59 / 78
第3章学園入学
悪役令嬢になった理由
しおりを挟む悪役令嬢ライザとなった時、ぼんやりと考えていたことがある。私は前世の咎を裁かれる為に、この世界にライザとして生まれてきたのかも知れないと。
心のどこかで、裁かれることを望んでいたのかも知れない。だから、自らの意思でライザとして生まれたのだろうかと。
私は前世、放火で母を亡くしてからと言うものたまに、あの日の夢を見たーー…。
ずっと、忘れられない。
炎の中で、ドア1枚を挟んだ先には母が生きていた。
駆けつけた消防士は、私の救出を優先させて、私を抱えて外に出た────・。
その後崩れた建物を見て、誰もがー…子供であった私でも、あの瞬間、母の死を悟った。
何年もそのことを忘れられなかった。
だけど、誰もが何かを抱えて生きているものだと思って、いつも片隅に罪悪感を抱きながらも、日常の中に楽しいことや喜びも見つけて、今手にしている自分の小さな幸せを守る為に、日々を過ごしていた。
ある時、伯母が仮釈放されたことを知った。加害者が釈放されるか否かは、遺族の気持ちも反映されると言うが、被害者である母の為に反発してくれる親族はいなかった。
莫大な借金を残して死んだ、迷惑な親族のことなど、胸を痛めるのはその娘である私くらいだ。
だけど、私は伯母のことを苦しめたいとも思っておらず、人生をやり直すなら勝手にして欲しいと言う気持ちだけが浮かんだ。
もう2度と関わらないだろう人に、これ以上心を乱されるのも嫌だったから。忘れたかったのだ。
母を差し置いて生き残ってしまった罪悪感も含めて、忘れようとしていた。
─────・だから、あれは偶然だった。
伯母を見かけたのは、本当に偶然で。
新しい支店に赴任して暫くしたとき、営業先の社長宅で伯母を見かけた。
彼女は人生をやり直して、その家の義母として幼い子供に囲まれ、幸せそうに笑っていた。
その腕には、本当の自分の子供を抱えていた。
放火殺人と言うとんでも無い罪を犯したこの人。物語ではきっと幸せになれるはずもない人。
ーーだけど現実は、生きてさえいれば、こうして幸せになれるのだと
…ーー私は、初めて知った。
伯母は社長宅ですれ違っても、成長した私に、ちっとも気付かない様子だった。
社長宅に向かうときは憂鬱で、気分転換に公園で休憩をしてから向かうことにしていた。
その時、高校生の制服を着た男の子が私に話しかけてくるようになっていた。
「どうして、お姉さんは恋愛しないの?」
「興味がないのよ」
嘘だった。
恋愛には興味があって、勧められた恋愛シミュレーションゲームだってやりこんでいる。
だけど私は現実で大切な人を作ることが怖かった。私が大切にしていた人は皆、私の前から居なくなるから。
「お姉さんをこの間知り合いの家の前で見かけたよ。
あの家って、電光物産の社長の自宅でしょ?
いつもこの公園に来るのは、あの社長宅に行くの嫌だったから?」
「…そうね」
別に隠すことも無いと思っていたから、私は素直に頷いた。
それから、好奇心旺盛に質問してくる男子高校生に、素直に答えていたのは、関係の無い誰かにこの胸の内にあるモヤモヤを打ち明けたらスッキりするんじゃ無いだろうかと思えたから。
でも、やはりと言うか。
モヤモヤは、消えてはくれなかった。
♢♢♢
ーーある時、私はいつも通りにその社長宅を訪れた。けれども、約束した時間なのに、チャイムを押しても誰も出てこない。
「待ってたよ」
その時、普段は公園でしか会わない高校生の男の子が、私に話しかけてきた。
「お姉さん、今日が誕生日だって言ってたでしょ?だから、頑張ってプレゼントを用意していたんだ」
そう彼が言った時ー…家の中で何かが破裂する音がして、同時に赤子の鳴き声が聞こえてきた。
私は、開いたドアを開けて中へと入った。
赤子の泣き声がしている方向にかけてゆくと、そこには絨毯が燃えて火の手が広がってゆく最中で、部屋の中心では家族5人が横たわっている。
そこには、社長と、伯母と子供達…そして、唯一目を覚ました伯母に抱えられていた赤子がいた。
ーーなんで。
ーーなんで、誰もこの状況で目を覚まさないの?
どうして、目の前の火に、私の足は縫い付けられたように動かないの?
助けてと泣き叫ぶ赤子の声は耳の中に届いて、手を伸ばそうとしたその瞬間ー…、頭に浮かんだのは。
炎の中に消えて行くお母さんの、笑顔だった。
静止して、立ちすくんでいた私の目の前で
火は、家族達の足元から徐々に勢いをつけて、その身を包んでいこうとしていた。
「……ーー」
手を伸ばせば、赤子だけでも。助けられる。水を持って来れば、まだ火を消すことができるかも知れない。
周りの家の人達に協力を仰げば、この家族達は火傷で済むかもしれない。
─────・なのに。身体が震えて動かなかった。
強い吐き気がして、膝をついた。そんな私の後ろで、彼は心配そうに声をかけてくる。
「お姉さん。
此処でそうやっていたら死んじゃうよ。いいの?お母さんを犠牲にして生きてきたのに。
お母さんを殺した人を、本当に助けたいの?
本当に、それで良いの?」
それからの記憶は、ハッキリしていない。
完全に炎に包まれたその人達をただ見ていた私は、目前まで勢いを増した炎から弾き出された燃え滓が、頬についた刹那ー…意識を取り戻した。そして。
ー・気付けば、その場から逃げていた。
後日。
社長宅はタバコの火の不始末で一家全員が死んでしまったと知らされた。
5人の焼死体に不自然な点は無いと報道されていた。
偶然、昼間から家族が揃って昼寝をしていたと言うのだが、そんなことがあるのだろうか。そこに疑問を持つ人は、誰もいなかった。
怖くなった私は、公園に張り込んで、あの高校生に詰め寄った。
「なんで、あんなことをしたの?あれは、事故じゃない。貴方がやったことなんでしょ?私が貴方にお母さんの話をしてしまったから?
ーーねぇ、もしそうだったとしたら、今からでも良い。警察に自首をして」
「そんなこと言ってさ、お姉さんは彼らが燃えていくのを見ていたじゃ無いか。〝ざまぁみろ〟って」
「そんなこと「本当に全く思わなかった?」
そう言って小首を傾げて上目遣いで私を覗き込もうとしてくる目から、視線を逸らした。
「…っ私は、火に近寄れないの。だからっっ」
「でも、助けも呼ばなかった。助けられた命をさ。助けようとはしなかった。それって、人を殺してるのも同じだよね?
ほら、あるでしょ?そう言う言葉。
人はそれを、〝見殺しにした〟って言うじゃん」
「見殺し…?」
違うの、本当に。私は近寄れなくて。
「あれってさぁ。
人殺しの一種だよね?
あの家族は死ねば良いと、お姉さんに明確な殺意があったからそうしたんでしょ?
ねぇ、理性で殺意を堪えていた可哀想なお姉さんの為に、俺がやってあげたんだけど感謝してくれないの?」
ーー彼は、私が心の奥底で抱えていたモヤモヤを解消したのだと言う。
怒りたかったのに、それは見当違いな言葉ではないと分かったから。余計に私の心は動揺した。
私は確かに、彼らの不幸を願っていたから。ーー人を殺すと言う罪を犯した人を、愛する人も、愛している人も、私にとっては同罪で赦せないと思っていた。
「俺を動かしたのは、お姉さんだよ。だって、あまりにも生き辛そうにしてるからさぁ。
ほら、俺って気が利いて親切だって人から言われるって話たでしょ?
俺って気に入った人の為なら、なんでも叶えてあげたくなるんだ。お姉さんが嬉しいなら、俺も嬉しい」
彼の声に、咄嗟に耳を塞いでも遅かった。
明確にそこにあった事実は
───・殺意を持って、罪の無い赤子すらも見殺しにしたと言う、紛れもない
私の罪だった。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる