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新生ローズマリー爆誕(裏)

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ローズマリー・コランダム公爵令嬢は、極めて普通の貴族令嬢だった。少なくとも、その日までは。

父親であるコランダム公爵は妻子を溺愛しているが、その愛情の示し方も貴族的だ。そして貴族そのものの妻は淡々としている分、彼の愛情は一人娘に注がれている。ただし娘のほうも、やはりいかにも貴族的に育てられ、そこそこ傲慢でわがままかつ気位の高い、ありがちなご令嬢だったはず、なのだ。
だがその日。
5歳のローズマリーは公爵邸の大階段の上で自分のドレスの裾に蹴躓きそのまま転がり落ちるという、荒業をかまして気絶した。
娘の一大事に、慌てて駆け付けた公爵の前で。目を覚ましたローズマリーは、明らかにそれまでの彼女ではなかった。
「よく思い出せない」と言って一から十まで、そもそも今まで興味も示さなかった様々なことを聞き出し始める。
元々わがままではあったが、お菓子がもっと食べたいとかお母様みたいなドレスやお飾りが欲しい、という如何にも子どもらしい話であって。この国の地理だの領地の内実だの、他所の貴族についてだのを教えろ、とは両親も想定外の欲求だった。しかし親馬鹿の公爵はもちろん、公爵夫人も勉強を始めるいい機会、ととらえてむしろ教育のきっかけにした。
5歳ともなれば、高位貴族なら将来に向けて勉強を始めるにもまず早すぎもしない時期ではある。溺愛が甘やかしになる公爵はともかく、必要な教養を身につけさせたい夫人には渡りに船だった。
その結果驚くほどの理解力を示した彼女は、今度はやはり驚くべき行動力を発揮し始める。
領地の詳しい話を父公爵やその部下から聞きたがり、様々な点にツッコミを入れて。思いもかけない不備を見つけたり隠されていたトラブルを発掘したりと、良くも悪くも安定していた公爵領を揺さぶっていった。
その合間に母から淑女教育を受け、「感情を表に出してはいけないのはわかったけど、家族にも偽らなくてはいけないのは辛いわ」と訴えて両親の仲を取り持ったり、またローズマリー自身に当たりが厳しい侍女が、父に道ならぬ想いを寄せて母との関係にヒビを入れようとしていたことを暴いたりと家庭内にも大きな動きをもたらしていた。
「旦那様。ローズマリーお嬢様は、或いは何らかの精霊のご加護を受けられたやもしれません」
「うむ、私もそれを考えているが……前例のないことだな」
この世界では、幼い子どもの性格が変わるのは精霊の加護を受けた場合が多い。だが精霊に好まれるのは割と身分のない子どもが多く、高位貴族の子どもにはまず無いことだ。また、公爵領にも精霊の存在が確認されている場は幾つかあるが、いずれもローズマリーには縁が無い場所で関わりもない。
なので、本人が精霊神殿に行きたいと言い出した時、父親とその腹心である家令はむしろほっとしたのだ。人の身には図り知れぬつながりが出来たものかと納得もした。だから彼女が領内に幾つかある精霊神殿のうち特に寂れたものを選んだのも驚きはなかったのだが。
そこへ向かう道中で、護衛の騎士が公爵に囁くのにはさすがに首を捻った。
「閣下、ローズマリーお嬢様ですが……その、ずいぶんと気合に満ちておられませんでしょうか」
「『気合』?……それはどういう意味だ」
「なんと言いますか……決戦の場に赴く戦士のようです」
「!?」
しかし言われてみれば何となく彼らの言いたいことも理解できる、ローズマリーは両親のいいとこ取りのきりっとした美幼女だが、その年齢にして可愛らしいというより美しい顔立ちを更に引き締めている。
そして実際、ローズマリーはやらかしてくれた。ほとんど精霊相手に喧嘩を売った状態で、公爵や護衛たちだけでなく、神官まで血の気を引かせまくった。
けれど一歩も退かずあくまで理詰めで話す様子は、明らかに精霊の興味を惹いていて。にも関わらず説明だけであっさり終わらせる彼女に、精霊の方は物言いたげだった。本人は全く無視、というか気づいてもいなかったのだが。
最終的に『何かあったら人間相手にやらかす前に連絡する』ことを約束させて、ローズマリー自身は達成感ににこにこしていた。ただ精霊のほうはもの言いたげで、どこからどう見ても彼女自身に加護を与えたいが最初に本人に『要らない』と言われたせいで自分からは言い出しかねているのが明白。見かねた大人たちが水を向けても、『加護を受けるべき方はほかにいますわ』と自分が加護を得る気は全くない。
最終的には精霊が拗ねて『さっさと帰れ』と泉に隠れてしまった。ローズマリーは丁寧にお礼を言って帰ってきたが、後から神官たちから公爵へ連絡がきた。精霊が、また会いに来ないか心待ちにしているという。だがローズマリーの方は、「そのうち、本当に加護を与えたい相手が見つかりますよ」とやはり他人事。
そのくせ、「精霊様が加護を与えたら、その相手はうちで引き取ってはいかがでしょう」等と、対象には興味がある様子でもある。
実際、公爵家にも精霊の加護については受け継がれてきた手引がある。人ならざる大きな力、その加護というのは人間にはなかなか扱い辛いものだ。それも本人より周囲に影響が大きく、上に立つ者は管理や報告の必要がある。
領地内で精霊の加護が発見されれば、王宮へ報告の義務もあり、正直なところあまり有難いものでもない。当人も、故郷に思い入れがあれば領主に協力してくれるかもしれないが、意外にそういうことは少ない。
何故か精霊の加護を受けるのは、天涯孤独の係累が無く何処かに所属することもない、身軽な者が多い。その人の世に縛られぬあり様が精霊には受けが良いのかもしれないが、人の社会としては扱いが難しい。
幸い今回は、神殿にも話を付け、何より精霊本人(?)も加護を与えたらそれを教えてくれると約束した。ならばその連絡を待つ間に、態勢を構築しておくことはできるだろう。
公爵は増えた仕事に溜息を吐いていたが、最愛の奥方が苦笑しつつ宥めてくれた。
公爵夫人は派閥を同じくする侯爵家の令嬢だった人で、あくまで政略結婚と弁えて事務的な関係を築いていた。だが、愛娘が「お父様とお母様と一緒にご飯が食べたい」「お散歩一緒に行きましょう」と誘ってくるのに加え、その度に夫の公爵が妙に楽しげでご機嫌、他愛もない会話ににっこにこときては『あら、意外と好かれてた?』となるのに時間はかからなかったし、嫁いでからずっと側に仕えていた侍女が、娘の誘いを邪魔立てしたり教育と称して体罰を与えようとしたりするので、実は味方ではなかったと理解した。
その侍女一派を排除してしまえば、夫婦の仲を邪魔するような無粋な無礼者はおらず、何のかの言いつつ夫婦仲は修復されてすっかり円満な状態になっている。そのうち、ローズマリーに弟か妹ができるかもしれない。

その後も、ローズマリーは領地でいろいろやらかした。広い領地の中でも手つかずで放置されているような場所を使いたいと言い出し、人を雇ってあまり栽培されていなかった水麦や豆を育てさせる。山羊や羊を飼い、乳を絞らせたり毛を刈って加工できないかと聞き回ったり。
もちろん、その全てが上手くいく訳ではない。羊は野生動物に襲われてあまり残らず、豆も幾種か育てたものの収穫できたのはほんの僅かだった。
だがその動きは、王国内の一部では話題になり。最終的に、王家から彼女の婚約が持ち込まれた。
「……第二王子殿下との、婚約ですか」
それを聞かされたローズマリーは実に微妙な顔をしていた。
第二王子と言えば、まだ若年ながら才長けて将来有望と期待されている。また容姿も母である王妃に似た美貌で、こちらもかなり期待できるという。
しかし当のローズマリーは、眉間に力が入って頬がひくつき、顔を顰めてしまわないよう一生懸命耐えているのがあからさまな状態だった。
「……おまえが嫌がるなら、陛下にはお断りするが」
「えー……でも、王家からのお話でしょう、お断り等許されますか?」
公爵も当の王子には会ったことがある。一見絵に描いたような王子様であるが、その実なかなかにしたたかな子どもでもあった。兄の第一王子とは少し年齢差もあり、自分の立ち位置を理解できる程度には聡い。
可愛げはないが、それはローズマリーも同じこと。公爵としては可愛い我が子ではあるが、ずいぶんと大人びた彼女には同じ年頃の子どもでは相手にならないとも思っていた。
だがローズマリー本人はどうにも気の進まない様子。
「おまえが望まないのなら、構わんよ。一生の問題なのだから、それくらいは通してみせよう」
とは言ったものの、顔も合わさずお断りではさすがに体裁も悪く。一度直接会ってから、という話になった。

「はじめまして、ローズマリー嬢」
にこやかな美少年の王子に対し、ローズマリーは殊更丁寧な礼をとった。
「お初に御目文字かないまして、光栄でございます」
朗らかにかなり砕けた調子の王子に対し、ローズマリーは堅苦しいまでの礼儀を崩さない。
「えぇと……緊張してるのかな」
「申し訳ございません」
見た目だけなら、くりくり巻いた金髪と澄んだ青い瞳のローズマリーに、王家に伝わる漆黒の髪に深い緑の眼の美少年である王子は良く似合う。
ただしにこやかで一見上機嫌な王子と俯いて肩を強張らせているローズマリーの、その表情は対照的だ。
「……改めて自己紹介しようか。僕はレオノール。この国の第二王子だ」
「お言葉ありがとうございます。……わたくしは、コランダム公爵家が一子、ローズマリー・コランダムでございます」
ローズマリーは頑ななまでに形式張った態度を崩さないが、それはある意味正しい対応である。年齢はまだ幼いことを考慮すれば硬い表情も及第点とはいえる。
だが第二王子レオノールにとっては些か不満に思えたようだ、微笑みながら微かに眉を顰めている。彼もまだローズマリーとさほど変わらぬ年齢なのだ。
「……そんなに、かしこまらないで欲しいな。きみと一緒に、領地を良くしていきたいのだから」
レオノールはそれでも笑顔を崩さない。彼とて王族としての教育は受けてきた、内心を隠して相手に外面だけの笑顔を向けることの必要性もわかっている。
「……あの、殿下。恐縮ではございますが、一つお伺いしてよろしいでしょうか」
その様子に、ローズマリーは思い切ったように尋ねる。
「もちろん。何だい?何でも聞いてくれ」
「共に領地を、とおっしゃいますが……今後、私に弟が産まれたらいかがなさいますか」
「……!?」
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