が下品な声で笑う。
「ふたりとも、それ以上言うとここで降りてもらうからね」
 山道を二十分ほど走ると、現場に到着した。この辺りに街灯など、もちろんない。周囲は漆黒の闇に包まれている。
 腕時計を見た。午後十一時。和弥が事故死した時間だ。
「四十九日か。もうそんなに経ったんだな」
 将毅が独り言のように呟いた。暗闇の中なので、彼がどんな顔をしているのかはわからない。
 四人は車から降りた。美優が懐中電灯で周囲を照らす。ガードレールに近寄ると、花が添えられていた。
「誰か来たのか?」将毅が暗闇の中で呟いた。
「たぶん聡子だと思う」
 将毅の横に並んだ美優が答えた。能島聡子。美優と同じソフトボール部で、ピッチャーで四番バッターだった同級生の女。
 高校卒業前に和弥と聡子ができていたという噂を耳にした。海岸で酒を飲もうと三人で和弥を誘って真相を確かめようとしたが、そのうち教えてやると意味あり気な顔をするだけで、恭介たち親友にもそのことは話さなかった。和弥の父親はテキヤで、和弥が小学生の時、祭りの夜店を出しているときにチンピラと揉めて刺殺された。母親はスナックで働いていたが、子供たちを置いて男と一緒に蒸発した。温泉街で身体を売っていたという噂もあった。その上、姉は地元でも有名な札付きの不良。自分と付き合っていることが周囲に漏れれば、聡子に迷惑がかかるとでも思っていたのだろう。
「能島はまだここにいるのか?」
「彼女も東京。運送業者で配達してるよ」
「じゃあ、帰ってきたんだな」
「和弥が死んだとき、後を追いそうで怖かったもん」
「あいつ、そんなに和弥に惚れてたのか」瑛太がため息をついた。
「聡子、和弥は殺されたんだといって、犯人を探しているの」
「まだやってんのか。ヤクザが殺したんだって言ってたよな」
 恭介が、ガードレールの脇に置かれている花を見た。白いユリだった。事故死する少し前に、和弥が温泉街でヤクザと揉めたという話を聞いた。
「それで能島の気が鎮まるならいいじゃねえか」
「しかし、このままだとあの子がかわいそう」
「しばらくはそっとしておいてやろう。俺たちがあいつにできることなんて、何もない」
 将毅がしゃがみ込んで、ガードレールに置かれた花に触れた。美優がその横に持ってきた花を添えた。名前は知らないが、やはり白い花だった。

 店内には折りたたみ式の大きなテーブルが置かれ、料理の入った皿が並べられていた。
「ごめんね、早紀子ちゃん。全部やらせちゃって」
「こちらこそ、ごめんなさい。簡単なものしかないんだけど」
 フライと炒め物の入った皿が並んでいる。早紀子が一人で作ったらしい。戻ってきた四人が、冷蔵庫からウーロン茶とビールをテーブルに運んだ。
「始めようか」
 将毅の言葉で四人がテーブルに着いた。
「早紀子ちゃんもおいでよ」カウンターの奥にいた早紀子を、美優が引っ張り出してきた。
「私、部外者だけど」
「いいからいいから。藤澤和弥のことは知っているんでしょ?」
「お兄ちゃんが何度か家に連れてきてたけど、怖そうな人だってことしか覚えていないの」
「パンチパーマで思い切り剃りこみ入れていたからな」恭介が自分の横の椅子を引くと、早紀子がちょこんと腰をおろした。その様子を将毅が黙って見ていた。
 早紀子がテーブルについて、五人で酒盛りが始まった。美優が早紀子のグラスにビールを注いだ。
「私、お酒は……」
「二十一歳になったんでしょ? もう立派な大人じゃん。それに、こんな時にはお酒を飲むものよ」
「そうだよ、早紀子ちゃん」
 瑛太が早紀子にグラスを合わせる。注がれたビールに口をつけて、早紀子が眉を顰めた。
 ビールの缶が次々に空いていく。一人酒を飲んでない美優が空き缶を片付け、酒を冷蔵庫からテーブルに追加していった。グラスに半分飲んだだけなのに、早紀子はもう頬を赤くしている。
 話題が先日ペンションに泊まりに来た女性客の話になった。恭介がガイドとして彼女たちを海底に案内した。その時、一人の女性が岩の隙間を覗き込もうとして奥にまで身体を入れすぎ、抜けなくなったのだ。恭介が女性の背負っていたボンベを外して岩の隙間から引っ張り出したが、その間に口からレギュレターを離してしまい、パニックになった。彼女に自分のレギュレターを銜えさせ、抱きかかえながら海面まで運び、待っていた将毅と二人でボートに引きあげたのだが、その後も甲板で泣きじゃくって大騒ぎだった。結局、他の友人たちも海面に戻ってきて、ダイビングは中止となった。
「どうしてそんなにきつく挟まっちゃったの?」
「胸が岩の間につかえちまったんだよ。その客、スゲエ巨乳だったから」
 将毅が笑いながら言った。
「笑っちゃ、ダメよ。お客さんにとっては大変なことなんだから。そもそも、恭介くんが目を離すから、あんなことになっちゃったんじゃない」
 顔を赤らめた早紀子が抗議するような目を恭介に向けた。アルコールを飲んでほんのり赤くなった早紀子は、なかなか色っぽい。
「スキューバーを五年やってて、日本中のスポットを大方回って海外にも何度も行っていると自慢していたんた。彼女は放っておいて他の二人に構っていたんだが、油断しちまったんだな」
「女のダイバーってのは、オヤジダイバー以上に始末に負えないんだよ。わがままだしプライド高いし、体力ないくせに無理しようとするし、言うこと聞かないし、行動が予測不可能なんだ」
 そういって、瑛太がフライドポテトを頬張る。
「それに化粧が長い」恭介がグラスを空けた。
「トイレも長いしな。それも、連れションだし。見せあいっこでもしているのかな」
 将毅が言うと、早紀子が「最低」と呟いた。瑛太が、また機嫌が悪くなりそうな早紀子をこわごわ盗み見た。
「機材を運んで欲しいって目で訴えてくるし」
「でも、美人なら言うとおりにしちゃうんでしょ」
 美優が恭介の顔を覗きこんでくる。この女は他人に話しかけるとき、いつも意味あり気な目を向ける。今までいろんな男に口説かれたのよ、と自慢していたことがあったが、案外、勘違いさせていただけなのかもしれない。
「美人でもブスでも、運んでやるよ。それが仕事だ」
 話が盛り上がり、酒のピッチも早くなっていく。明日は早いのにと早紀子が文句を言う。まだ二杯目の途中だが、かなりふらついている。遅くならないように注意するから機嫌直してといって、美優が早紀子に抱きついた。このふたりは実の姉妹のように仲がいい。
 誰もが、和弥の話を避けていた。
 明らかに事故死だった。警察もそう言っていた。しかし、恋人だった能島聡子は、和弥が殺されたと思い込んで今も一人で犯人を探している。それを見守ることしかできないとしたら、自分たちは何と非力なことなのか。
 将毅が店の奥からギターを持ち出してきた。弦を弾きだす。恭介が銜えたタバコに火をつけて一口目の煙を吹き出すと、横に座っていた早紀子が煙たそうに眼を細めた。
「お店、汚さないでよね」
 早紀子が膝で恭介の腿を突いた。
「お前も見張り役、大変だな」
「ふん、どうせ小姑みたいだって思っているんでしょ」
 いつもの拗ねた顔で、早紀子が酒に口をつける。
 古い曲ばかり弾く将毅に、最近の曲は引かないのかと、美優が訊いた。
「高校の時、五人でよく歌った曲なんだ」
 美優にそういうと、将毅が次の曲を弾き始めた。
 将毅、恭介、瑛太、茂樹、そして和弥。
 浜で酒を飲んで騒ぐ時、将毅はいつもギターを持ってきていた。
「この曲が流行った時はまだ小学生だったわ」
 早紀子が眠そうに目をこすりながら言った。それを見ていた美優が手を伸ばして早紀子の頭を撫でた。
「私、先に帰るわ。早紀子ちゃんももう寝たら? こいつらに後片付けさせればいいから」
「あとはやっておくから、おまえはもう寝ろ」
 兄の将毅がそういうと、早紀子は頷いて、「じゃあ、お先に。おやすみなさい」といって、カウンターの奥に消えた。このダイビングショップとペンションはつながっていて、ペンションの奥の棟が将毅たち八代家の住居になっている。
「あんたたちも早く終わりなさいよ。それに、ちゃんと後片付けして、早紀子ちゃんに迷惑かけないこと」
「わかっているよ」
 恭介がハエを追い払うように手を振ると、美優は舌を出してドアを閉めた。
 将毅がギターを置くと、店の奥からウイスキーのボトルとグラスを三つ持って戻ってきた。今夜は徹底的に飲むつもりらしい。
「明日は何時からだ」
「朝十時と午後二時にボートダイビング。講習は入っていない」
「じゃあ、まだ飲めるな」
 三つのグラスに酒を満たすと、ふたたび三人でグラスを合わせた。しばらく三人で黙って飲んでいると、誰かがドアを叩いた。
「あれ、茂樹じゃん」
 瑛太の声に、二人が同時にドアのほうを見た。城野茂樹がにやけ顔でドアの傍に立っている。
「前を通ったら明かりが見えたんでな」
「帰ってきてたのか」
 瑛太が椅子を差し出すと、茂樹が腰をおろして「土産だ」と言ってウイスキーのボトルをテーブルに置いた。
「オールドパーか。えらく上等なのを買ってきたな」恭介がボトルを手にとって眺めた。
「和弥のためにガードレールに供えようかと思ったんだが、やっぱり惜しくなってな」
「あそこにいってきたのか」
「ガードレールの花束はお前たちのか?」
「能島とな」
「まだふっきれねえのか、あの女」
「俺たちと同じだよ」
 恭介が土産のボトルの封を切り、瑛太が持ってきた新しいグラスに注ぐ。
「たまには東京に遊びに来いよ」茂樹が三人に名刺を渡す。
「イベント会社の課長か。出世したじゃねえか」
「今流行りの、名ばかり管理職だよ」
「向こうじゃ、ずいぶん羽振りよさそうだな。まさかヤクザになっちまったのか?」
「そんなバカじゃねえよ。今の時代、ヤクザなんか流行んねえからな」
 茂樹は注がれた酒をストレートで一気に飲み干した。いい飲みっぷりだ。感心した恭介が二杯目を注ぐ。
「この時期しか田舎には顔を出さなくなったな。和弥のことがなければ、こんな場所とはとっくに縁が切れていた。あいつのおかげだよ」
「この町に来るのも久しぶりなんじゃないのか」そういって、将毅が持っていたタバコを差し出した。それを受け取った茂樹が、一本取り出して口に銜え、自分で火をつけた。店内に霞がかかる。東京からこの町まで一時間で帰ってこれる。
「まだこの町と縁を切るんじゃねえぞ」
 瑛太の言葉に茂樹が頷いた。
「ここには昔からのダチがいるからな」
「碌でもないダチがな」
 恭介の言葉に、三人が笑った。
「ペンションのほうはどうなんだ。客は入っているのか?」
「若い女の団体が一組。明日は家族連れが二組泊まる」
「連休なのに寂しいもんだな」
「夏が過ぎればこんなもんさ。まだしばらくはスキューバーの客が来てくれるが、冬には客が温泉街に流れちまうからな。暇になるのはこれからだ。その代わり、夏にがっぽり稼がせてもらった」
「副業でもな」瑛太がオールドパーのボトルに手を伸ばす。
「まだ密漁やってるのか?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。海に入ると、海老が勝手に網の中に入ってくるんだよ」
 恭介がにやりと笑ってグラスを空けた。
「東京に出稼ぎに来いよ。いい仕事紹介してやるから」
「都会は性に会わねえ。稼ぐ気なら年じゅう海で稼げる」
「和弥が生きていたら、きっとお前たちとつるんでこの町で悪さしていたんだろうな」
 仲間の中で和弥が最初に免許をとって中古のバイクを買った。高校を中退する前のことだ。十八になるとすぐに車の免許を取って、古いフェアレディZを乗り回すようになった。車の免許を取ったのも、和弥が一番先だった。
 そして二か月前、峠を越えているときにガードレールに激突した。
 体内からアルコールが検出された。酒を飲んで夜中のドライブウェイを改造車で暴走し、ガードレールに激突。ブレーキ跡もなかった。もちろん、事故死として処理された。
 事故の衝撃で、死体は雑草がうっそうと茂る斜面を転がり落ちた。和弥が車から逃げ出してどこかを彷徨っていると思った警察は崖下を捜索せず、死体は三日間見つからなかった。夏の山で三日間放置された和弥の死体は腐敗し、野犬に食い荒らされていた。
「和弥とはよくつるんで馬鹿やったよな」
 茂樹がウイスキーをあおりながら言った。
「お前ら四人で、ダチを苛める先輩に焼き入れたことあったな」
 瑛太が赤い顔でタバコを銜えた。お前もいただろうという茂樹に、俺は巻き込まれて殴られただけだといって、頭を掻いている。瑛太は喧嘩が苦手だった。
「巻きこまれたのは俺たち三人ともだ。もともと和弥と茂樹で始めた喧嘩だったろ」
 ぶちのめした先輩が仲間を連れてきて、ぼこぼこにされた。その仕返しに、四人で手分けしてひとりひとりぶちのめしていった。再び仲間を引き連れてきて仕返しを食らったが、今度は加担した奴らもつけ狙って借りを返した。そして、誰も絡んでこなくなった。
 和弥は二年に上がってすぐに高校を中退した。母親が蒸発して働かなければならなくなったからだ。
「今夜は飲むぞ」
 茂樹がそう言うと、一晩中付き合ってやると言って、将毅が二人のグラスに酒を注いだ。俺も付き合うよ。グラスを差し出す恭介に、ボートダイビングはさぼるなよと、将毅が釘をさす。
「わかってますよ、社長」
「ほどほどにしておかないと、早紀子ちゃんに怒られるぞ、社長」瑛太が口から煙を吐き出す。
「俺はあいつの兄貴だ」
「兄貴より強い妹なんて、そこらじゅうにいるだろ」
 瑛太の言葉に、将毅が大笑いする。恭介には、今夜の将毅は無理に笑っているように見えて仕方なかった。
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