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投手3人捕手1人
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一年生の選り抜きが一軍と戦う予定、とコーチが言っていたその日の朝早く、純は光希と校舎裏のひっそりとした場所で会っていた。実際のところは朝早くに光希の姿を見た純が気になって追いかけて来ただけであるが。
そして光希が投げ込みを始めているその後ろで動的なストレッチをしていると光希がギョッとした顔で振り返る。
「……うぉっ、なんだ伊藤か。こんなところまで何の用?」
負けたにもかかわらず悔しがる様子がない松野を純は不思議な目で見ている。
「なんか意外な反応だな?」
「なんだよ。……言いたいことあるなら言えよ」
「いや、なんか悔しがったりもっと機嫌が悪いかと思ってた」
「いや、そうだけど? だからこういう風に隠れてコソコソ練習してるの……さっ!」
その言葉にちょっとイラっときたのか迫力ある投球を見せる。
校舎の裏の誰も使っていない空間で光希は投球練習をしていた。そこは自然の中にあるブルペンのような空間だ。自然と集中力が増しつつもリラックスできるような不思議な空間だった。純は綺麗にされているベンチに腰掛けた。
「……隠れるって割にはなかなかいい場所だな」
「将也にも言ったんだけどあいつはわからねぇらしい……っ!」
光希が投げたボールはちょうどバッターボックスとマウンドの距離だけ離れた場所に置いてあった網に入った。光希が一通り満足したのか純の隣に座り水筒を傾ける。
「ま、ここでバッティングはできないだろうしな」
「それは関係ないと思うけどな……あ、茶が切れた。伊藤……悪いけどなんか飲み物持ってないか?今週は金欠でさ」
光希が水筒を逆さにして中身がないことをアピールしている。仕方いないなぁ、といった様子で純は持っていた緑茶のペットボトルを松野に手渡した。
「これでも飲んどけ……あ、全部は飲むなよ」
「おっ、サンキュ」
光希が緑茶を受け取りながら純の隣に腰掛ける。光希は思いっきりボトルを傾けて中身を半分以上飲み干してからボトルを返した。返された純はそれを見て、表情を変えずペットボトルを突き返した。
「やっぱ全部飲め、丁度コーヒーが飲みたい気分だったんだ」
「あざっす」
ペットボトルを渡した純は財布から小銭を取り出しながらその場を立ち去った。
しばらくして純が自動販売機からコーヒーを買って帰ってきた。光希がボールを投げるのを無言で純が見つめるという時間が流れる。何球も投げ込み少し汗が滲む光希が純の隣のベンチに腰掛けた。
松野はペットボトルを傾けお茶を一気に飲んでいく。光希はペットボトルのお茶を飲み干すと話を切り出した。
「なぁ、コントロールってどう鍛えてるんだ?」
光希からそんな質問が投げかけられた。光希が投げる球はそれなりにコントロールが良いものの光希自身は納得いっていないようだ。そんな光希の問いに純は練習の積み重ねによって得たものだとしか答えようがない。
だが何かアドバイスがしたかった純は光希のフォームをしっかりと観察する。すると踏み出した時の足が外側に向いていることがわかった。
「とりあえず松野は踏み出す時の足がまっすぐ出るようにすればいいんじゃないか?」
「まっすぐ出してるつもりだけど?」
松野はそう言ってボールを投げる……と自分の足の向いている方向を見て少し目を開いた。光希に純は近づいていく。
「……伊藤、サンキュな」
「どういたしましてっと」
「ちょっ?!お前何処触ってんだよ?」
もちろん腕である。純は真面目な表情で松野の腕や肩を調べていく。ブンブン腕を振っているのだから負担がかかっていないわけがない。
「うへぁ?!くすぐったいって」
「じっとしてろ」
「くすぐったいんだって!」
「痛かったりはしないか」
「いや、別にそんなことはないけど」
あらかた調べ終えて満足した純は松野の腕を離した。純の顔は険しいものだし、松野はギョッとした顔で純を見ながら距離を取っている。
「ていうかいきなりなんだよ」
「松野、お前練習しすぎだ。少し休め。このままだといつか肩か肘が壊れるぞ。あとストレッチはちゃんとしろ」
「純はトレーナーとかそんなんじゃないだろ。まぁ、心配してくれるのはサンキュな。でも練習しなきゃ上手くならないし。寝れば疲れは取れるから心配しなくても大丈夫」
大真面目に説教もどきをされた松野は面白くないのか、それとも自分の肩と肘のことについて言われたことから目を背けるためか、ふてくされたようにそう言った。ちなみに距離は少し開いたままだ。
「資格は持ってないけど技術は持ってるぞ?」
「え?まじ?」
まじ、である。正確には持っていたが正しいのだが未来で資格を持っていたなどという世迷い事を言うつもりは純には全くなかった。
「うん、まじ。なんなら体診てやろうか」
「あー、遠慮しとくよ。俺はいいから先に新野にやってあげてくれ」
「まぁ、確かにそうか」
光希は悩んだ挙句、新野を生贄に差し出した。純はカバンから時計を取り出すと荷物をまとめた。
「そろそろ時間だから教室に行くぞ、単位落としたら補習で練習できなくなるからな」
「うぇ……補習の間練習できないってまじかよ」
松野はげんなりした表情を見せる。そんな松野の肩を純は軽く叩きながら歩き始める。
「ほら、ボサッとするな。行くぞ光希」
「はいはい、首席殿は真面目ですな……って今光希って呼んだ?呼んだよな?じゃあ俺伊藤のこと純って呼んでいいか?いいよな?」
「あぁ、それでいいから、後15分しかないから走るぞ!遅れる!」
純は校舎に向かって走り始めた。
「15分あったら普通に着くって……」
純を追いかけて光希も走り始めた。光希が純を追いかけて教室に入ると全員が黙々と本を読んでいたり手に鉛筆を持って机に向かっていた。
光希と純は同じクラスである。他の一年に同じクラスの野球部員は岡部と新野だけで他の野球部員は別のクラスだ。スミダはどういう因果か全員同じクラスになっており担当の教師がめんどくさそうにしていた。同じ呼び方の名字と名前だから呼ばれたら3人一緒に返事をするというイタズラを考えて飽きずに実行しているらしい。
そんなわけで同じクラスにピッチャーとキャッチャーのみが揃った。そうなれば4人は自然とグループを組むし話す内容もピッチングの内容ばかりになってくる……が今日はそうもいかないようだった。
きっかけは純の発言だ。それは部屋に入って来たばかりの純の周りに集まって今日の一軍との練習試合について語り合っている時のものだ。
「今日は頑張らないといけないよな……そういえば近いうちにテストあるらしいけど大丈夫か?」
その言葉を聞いた時、岡部と松野に激震が走る。新野はちゃっかり要点を押さえたノートを見ながら細い目を更に細めていた。
「ま、マジで?」
「早く勉強しろ、点数がひどかったらもしかするかもなぁ」
純が不安を煽るような言い方をすると、松野が焦って勉強道具を取り出し始めた。将也は周りをキョロキョロと見渡す。ほぼ全員が本を片手に持っていたり机に向かって鉛筆を走らせている。
「うっそだろ……」
「周りを見てみればわかるでしょ?」
新野も同じように将也に話しかけると将也は慌てて勉強を始めた。
新野と純がクックックッと悪い笑みを浮かべる。テストは3週間後だ。今、周りの人の中で真面目に勉強をしているものは4割程度しかいない。その他のクラスメートは漫画や小説を読んでいたり、書いている人ばかりである。
しかし松野と新野は授業中死ぬ気で勉強をしたのだった。そして授業が終わるとすぐに4人は部室に向かい着替えを済ませた。
「勝つぞ」
「絶対勝つ」
新野と松野はやる気が体から滲み出るような状態だったが純からは気迫とかやる気といったものが全く感じられないほど自然体だった。
「頑張ろうな」
「お前は本気出せよ」
「いや、俺は至って毎回本気だ」
「本気で手を抜いてるんだろ?」
「違う、本気で余分な力を抜いてるんだ」
純は必要以上に力を抜いている、それは将也もわかっているのでこれは不毛な言い争いである。
「練習の時の方がいい球投げるじゃねーか」
「あんなもん練習用だ」
「はーっ?!お前なぁ?……まぁいいや、いつか投げてもらうぞ」
「投げるに値するバッターがいたらな」
純はからかうようにそんなことを言ってみせる。天狗っぽい発言で冗談にも聞こえるような言い方だったが新野と将也と光希にはそれが本気で言っているのでは、と思えた。要するにガチの天狗だと思われていた。3人は純の実力を測りかねていたのだ。
そんな言い争いをしながら部室を出て集合場所に集まる。そこにはコーチだけがポツンと立っていた。どうやら1番乗りだったらしい。純たちは口をつぐみ、ビシッと背を伸ばして待機していた。
少し時間が経つと野球部全員が集まった。
「ではこれから選抜一年チーム対雪月高校野球部一軍の練習試合を始める!……としたいところだったが時間が押している」
コーチが時計を見ると時計は4時を指し示しており、9回まで試合が出来る時間帯ではない。
「というわけで試合は土曜日に行う。それまでは全学年混じっての合同練習とする。1年生は先輩の技術を盗めるように、上級生は1年に追いつかれないようにスキルアップすること。じゃあ練習開始!」
コーチが声を上げると一斉に各々練習を始めた。誰もコーチが勢いで練習試合の日付設定をしたであろうことに関しては口に出さない。そして純達4人もそんなことは口に出さずストレッチをしていた。
「純、お前の体どうなってるんだ」
「別に普通だろ」
180°開脚し体が地面にピッタリとくっついている柔軟性を見て将也は若干引いていた。新野と光希も引いているがそれ以上に自分の体の硬さを嘆いている。そして純達は念入りなストレッチを終えると次にフォームチェックを始めた。ちなみに将也は暇なので上級生のキャッチャーに混じって練習をしている。
何をやったらいいのか分からないので自信満々で練習している純と同じメニューをすることに新野と光希は決めたようだ。
「純、どう?」
「どうって何が?」
純は一旦自分の練習を切り上げ新野の方を見た。
「俺のフォーム」
「……前見て投げた方がいいんじゃない?」
リリースの瞬間、顔を振る癖がある新野はなんとも言えない顔をしている。
「いや、分かっててもな」
「で肘が下がってるのは?上げすぎもよくないけどさ」
「なんかつい……コントロールよくしようと思って」
「新野は普通に投げた方が多分コントロール良くなると思う」
純のダメ出しをくらい新野はしょげていた。実際に肘に違和感を感じる時もあり調子は良くないのだ。
「おい、純!俺は?!俺はどうだ?!」
「もっと力抜け、体がガチガチじゃスピード出ないぞ」
「オッケー了解だ!フンッ!」
「だから力を抜けと、ん?」
「すまん!すっぽ抜けた」
松野は身長が他のピッチャーより低い。そのことを気にした松野には棒球にならないようにより早くノビのある球を投げようと力を込めてしまう癖がついていた。
すっぽ抜けた球が高速シンカーのような軌道を描きながら急に落ちた。
「ん?シンカーか?」
「おーい!もう一度出来るかー?」
純が光希に同じ球を投げてほしいとリクエストするが光希は首を横に振った。
「いや、無理だ!なんで曲がったかよく分からん!」
「俺見てないんだけど……ダメでいいからもう一回頼む!」
「わかった。失敗しても笑うなよー!」
松野がダメでもともとといった風に力を入れずにに投げたボールは綺麗なストレートだった。
「お、力んでないし、いい球じゃん」
「俺としては新球種が見たかった」
綺麗なストレートを投げられた光希はご機嫌なようでもう一回さっきと同じかもっといいストレートを投げようとした。
「もう一回だっ!……ああ?!すっぽ抜けた?!」
感覚を確かめようと同じように投げようとして……力を入れて失敗していた。すっぽ抜けた球がシンカー系の軌道を描く。
「あ、新球種」
「うわっまた見逃した!」
光希の声につられて集中力を欠いた新野のフォームが乱れる。
「新野」
「わかってる、ごめん」
「いや、別に謝らなくてもいいけど」
それからも光希は何球か投げるがストレートと変化球が思った方のものと逆になっていた。
「わかんねぇ!?なんで新球種がストレートでストレートが新球種なんだ?」
「落ち着け」
「そうだ!俺ばっかり見てもらって純は投げてないだろ。俺らちょっと休憩するから純が練習したらどうだ?見稽古って奴だと思ってさ」
「そうだな、俺もフォームの参考にしたいし」
実際のところは純が口うるさいから、その本人のフォームはどんなものか見てやろうという気持ちであった。
「うーん、わかったじゃあ何球か練習させてもらうよ。ただ人のフォームは無理に真似するとうまく投げれなくなるからあまりお勧めしないぞ」
そう言って純は肩を軽く動かして温め始めた。純も教えているうちに自分で投げたくなっていたようだ。その時ちょうど将也が帰ってきた。
「ちょうど良いところに来たな。将也ミット構えてくれ。練習がしたい」
「え?マジか?いいぞいいぞ!全然オッケーだ!」
将也がはしゃぐのは理由がある。純が『練習がしたい』と言ったときは高確率で純が手を抜かない全力の投球をするときだからだ。ワクワクしながら将也がミットを構える。将也は純というピッチャーのファンなのだ。
そして光希が投げ込みを始めているその後ろで動的なストレッチをしていると光希がギョッとした顔で振り返る。
「……うぉっ、なんだ伊藤か。こんなところまで何の用?」
負けたにもかかわらず悔しがる様子がない松野を純は不思議な目で見ている。
「なんか意外な反応だな?」
「なんだよ。……言いたいことあるなら言えよ」
「いや、なんか悔しがったりもっと機嫌が悪いかと思ってた」
「いや、そうだけど? だからこういう風に隠れてコソコソ練習してるの……さっ!」
その言葉にちょっとイラっときたのか迫力ある投球を見せる。
校舎の裏の誰も使っていない空間で光希は投球練習をしていた。そこは自然の中にあるブルペンのような空間だ。自然と集中力が増しつつもリラックスできるような不思議な空間だった。純は綺麗にされているベンチに腰掛けた。
「……隠れるって割にはなかなかいい場所だな」
「将也にも言ったんだけどあいつはわからねぇらしい……っ!」
光希が投げたボールはちょうどバッターボックスとマウンドの距離だけ離れた場所に置いてあった網に入った。光希が一通り満足したのか純の隣に座り水筒を傾ける。
「ま、ここでバッティングはできないだろうしな」
「それは関係ないと思うけどな……あ、茶が切れた。伊藤……悪いけどなんか飲み物持ってないか?今週は金欠でさ」
光希が水筒を逆さにして中身がないことをアピールしている。仕方いないなぁ、といった様子で純は持っていた緑茶のペットボトルを松野に手渡した。
「これでも飲んどけ……あ、全部は飲むなよ」
「おっ、サンキュ」
光希が緑茶を受け取りながら純の隣に腰掛ける。光希は思いっきりボトルを傾けて中身を半分以上飲み干してからボトルを返した。返された純はそれを見て、表情を変えずペットボトルを突き返した。
「やっぱ全部飲め、丁度コーヒーが飲みたい気分だったんだ」
「あざっす」
ペットボトルを渡した純は財布から小銭を取り出しながらその場を立ち去った。
しばらくして純が自動販売機からコーヒーを買って帰ってきた。光希がボールを投げるのを無言で純が見つめるという時間が流れる。何球も投げ込み少し汗が滲む光希が純の隣のベンチに腰掛けた。
松野はペットボトルを傾けお茶を一気に飲んでいく。光希はペットボトルのお茶を飲み干すと話を切り出した。
「なぁ、コントロールってどう鍛えてるんだ?」
光希からそんな質問が投げかけられた。光希が投げる球はそれなりにコントロールが良いものの光希自身は納得いっていないようだ。そんな光希の問いに純は練習の積み重ねによって得たものだとしか答えようがない。
だが何かアドバイスがしたかった純は光希のフォームをしっかりと観察する。すると踏み出した時の足が外側に向いていることがわかった。
「とりあえず松野は踏み出す時の足がまっすぐ出るようにすればいいんじゃないか?」
「まっすぐ出してるつもりだけど?」
松野はそう言ってボールを投げる……と自分の足の向いている方向を見て少し目を開いた。光希に純は近づいていく。
「……伊藤、サンキュな」
「どういたしましてっと」
「ちょっ?!お前何処触ってんだよ?」
もちろん腕である。純は真面目な表情で松野の腕や肩を調べていく。ブンブン腕を振っているのだから負担がかかっていないわけがない。
「うへぁ?!くすぐったいって」
「じっとしてろ」
「くすぐったいんだって!」
「痛かったりはしないか」
「いや、別にそんなことはないけど」
あらかた調べ終えて満足した純は松野の腕を離した。純の顔は険しいものだし、松野はギョッとした顔で純を見ながら距離を取っている。
「ていうかいきなりなんだよ」
「松野、お前練習しすぎだ。少し休め。このままだといつか肩か肘が壊れるぞ。あとストレッチはちゃんとしろ」
「純はトレーナーとかそんなんじゃないだろ。まぁ、心配してくれるのはサンキュな。でも練習しなきゃ上手くならないし。寝れば疲れは取れるから心配しなくても大丈夫」
大真面目に説教もどきをされた松野は面白くないのか、それとも自分の肩と肘のことについて言われたことから目を背けるためか、ふてくされたようにそう言った。ちなみに距離は少し開いたままだ。
「資格は持ってないけど技術は持ってるぞ?」
「え?まじ?」
まじ、である。正確には持っていたが正しいのだが未来で資格を持っていたなどという世迷い事を言うつもりは純には全くなかった。
「うん、まじ。なんなら体診てやろうか」
「あー、遠慮しとくよ。俺はいいから先に新野にやってあげてくれ」
「まぁ、確かにそうか」
光希は悩んだ挙句、新野を生贄に差し出した。純はカバンから時計を取り出すと荷物をまとめた。
「そろそろ時間だから教室に行くぞ、単位落としたら補習で練習できなくなるからな」
「うぇ……補習の間練習できないってまじかよ」
松野はげんなりした表情を見せる。そんな松野の肩を純は軽く叩きながら歩き始める。
「ほら、ボサッとするな。行くぞ光希」
「はいはい、首席殿は真面目ですな……って今光希って呼んだ?呼んだよな?じゃあ俺伊藤のこと純って呼んでいいか?いいよな?」
「あぁ、それでいいから、後15分しかないから走るぞ!遅れる!」
純は校舎に向かって走り始めた。
「15分あったら普通に着くって……」
純を追いかけて光希も走り始めた。光希が純を追いかけて教室に入ると全員が黙々と本を読んでいたり手に鉛筆を持って机に向かっていた。
光希と純は同じクラスである。他の一年に同じクラスの野球部員は岡部と新野だけで他の野球部員は別のクラスだ。スミダはどういう因果か全員同じクラスになっており担当の教師がめんどくさそうにしていた。同じ呼び方の名字と名前だから呼ばれたら3人一緒に返事をするというイタズラを考えて飽きずに実行しているらしい。
そんなわけで同じクラスにピッチャーとキャッチャーのみが揃った。そうなれば4人は自然とグループを組むし話す内容もピッチングの内容ばかりになってくる……が今日はそうもいかないようだった。
きっかけは純の発言だ。それは部屋に入って来たばかりの純の周りに集まって今日の一軍との練習試合について語り合っている時のものだ。
「今日は頑張らないといけないよな……そういえば近いうちにテストあるらしいけど大丈夫か?」
その言葉を聞いた時、岡部と松野に激震が走る。新野はちゃっかり要点を押さえたノートを見ながら細い目を更に細めていた。
「ま、マジで?」
「早く勉強しろ、点数がひどかったらもしかするかもなぁ」
純が不安を煽るような言い方をすると、松野が焦って勉強道具を取り出し始めた。将也は周りをキョロキョロと見渡す。ほぼ全員が本を片手に持っていたり机に向かって鉛筆を走らせている。
「うっそだろ……」
「周りを見てみればわかるでしょ?」
新野も同じように将也に話しかけると将也は慌てて勉強を始めた。
新野と純がクックックッと悪い笑みを浮かべる。テストは3週間後だ。今、周りの人の中で真面目に勉強をしているものは4割程度しかいない。その他のクラスメートは漫画や小説を読んでいたり、書いている人ばかりである。
しかし松野と新野は授業中死ぬ気で勉強をしたのだった。そして授業が終わるとすぐに4人は部室に向かい着替えを済ませた。
「勝つぞ」
「絶対勝つ」
新野と松野はやる気が体から滲み出るような状態だったが純からは気迫とかやる気といったものが全く感じられないほど自然体だった。
「頑張ろうな」
「お前は本気出せよ」
「いや、俺は至って毎回本気だ」
「本気で手を抜いてるんだろ?」
「違う、本気で余分な力を抜いてるんだ」
純は必要以上に力を抜いている、それは将也もわかっているのでこれは不毛な言い争いである。
「練習の時の方がいい球投げるじゃねーか」
「あんなもん練習用だ」
「はーっ?!お前なぁ?……まぁいいや、いつか投げてもらうぞ」
「投げるに値するバッターがいたらな」
純はからかうようにそんなことを言ってみせる。天狗っぽい発言で冗談にも聞こえるような言い方だったが新野と将也と光希にはそれが本気で言っているのでは、と思えた。要するにガチの天狗だと思われていた。3人は純の実力を測りかねていたのだ。
そんな言い争いをしながら部室を出て集合場所に集まる。そこにはコーチだけがポツンと立っていた。どうやら1番乗りだったらしい。純たちは口をつぐみ、ビシッと背を伸ばして待機していた。
少し時間が経つと野球部全員が集まった。
「ではこれから選抜一年チーム対雪月高校野球部一軍の練習試合を始める!……としたいところだったが時間が押している」
コーチが時計を見ると時計は4時を指し示しており、9回まで試合が出来る時間帯ではない。
「というわけで試合は土曜日に行う。それまでは全学年混じっての合同練習とする。1年生は先輩の技術を盗めるように、上級生は1年に追いつかれないようにスキルアップすること。じゃあ練習開始!」
コーチが声を上げると一斉に各々練習を始めた。誰もコーチが勢いで練習試合の日付設定をしたであろうことに関しては口に出さない。そして純達4人もそんなことは口に出さずストレッチをしていた。
「純、お前の体どうなってるんだ」
「別に普通だろ」
180°開脚し体が地面にピッタリとくっついている柔軟性を見て将也は若干引いていた。新野と光希も引いているがそれ以上に自分の体の硬さを嘆いている。そして純達は念入りなストレッチを終えると次にフォームチェックを始めた。ちなみに将也は暇なので上級生のキャッチャーに混じって練習をしている。
何をやったらいいのか分からないので自信満々で練習している純と同じメニューをすることに新野と光希は決めたようだ。
「純、どう?」
「どうって何が?」
純は一旦自分の練習を切り上げ新野の方を見た。
「俺のフォーム」
「……前見て投げた方がいいんじゃない?」
リリースの瞬間、顔を振る癖がある新野はなんとも言えない顔をしている。
「いや、分かっててもな」
「で肘が下がってるのは?上げすぎもよくないけどさ」
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「すまん!すっぽ抜けた」
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すっぽ抜けた球が高速シンカーのような軌道を描きながら急に落ちた。
「ん?シンカーか?」
「おーい!もう一度出来るかー?」
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「いや、無理だ!なんで曲がったかよく分からん!」
「俺見てないんだけど……ダメでいいからもう一回頼む!」
「わかった。失敗しても笑うなよー!」
松野がダメでもともとといった風に力を入れずにに投げたボールは綺麗なストレートだった。
「お、力んでないし、いい球じゃん」
「俺としては新球種が見たかった」
綺麗なストレートを投げられた光希はご機嫌なようでもう一回さっきと同じかもっといいストレートを投げようとした。
「もう一回だっ!……ああ?!すっぽ抜けた?!」
感覚を確かめようと同じように投げようとして……力を入れて失敗していた。すっぽ抜けた球がシンカー系の軌道を描く。
「あ、新球種」
「うわっまた見逃した!」
光希の声につられて集中力を欠いた新野のフォームが乱れる。
「新野」
「わかってる、ごめん」
「いや、別に謝らなくてもいいけど」
それからも光希は何球か投げるがストレートと変化球が思った方のものと逆になっていた。
「わかんねぇ!?なんで新球種がストレートでストレートが新球種なんだ?」
「落ち着け」
「そうだ!俺ばっかり見てもらって純は投げてないだろ。俺らちょっと休憩するから純が練習したらどうだ?見稽古って奴だと思ってさ」
「そうだな、俺もフォームの参考にしたいし」
実際のところは純が口うるさいから、その本人のフォームはどんなものか見てやろうという気持ちであった。
「うーん、わかったじゃあ何球か練習させてもらうよ。ただ人のフォームは無理に真似するとうまく投げれなくなるからあまりお勧めしないぞ」
そう言って純は肩を軽く動かして温め始めた。純も教えているうちに自分で投げたくなっていたようだ。その時ちょうど将也が帰ってきた。
「ちょうど良いところに来たな。将也ミット構えてくれ。練習がしたい」
「え?マジか?いいぞいいぞ!全然オッケーだ!」
将也がはしゃぐのは理由がある。純が『練習がしたい』と言ったときは高確率で純が手を抜かない全力の投球をするときだからだ。ワクワクしながら将也がミットを構える。将也は純というピッチャーのファンなのだ。
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正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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