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しおりを挟む翌日、エマは目を覚まし、ベッドの上で座ることができるようになりました。
元々剣士になるほど運動が得意なエマです。回復が早いのか、なんだかもう歩けそうなくらいに元気です。
「ゼリカは今、牢にいるのね」
「うん。ゼタさんとイーグさんが言うには、壁に向かってブツブツ話す以外はとっても大人しいみたいだけど…何するか分からないから一生牢に入れておくかもしれないって」
「…そう。そうよね…」
僕とエマは、一緒に旅をした仲間が捉えられて、狂ってしまったことに落ち込みました。
「ゼリカは…魔物を回復するくらい優しい人だったのに…どうして」
僕はかつて、ゼリカが怪我をした魔物を回復している姿を思い出します。あの時の彼女は、まるで女神のような慈愛の瞳をしていたのに。
するとエマは、考えこんでから口を開きます。
「思えば、ゼリカが回復した後の魔物の姿って私たち見てないわよね」
「え?あ、うん。ゼリカはいつも『元気になったので逃しました』って言ってた」
「…そうよ、見てないの。元気になった姿なんて、一度もね」
まさか、と思いました。けれども否定するにももう狂ったように微笑む彼女の姿と彼女がエマにしたことが頭から離れず、最悪の状況を思い浮かべました。
「ゼリカはナイフを持ち歩いていた。と言うことは、ゼリカが回復したと見せかけて、裏で殺してたのかも。ゼリカでも殺せるような小さな魔物ばかりだったわ。ただの憶測だけど…間違ってない気がする」
「…ゼリカは本当に、魔物が憎かったんだね」
「だとしたらゼリカにとって私たちって、元々仲間じゃなかったのね…」
僕たちは、オークを遠くに行かせようとするくらい、無駄に魔物は殺さないようにしてきました。甘いと言われれば言い返せませんが、ゼリカはそれにいつも賛成してくれていたのです。
「ゼリカといつか話せるかしら…」
「今すぐには難しいと思う。でも、いつか…ちゃんと話したい」
ひどい事をされても、やっぱり旅を共にした仲間です。話せるなら、きちんと訳を聞きたいです。
するとエマは、「あーもうやめやめ。今はもう考えるのは無し!」と暗い雰囲気を一掃させました。ゼリカのことを悩んでいればキリがありません。エマも分かっているからなのか、ゼリカのことを一度頭から引き剥がすように頭をブンブン振ります。
「それよりも!ミシュメール、アンタのことよ!」
矛先が僕に向きました。僕は目をパチクリとさせて驚きます。
「僕?どうして?」
「どうしても何も!結局ゼタさん?との子供の件はどうなったのよ!」
エマはフン、と鼻を鳴らすように勢いよく聞いてきます。ビシっと僕の鼻先に人差し指が差されています。
「う、一応…多分、そのうち出来ると思うって…」
「その内っていつよ!今アンタの体はどうなってるの?!」
鼻に人差し指をブニ、と押し付けられ、僕の体は仰け反ります。けれど、エマの力が思ったよりも強いし、仰け反りきれなくて鼻を人差し指で押され続けます。
「え…ええと…一週間、ゼタさんに身体を作り替えてもらった所で止まってるかも」
「はあ?どう言うこと?この一週間で子供はできてないの?」
「僕は男だから、まずは子宮が必要で。その子宮は一週間オークのせ、いえき…を取り込むとできるらしいんだけど…」
そう。この間の発情期みたいな状態で、僕の身体は完全に作り替えられたところです。ファンタジーですよね。ファンタジー。ご都合主義ってやつでしょうか。
とりあえず、あとは子供が出来るまで頑張ればいいそうなのです。
「なるほどね。じゃあアンタ今、誰が相手でも子供が出来ちゃうのね」
「え?あ、そうなのかな?」
「ゼタさんは随分呑気なのね。ミシュメールが誰かに取られるとか考えないのかしら」
「え!?」
エマは「私が男だったら今すぐ子供を孕ませるわよ」と女の子らしからぬ言動を言い放ちました。びっくりして僕はエマに、はしたない!とちょっぴり怒りました。僕の顔はとっても熱いです。
「あら?元気そうね」
僕があたふたしていると、扉の方からユエルさんの声が聞こえてきます。
「ユエルさん。お陰様です。だいぶ調子良いです!」
「良かったわ、エマ。何か足りないものはない?」
「ありません!こんなに良くしてもらって本当にありがとうございます!」
ガバッとベッドの上でもエマは元気よくお辞儀をすると、ユエルさんはクスクス笑う。
「ところで、すごい言葉が聞こえてきたのだけれど。私は聞いても良いのかしら?」
エマの孕ませる発言が聞こえたのでしょうか。ユエルさんは笑いながら僕の隣に座ります。そしてエマがもう一度、「ゼタさんって呑気なんですか?」と失礼なことを言うと、ユエルさんは堪えきれず爆笑しました。
「あー、面白い。そうね。呑気よねぇ?」
ケラケラと笑うとユエルさんに、エマは続ける。
「冒険者ギルドに行くとミシュメールは可愛いって言われてたから、結構ライバル居ますけど」
「え?! 初耳だよ!」
「オークの目から見ても可愛らしいわよ。 ゼタが手を出してなかったら、男女関係なくツガイが居ないオークは手を出してたでしょうねぇ」
うんうん、何故だか深く納得するエマとユエルさんに僕は混乱する。
「エマは寝てたから知らないでしょうけど、昨日の告白劇を見せてあげたいわ」
「ああああああ! ユエルさん!」
「なになに?! 聞きたい!」
エマはこういう所はすごく女の子らしく、恋バナが大好きだ。ゼリカとも楽しそうに話していたのだ。僕はいつも二人についていけなくて話を聞いているだけだった。
まさか自分がその恋バナの渦中になる日が訪れようとは思っていなかった。
「『ツガイになってほしい』ってゼタが告白したらミシュメールってばテンパっちゃって。『ひゃあああぁああ!』って叫びながら逃げ出しちゃったのよ?」
「ユエルさん!!」
エマにバラすなんて酷いです。僕は真っ赤になってユアンさんに抗議します。
エマはワクワクといった様子で目をキラキラ輝かせて僕に聞いてきます。
「それでミシュメールはその後どうしたの?ツガイになったの?」
「えっ…う…うう…」
僕は顔を真っ赤にしてコクリ、と頷きました。
エマもユエルさんも「ひゃー」と楽しそうに僕を見ています。女の子は種族すら超えて恋バナが好きなのでしょう。
僕はゼタさんに告白されたあと、ユエルさんとイーグさんのお家を飛び出しました。顔が真っ赤で、頭も沸騰しかけてて、身体も震えて、どうしたらいいのか全く分からなくなってしまったから、とりあえずあの空間から抜け出しました。
かといって、僕に行けるところはありません。変に冷静なのか、村から出てはならないとちゃんと判断できていましたし、まだ親しい間柄のオークはイーグさんもユエルさんしかいません。
となれば、僕が行けるところは一つしかなくて。僕はゼタさんのお家の扉の横で、壁に背を当ててズルズルと座り込みました。
さっきのゼタさんの真剣な告白を思い出しては、両膝の間に頭を差し込んでプルプルと震えそうになります。
「う、うううう……」
『ミシュメール、好きだ。私のツガイになってほしい』と、ゼタさんはまるで王子様がお姫様にするように跪いて愛を伝えてきたのです。
恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうでした。けれどそれと同時に、身体中から歓喜の震えがやってくるのです。
告白される以上の恥ずかしいことを一週間もしておいて、今更僕は何を恥ずかしがっているのでしょうか。
でも、僕は告白なんてしたこともされたことも経験がありません。とにかくこの一週間ちょっとで、僕の人生は大きく変わりすぎてて混乱しています。
処女の喪失に、初めての告白で、人間で言うプロポーズもされてしまいました。
「あううぅ…」
ぷしゅううぅう、と音がしそうなほど頭から蒸気が吹き出てきます。
すると、僕の座っているところは日向だったはずなのに、突然日陰になりました。
「ミシュメール」
低いけど、穏やかで優しい、聞き馴染みのある声が落ちてきます。
「ゼタさん…」
僕はゆっくりと声がする方へ見上げました。 ゼタさんはホッとしたように息を吐いて、僕の脇に手を差し込み、立ち上がらせようとしているのかと思えば、あっという間に持ち上げられて縦にされてしまいました。
この一週間、定位置と言っていいほどずっとこの縦抱きの状態が定着しました。僕はいつか歩き方を忘れてしまいそうです。
ゼタさんはお家の扉を開けて、中に入りました。人目?オーク目?がありましたので、僕はホッとします。
「真っ赤になってここに蹲るってことは、嫌って訳じゃないんだな」
ゼタさんは安心したように微笑んでいます。僕が逃げ出してしまったから不安にさせてしまったのかもしれません。
「い、嫌じゃないです…」
嫌だとは思いません。そもそも、初めての時だって不快感なんて何もありませんでしたし、告白だって嬉しすぎてどうしていいか分からなくなってしまっただけです。
恥ずかしくて俯いていると、ゼタさんは笑います。
「どうして俺が告白してミシュメールの方が恥ずかしそうなんだ」
「え、う、うう…だ、だって…こんなの、初めてで…」
するとゼタさんは少し驚いたように目を見開いて、嬉しそうにまた微笑みました。
「ミシュメール、返事が欲しい」
「はぅ…う、僕で、良いんですか…?オークじゃないですし、人間でもエルフでもないです…」
僕がそういうと大きく、深く頷いてくれました。
「ミシュメールが良い。可愛くて、恥ずかしがり屋で…仲間のために全てを捧げられる、君が良い」
その言葉を聞いて、僕は嬉しくてゼタさんの首に抱きつきます。大きくて、広い背中に手を当てて、僕はゼタさんの耳元で小さく答えます。
「僕も…僕も、優しいけどちょっと意地悪なゼタさんが良いです。僕を、ツガイにしてください」
言うや否や、ゼタさんは僕を少し引き剥がし、見つめ合ったと思ったら、そのまま口づけをされます。ちゅ、と音がしてすぐに離れ、ギュッとゼタさんも強く、優しく抱きしめ返してくれて、包まれている感覚に僕がうっとりとしました。
そしてゼタさんは気づいたように呟きました。
「…俺はミシュメールに意地悪なんかしたか?」
そして、ゼタさんの家の中に、僕の小さな笑い声が響いたのです。
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