銀翼のシャリオ ―転生盗賊団長、ホワイト改革で破滅エンドを回避する―

白猫商工会

文字の大きさ
87 / 163
第5章

第20話 未来への導き

しおりを挟む
王都騎士団、執務棟。

ベアトリスの執務室は、静謐と荘厳に満ちた空間──のはずだった。
だが、この日ばかりは様子が違っていた。

ベアトリスは、いつも通り微笑を浮かべて、重厚な執務机の椅子に腰掛けている。
──けれど、彼女の前に立つミレーヌの勢いに、完全に押されていた。

ミレーヌは机に両手をつき、ぐいっと身を乗り出す。

「で、私、決めたんです!
この国を良くしたいんです。誇りをもって生きていきたいんです!!
ベアトリス様は、ずっとこの思いだったのに……私、全然気づかなくて……」

そこまで言って、ミレーヌはうつむいた。

一転して静まり返る室内。
ベアトリスが恐る恐る様子をうかがおうとした、そのとき──

突然、ぐわっと顔が上がった。

「もう大丈夫です! 私がいます!!」

あまりの勢いに、ベアトリスは微笑を崩さぬまま、背を反らせた。

──その背後から、冷静な声が響く。

「全然大丈夫じゃないわよ……どうして、そうすぐに興奮するの?
本当にアリサさんにそっくり」

セリーナだった。

ミレーヌは、バッと振り向き、声を荒げた。

「ちょっと、一緒にしないでよ!」

“アリサと同類”──
この言葉が効くことは、すでに学習済みである。

ベアトリスは、困ったように目を伏せ、それからセリーナへ、そしてリュシアンへと視線を投げかけた。

このふたりは、司書室での話が終わるなり「善は急げよ!」と飛び出して行ったミレーヌを追いかけてきたのだ。

何をしでかすか分からない。
かつては、ベアトリスの“光”とアリサの“ともしび”との間で揺れ、不安定だったミレーヌ。
……だが、吹っ切れた今は今で、また別のベクトルで危なっかしい。

セリーナは、小さくため息をついた。

その隣で、リュシアンが静かに口を開く。

「あの……ベアトリス様。
言ってくれましたよね。正しい判断をするには、正しい知識が必要だって。 
知った上で考えて欲しいからこそ、あの日、ボクたちに“現実”を教えてくれたんだと思っています」

彼の声は穏やかだったが、芯の強さがあった。

「……その現実は、確かにつらかった。
でも、諦めるんじゃなくて……変えたいと思ったんです」

ベアトリスは、落ち着きを取り戻したように、両手を机の上に重ねた。

リュシアンはさらに続ける。

「でも、気持ちだけじゃ変えられない。
導いてくれる誰かから学び、実践して、次の誰かへ伝えていく必要がある……。
ミレーヌさんは、ベアトリス様から学びたいんです。そうですよね?」

「そう、その通り!」
ミレーヌは勢いよくうなずいた。

そして、背筋をしゃんと伸ばし、まっすぐにベアトリスを見つめる。

「彼の言うとおりです。
私は、ベアトリス様から“正しい秩序のかたち”を学びたい。そして、それをもとに、この国を変えていきたいんです。
私だけじゃありません。セリーナも、リュシアンも!」

……ん?

リュシアンは、一瞬言葉を失った。
いつの間にか自分が頭数に入れられていたことに気づき、内心で焦る。

(え、ボクも……?)

しかし、否定できる雰囲気ではない。
いや、賛成か反対かと言われれば……賛成だ。たしかに、自分もそう思っている。

そんな彼の戸惑いをよそに、ミレーヌは話を続けた。

「ベアトリス様、お願いです。一緒に立ち上がってください。
私たちが全力で支えます。
そして……誇りを取り戻した国を、次の世代へと受け継ぎたいんです」

ベアトリスは静かに思う。
この子たちには、かつて王国の真実を語ったときに見せていた“絶望の表情”が、もうない。

──その理由は、分かっている。

アリサのともしびが、彼女たちを立ち上がらせたのだ。疑いはなかった。

それは、素直に嬉しかった。けれど──
光を失った今の自分に何ができるだろう。

「ミレーヌ」

ベアトリスは彼女の名を呼び、まっすぐにその目を見据みすえた。

「それが、あなたの“騎士”としての生き方なのね。
……よく言ってくれました」

「じゃあ……!」

勢いづくミレーヌを、ベアトリスは手で制した。

「でも……とても説明しづらいのだけれど……。
私にはもう、誰かを導いていけるような“力”が──」

言葉を慎重に選ぶベアトリスに、ミレーヌはあっさりと言い放つ。

「ああ、精霊共鳴のことですよね?
でも、それって必要ですか?
私は、“あなた”という人に、ついて行きたいんですけど」

ぽかんとするベアトリスに構わず、さらに言葉が続く。

「ここにいる全員、分かってますよ」

ミレーヌは、いつも冷静沈着なベアトリスが初めて見せる表情に、ニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「まあ……たしかに、最近までは精霊共鳴の影響はありましたけど?
すっごく強烈なの、もらいましたからね」

そう言って、わざとらしく肩をすくめ、身をよじって見せる。
だが──ふいに、その顔が静かに曇った。

「……あの頃の私は、“光”だけがすべてだと思ってました。
ううん、今だって……まだ、そうかもしれない」

その言葉にベアトリスは、はっと息をのむ。

彼女は悟った。

かつて、自分が理想の秩序を信じ、願い、そして放っていた精霊共鳴。
それは確かに、ひとつの“希望”だった。

──だが、それは。
ミレーヌにとって、“光に満ちた魂の牢獄”でもあったのだ。
あの、自己犠牲に近い献身も。
アリサがあらわれてからの、揺らぎと苦悩も。
そのすべてが──

(私は……なんてことを)

ベアトリスは、静かに顔を伏せた。

自分の心が正しければ、精霊共鳴の波動もまた正しく作用する。
そう信じて疑わなかった。
それが、どれほど傲慢だったか──
いまさらながら、思い知る。

……喉の奥が震える。
どう償えばいい?
なにを、どうあがなえばいいの?

わからない。けれど。
それでも、謝らなければ──。

言いかけた、そのとき。

「いいんです」

ミレーヌのやわらかな声には、ゆるしがあった。

「私は、光を信じたことに、後悔はありません。
そして今は──ベアトリス様の理想を、私の手で叶えたい。
私自身と、この国の未来のために」

アメジストの瞳に、まっすぐな微笑が映る。
その口元が、ゆっくりと開いた。

「……導いてもらえますか?」

──ベアトリスは、新しい希望を、またひとつ見つけた。

その希望は、諦めかけていた自分に立ち上がれと言ってくれる。

精霊のまなざしが自分から外れたことに、もし意味があるのだとしたら……。
それはきっと、このためだったのだ。

静かにうなずくベアトリス。

ミレーヌは小さく息を吸い込み、胸の前でぐっと両こぶしを握りしめた。

***

「……それで、あなた。レイラさんのことで相談があったんじゃない?」

セリーナが冷静な声で問いかける。
そもそもの話の入り口は、そこだったのだ。

ミレーヌは「ん~」と額に手を当ててしばらく考え込み、あっさりと。

「ああ、忘れてた」

セリーナが呆れるのも構わず、ミレーヌはベアトリスに向き直る。

「契約労働者の件で報告書にあった、あの記者のことですが──
彼女のことを、ガーランド団長に調査されるのは危険だと考えています」

そう前置きした上で、これまでの経緯を説明していく。

「国外の情報を……」

ベアトリスは、眉根を寄せて考え込んだ。
確かに、ただの記者とは思えない。
他国──あるいは、WSO(世界精霊機関)の関係者である可能性もある。

仮に他国の諜報員であれば、見返りもなくアリサに情報提供するとは考えづらい。
懐柔を狙っているのかもしれないが、リスクが大きすぎる。
それに、新兵一人にそこまでの価値があるとも思えない。

……となれば、WSOの線のほうが現実的だ。

アリサの精霊共鳴。
契約労働者に対する取材活動。
──状況的には、すべてが符合している。

もし本当にWSO関係者だとすれば。
この国の未来を考えるなら、世界との関係改善は避けて通れない。
そして──もしかすると、彼女がその糸口になるかもしれないのだ。

(この国は、いま確かに動き始めている)

希望がようやく芽吹こうとしている。
ならば、そんな芽が踏みにじられるようなことは、決してあってはならない。

「レイラさん──彼女の身の安全を最優先に。急ぎましょう」

そしてベアトリスも、彼女の戦いに踏み出そうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。 ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。 目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。 「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。 しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。 結局、悠真は渋々承諾。 与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。 さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。 衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。 だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。 ――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...