モブ令嬢と敵国赤ちゃんの育児日記〜婚約破棄寸前ですが後の皇帝に国が滅ぼされないよう頑張ります〜

マロン株式

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第1部

番外編 とある研究員の青春

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 俺は平民に生まれながらも、幼い頃から誰よりも勉強ができるという自覚があった。

 多額の教育費を注ぎ込まれ、順当に学力を伸ばしてきた令息・令嬢が揃う中等部においても、俺は飛び抜けた成績を収めていた。

 だから、自分が天才であることに疑いはなかった。

 ウェティ学園科学科でも主席の座を得られる。

 そう信じて疑うことすらなかったのだが――
 ここにきて、俺は人生で初めての大きな挫折を味わうことになった。

「まぁ、あの方が連続学年一位の方よ!」
「昔から〝神童〟と呼ばれていたのでしょう? 素敵!」

 その言葉は、本来俺に向けられるはずだった。

 全生徒に名前を覚えられ、羨望の眼差しを受け、綺麗な令嬢に一目置かれる。
 そんな未来を思い描いて入学したはずなのに――

 俺は、万年二位だった。

 イザベラ・カレンシア。
 すべては、こいつのせいだ。

 取り巻きに囲まれながら通り過ぎるイザベラを睨みつけ、俺は初めて他人に対する苛立ちを覚えた。

(恵まれた容姿に肩書き、それに頭脳まであるだと?
いや、高位貴族は特別な教育を受けている……にしても限度があるだろ。
化学分野に足を踏み入れる公爵令嬢なんて聞いたことがない)

(……俺はこんなに格好悪いやつだったか?
少し考えれば分かる。王族だからこそ課せられる学問や責任は多い。
それをこなしながら、こちらの分野でもトップを維持している。
与えられた時間は、貴族も平民も平等だ――
むしろ彼女の地位は、不利なはずなのに……)

「あの女……化け物か?」

♢♢♢

 こうして卒業目前まで万年二位だった俺は、次の進路でもまた、あの女と同じ研究室に配属され、大きなため息をついた。

(やっぱり、あれほどの頭脳だ。花形の軍事技術の研究者・兵器開発部門を選ぶに決まっている)

 だが、学校の勉強とは違う。
 ここでは、独自のセンスがものを言う。

 今度こそ、あいつより評価される成果を出してやる。
 イザベラ・カレンシアの影に埋もれた俺の名前を、もう一度表舞台に引きずり出すんだ。

 そう意気込んで研究を進める俺の前で、あいつが完成させたものは――なんと、文房具だった。

「……これは、なんだね? イザベラ君」

 駆けつけた軍部の高官の狼狽ぶりは、凄まじかった。

「コピックですわ」

「これは……どういう兵器なんだね?」

「文房具ですわ。兵器ではありません」

「文房具? しかし君は、この設備を……」

「ええ。こちらにしか、コピックを作る設備がありませんでしたので」

 教授が泡を吹いて倒れたのは、言うまでもない。

 長期化する戦争を終わらせるため、圧倒的破壊力を持つ兵器の開発は急務だった。

 神童と呼ばれる彼女だからこそ、皆が期待していたのに。

「ふざけるなよ!」

 俺は、相手が公爵令嬢だということも忘れ、叫んでいた。
 昼食に出掛けようとしていた彼女を呼び止めた。

「あら?貴方は確か、天才ヘンドリック様ではないですか」

「お、俺の名前…」

「ぇえ、とても優秀な成績で、良き競争相手でしたもの。よく覚えていますわ」


 ふわり、と微笑まれて、思わず頬が熱くなる。
 
(ーーいや、そんな場合じゃないだろ、しっかりしろ)

 すぐに我に返り、引き続き怒りを伝える。


「お嬢様のお遊びの為に、民の税金で作られたこの研究施設を使うのはやめていただきたい!!」


 皆戦争を終わらせたいーーそのために、均衡した力を打ち破る兵器が必要だ。

 それを作れるのは、俺たち科学者だけだというのに。
 俺よりも、それが出来る人が、高位貴族としてお遊びをしているのが、どうしても許せなかった。
 嫉妬はあった、疎ましくも思っていた。
 だけど彼女なら、偉業を成し遂げられると心底尊敬や期待もしていた。  
 だからこそ、彼女が許せないと思った。民を戦場に送る立場になる彼女が、こんなーー

(平民の俺が、何を言ったところで、彼女はどうじないかーー)

 

「お遊びではありませんわ」

 無視をされるかと考えたが、思いがけず返事が来て、顔を上げる。

「遊びじゃない…ですか?」

「ぇえ、兵器の開発は、確かに重要です。軍事力あってこそ平和が保たれますからね」
「その通りです。わかっているのならーー」
「ですが、それは天才の貴方や、他の研究員がいるではありませんか?」

「は…、そりゃ…そうだ。

だが!貴女は神童でーー」

「わたくしは一人しかおりません。全てを賄うのは無理ですわ」

「いや、文房具作りをやめたら良いじゃないんですか?」

「漫画の復興には、文房具は必須ですから」

「…漫画?」

 聞き慣れない言葉に、眉を顰めると、イザベラは言った。

「いつまでも戦争をするつもりなら、爆弾のみを作るのが良いでしょう。ですが、それでは軍事産業のみが潤うことにかわりはないでしょう。
そうなれば、〝お金の構造上〟戦争を続ける他なくなります」

「…それは……」

「わたくしが出来るのは、軍事と別に大きなお金となり得る産業ーー漫画を増やす、そして、戦争で摩耗した民の心の置き場所を増やす。
敵への怒りだけではなく、擬似物語で整理をつけてもらう。

それは、わたくし以外出来ないからこそ、わたくしがやるーーそれだけですわ」
 
「ーー」


 返す言葉が、無かった。
 高官達からは、おふざけばかりの変人と揶揄される様になった彼女は、高位貴族の誰よりもこの国の〝先〟。国が、どう言う国になるのかを、見据えていた。

 戦争をしなければ成り立たない国になるのか、そうでなくとも、やっていける国になるのか。それは彼女ですら制御の出来ない部分もあるだろう。

 しかし、彼女は、無い世界が来ることを、本気で目指していると言うことだけは、この時はっきりわかった。

「……」


 学園生活で、俺の前を唯一進んでいた女、イザベラ・カレンシア。


「ーーなるほど、俺が勝てなかった訳だ」


 今度は、嫉妬も僻みもない。
 真っ直ぐに彼女を見れるようになった。
   
 そうして、素直になると、彼女に憧れていた気持ちが自然と思い出される。  
 
♢♢

 
「公爵令嬢…か、あー。
俺も身分があったら、ワンチャンあったのかな…いや恐れ多いかぁ」

 ——あの時、俺が欲しかったのは「勝利」じゃなく、彼女の隣に立つ資格だったのかもしれない。

 とある研究員は、青春を思い出して窓の外の青空を見上げた。
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