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36,護衛騎士

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「今日からエリィの専属護衛を務めるフレデリックだよ。」

夏休みが始まったその日、お父様に呼ばれて執務室に入ると、突然そう紹介された。
プラチナブロンドの艶のある髪に、鋭い深いグリーンの瞳。長身で鍛え上げられた体躯と太い首に逞しさを感じる男性だった。

「お父様、専属の騎士様なんて聞いてないですよ?」

「ん?エリィは色々危なそうだからね。外に出るようになったから色々と心配なんだ。フレデリックは優秀だからこれからきっとエリィの助けになるよ。」

微笑みを絶やさずに言うが、これは決定事項と言わんばかりの目をしている。反対はできなそうだ。

「わかりましたわ、お父様。ご心配お掛けてしてすみません。フレデリック様、これから宜しくお願い致します。」

「こちらこそ宜しくお願い致します。様は不要です。私のことはフレデリックとお呼び下さい。」





それにしても専属の護衛騎士をつけられるとは思わなかったな。
しかも優秀なら尚更、私の護衛騎士なんて嫌だったんじゃないかな?さっきからずっと不機嫌そうな顔してるし。怖いなぁ。やっぱり理不尽な人事だったんじゃないのかな…。

そんな事をマリーとアリアナ語で会話をしながら部屋に着くと、一緒に部屋に入ってくるではないか。
思わず疑問を口にしてしまっていた。

「え?扉の前ではないの?」

「常に視界に入れておいて欲しいと申し付けられておりますので。」

「お父様が?」

「はい。申し訳ありません。私はここにおりますがいないものとして頂いて結構ですので。」

いや、あなたすごい存在感あるから。怖いし。
せめて女性にしてほしかったわ…。
ため息を隠せないが、お父様に逆らう気はない。暫く我慢しようではないか。

それにこの部屋に長時間居続けることはできないはず。
私は自分の部屋に自ら編み出した防御結界を張っているのだ。その結界は外敵から身を守るため強固なものにしているのはもちろんのこと、この結界に一定時間以上いると、じわじわと魔力が減るようにしてある。
だから魔力量が相当高くないと、この部屋には長時間いることはできない。

フレデリックが優秀ならばこの結界には気づいているだろう。
ちらりと見るが、表情の変化をうかがうことはできない。

気を取り直し、夏休みの課題に取り掛かる。
ルーファンに行くまでに全て終わらせる予定だ。

食事を終えて湯浴みをした後は、ピアノを弾いたり本を読んだりして過ごすのだが、この騎士、時間になるまでずっと部屋に居続けている。

「もう眠るから下がっていいわよ?」

「畏まりました。ではごゆっくりお休み下さい。」

「ありがとう。あなたもね。お休みなさい。」

やっと一人になれたことに安堵する。

お父様、きっと魔力量の高い騎士を選んだのね。
ふぅっ…とため息をつく。…あぁ、しんど………。





翌朝いつも通りの時間に起き、身支度を整えると既にフレデリックが部屋に待機していた。

私の部屋は続き部屋になっているが、さすがに寝室には入ってこないようだ。

「おはよう、フレデリック。早いわね?」

「エリナリーゼ様、おはようございます。いつもこの時間に起きられるとお聞きしていたので。」

時刻は7時過ぎ。
フレデリックは既に騎士服に身を包んでいる。昨日も感じたがこの騎士、本当に隙がない。

「そう。今日はシドが来る日だから庭に行くわ。」

庭にある練習場に行くまでの間、私のスケジュールを話しておく。あまり面白みがない生活だから護衛もしがいがないと思うのだけど。

練習場に着きフレデリックと話しながら、ストレッチや魔法循環をしながらシドを待つ。

「お嬢、おはようございます。」
「シド!おはよう。久しぶりね。会えて嬉しいわ!」

学園が始まってからはシドと会えなかったので、久しぶりの授業だ。学園の授業よりも数倍面白い。
なによりもシドとの時間はとても楽しくて好きなのだ。

「久しぶりですね、今日はどこに行きたいですか?」

柔らかい笑みを浮かべて聞いてくる。
あの山岳地帯の他に、シドおすすめの練習場にも行くことがある。お父様には内緒らしい。
なんだかんだでシドも私には甘いのだ。

「シドのおすすめに行きましょう!」
「3ヶ月の成果を見せてくれるんですか?」
「そこはそんなに進歩していないと思うけど、がんばるわ。」
「暑いですからね、水と氷縛りで行きましょうか?」
「それ、いいわね!」

フレデリックにシドと授業に行ってくるから安心するように言ってから、シドと私は転移した。

転移した先は熱帯地域。
じっとりとしてそのままだと汗がにじんでくる。すかさず防御結界と冷気を纏い、目についた魔物を水魔法や氷魔法で倒していく。
その様子をシドは面白そうに見ている。

「なんかここ魔物多くない?」
「えぇ。最近魔物が多いと領民から相談があったみたいですよ。」

王宮の筆頭魔術師であるシドは、辺境伯家の次男で、治める領地に魔物が出た時など対応しているのだ。
そして魔法の授業という名目で私も討伐をしている。
もちろんしっかりフォローしてくれるので、危険なことはない。それにいろいろな魔法を実践で試せるので私も楽しい。

「やっぱり実践はいいわね。」
「お嬢、いつから戦闘狂になったんですか?」
「失礼ね。勉強家って言ってくれる?」

そんな軽口を叩きながらどんどん魔物を討伐していく。手際も良くなった。B ランクの魔物もいたが、今の私なら倒すことができる。
氷漬けにして魔石を回収していく。

「ははっ、すごいですね!鮮やかだ。」
「成長したかしら?」
「えぇ。十分です。貴族のご令嬢には見えませんよ。お嬢の魔法を知ってたら誘拐なんてされないでしょうね。もしされたとしても返り討ちにするのが目に見えてますよ。」
「それは良かったわ。」

でも私は自分の欠点はちゃんと分かっている。私は接近戦には弱いのだ。私の武器は魔法のみ。体術や剣術は全くできない。だからこその防御結界。
部屋にいる時は常に結界を張り、外に出る時も必ず自らに防御結界を張っている。悪意のある者が私に触れようとすると弾かれるようにしているのだ。

外に出るようになってわかったのは、私がリフレイン家の弱点という事だ。正確にはそう思われている、という事。
だからこその護衛騎士なのだろう。彼は私の防御結界に気がついていたし、耐えられた。普通の人にはわからないようにしているはずなので、彼がとても優秀であることは明白だ。魔力が減っていることにも気が付いているはず。


私は苛立っていたのだ。優秀であろうフレデリックが貴族令嬢の護衛する事に。私なんかの護衛をする事に。リフレイン家の弱点と言われた私自身に。私はまだ守られる立場の人間なのだという事実に。

どれだけ魔法が使えるようになれば、誰かを守ることができる?
その苛立ちを魔物にぶつけても一向に気分は晴れなかった。

「お嬢、今日は気合が入ってますね。」
「久しぶりだったからね。頑張っちゃった。」
内心を気取られないように明るく振る舞う。

「無理しないで下さいね。何かあったなら相談に乗りますから。」

「ありがとう。でも大丈夫よ。それより、転移魔法を教えてくれない?」

「…その貪欲なところ、けっこう好きですよ。」





屋敷へ戻りフレデリックと合流すると何かを言いたそうにしている。少し怒ってる?

「フレデリック…って長いからフレディって呼んでもいいかしら?」

「お好きなように。」

「フレディ、私腹芸は得意ではないの。言いたい事があるならはっきり言ってほしいわ。」

「…では申し上げます。
先程はいきなりお二人の気配が消えたので何事かと思いました。メイドに聞いて転移していることがわかりましたが、できればそういうことは先に言っていただきたいです。
私はリフレイン団長より、エリナリーゼ様の安全を第一にお守りするように申しつかっておりますので、万が一の事態にも備えたいと思っております。
しかしエリナリーゼ様がどこにいるかわからない状態ですと、私としてもお守りすることができません。今後このようなことのなき様お願い申し上げます。」

すごい勢いでお説教されたわ。
確かにシドと出掛けてくるとは言ったけど、転移してとは言ってなかったわね。

「…ごめんなさい。今後は先に言うようにするわ。でもシドと一緒の時は大体こんな感じよ。覚えておいて。」

「…畏まりました。ところでどちらに転移されていたのですか?」

「シドと一緒だったの。安全な場所よ。魔法の練習をするのにお父様も納得しているから安心して。」

話は終わりとばかりに、教材を開き課題を始めたのでそれ以上は何も言わなかった。
しかしその瞳は疑いをもって私を捉えていた。
目線で殺されそうだわ。
そう思いながらも、勉強に集中した。
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