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そしてヒロインはフラグを回収してしまう2
しおりを挟む目の前に差し出された白く柔らかい手を無我夢中で掴むと、ユリシアは手を引かれるままに走った。
マーガレットは走り去る前に荷物の下敷きになった男達が落としたナイフを拾い、戸に向かって駆け出す。
外へ出て、ユリシアがチラリと後ろを見た時には荷物の下から這い出た男が追いかけて来るのが見えた。
「マーガレット様!奴等が追いかけてきます!」
「……。」
何かを考えつつも、喋る余裕がないのか息が上がり無言で走るマーガレットの汗が一滴、ユリシアの頬にあたった。
すると、真っ直ぐ行けば大通りに続く筈なのに裏路地の角を適当に右に、左にと曲がり始めた。
「ま、マーガレット様、何故?」
(元来た道の大通りに出た方が安全なのに。)
ユリシアが疑問を口にしてすぐに、走るのを辞めたマーガレットは、明らかに空き家であろう古びた建て物に入っていき、荒い呼吸を整えながら、台所の床に手をついて何かを確かめている。
「私とユリシア様の足では、大通りへ出る前に、追いつかれます。ですから、相手の視界から外れるよう、角、角、角を曲がりました。」
「…。」
「けれども、ここの土地はあの者達に有利です。
下手に動けば先回りされてしまうかも知れません。
また、あの様に追いかけてくると言う事はここの住民達に助けを求めても基本無駄なのでしょうね。」
「そんな、じゃあ…。」
ーガコン
台所にある床板が外れて、四角い空洞が出てきた事に、マーガレットはホッと息を吐く。
「助けが来るまで、此処で待っていてください。此処はちょっと狭くて暗いのですが…。」
「でも、見つかったら此処で捕まって…」
「大丈夫です。彼等は街の地形を分かっていても、古い台所の構造までは知らないでしょう。
この国は一昔前、台所の床下を、非常食の保管場所にしていたそうです。最近は戦も無いので見かけないようですが。
ですから比較的長期間掃除せずとも清潔で、泥棒が食料を探しにくいよう蓋は床板と同質にされているのです。
古いせいか蓋の床板に空気の出入り可能な綻びもありますし…。
ですので、さぁ、早く。」
「は、はい!」
(何時もはおっとりしている筈のマーガレット様…ピンチになると、こんな一面が…。)
急がないと、男達が来てしまうと言う視線をうけて、慌ててユリシアは床の空洞に入る。そしてマーガレットは先程回収したナイフをユリシアに渡した。
「もし、あの者達の誰かが此処を探しあてたなら、これで迷わず突くのですよ。」
「は、はい!あれ、マーガレット様も此処に居るんですよね?」
「流石に、2人は入れません。」
マーガレットが眉尻を下げて困ったように笑む。言われてみると、幼子ならあと1人は入るだろうけど、小柄と言えど大人あと1人は厳しそうだ。
「でも、じゃあマーガレット様が入ってください。私のせいでこんな事になって…それに、貴方はこの国の王子妃です。私より尊い身で…っ」
必死に言い募るユリシアの両頬にマーガレットは手を添えて身をかがめ、宥めるようにオデコをちょんとくっつけた。
そして、静かで穏やかな声音で言った。
「ユリシア様、貴方はこの国の宝である民の1人。将来国の支えとなる子です。いずれこの国を担う尊い身。
そんな貴方を守るのが王族である私の役割です。」
声が、あまりにも柔らかく穏やかに語るものだから、混乱していた気持ちを宥められて肩の力が抜ける。
「でも…」
「大丈夫です。私はまた別の場所を探しますから。」
やんわりと笑みを浮かべるマーガレットに、ユリシアは何も言えなくなってしまった。
「……。」
(ピンチになったからじゃない。私を守るのに必死なんだ…。マーガレット様にしたら私は、守るべき国の子だから…。)
マーガレットはユリシアの頬から手を離し、床板の蓋をする。
視界が真っ暗になった時、床板を挟んだ頭上からマーガレットに話しかけられた。
「お茶会、楽しかったです。私が何か失言をしてしまったようですが…」
「あれは、違うんです!
私がちょっと、勝手に悲しい事思い出しちゃったんです!」
「…そうだったんですね……。
ユリシア様、少しの間の辛抱です。
必ず、助けの者が最初に見つけてくれますから。」
「ま、マーガレット様、やっぱり、ナイフだけでも持って行ってください!」
「……王族になった女性が出掛けるさいは、万一の為に何時でも短剣を忍ばせているんですよ。
実は先程、荷持の縄を切ったのもそれです。ふふっ。本当は決まった使い方しかしては駄目なんですけど。秘密ですよ?」
その場を和ませる為か、余裕のある語り口調で笑声を含ませたマーガレットだけれど、ユリシアはまだ不安だった。
「では、ご機嫌様。いつかまた、お茶会を致しましょうね、ユリシア様。」
遠ざかるマーガレットの足音に、一抹の不安を感じながらも、暗闇の中で黙っているしかなかった。
暫くして、冷静になってきたユリシアは考えを巡らせる。
(そうよ、大丈夫。少なくとも小説の展開通りなら、暴漢に襲われて隠れていたマーガレット様を王子が見つける…。)
だから、マーガレットの読みは当たるはずなのに、何故かとても胸騒ぎがする。
心を落ち着ける為に何度も小説の文章で助かったエピソードを思い浮かべるうちに、ハタと気が付いた。
(私、此処に居る予定なかったよね。)
※気になる方は[ヒロインは願ってしまった]ご参照ください。
暴漢の目から逃れる為に隠れていたマーガレット、その隠れていたであろう場所には今自分がいる。
(そうだ、それが不安なんだ。でも、別の場所に隠れるって言ってたし…)
古い空き家だと明らかにわかる建物何て、直ぐ見つかるの?
いや、あるかも知れない。
でも、見つけるまでに、あの男達の誰かに見つかっていたら…ー。
ぐるぐると考えている時に、男達の内2人の声が聞こえてきた。
「くそっ!どこ行ったんだ?この空き家にもいねぇ!」
「良いところのお嬢様なんてヤっちまえばこっちのもんだけどよぉ。
弱味もなく逃がしちまったら自警団にチクられて面倒だぞ。」
「…とか言って、ヤリたいだけだろ?
ガキも中々だったが、後で来た女、ありゃあ、そそる良い身体してそうだったなぁ。」
「あー。ぱっと見た感じ、娼館のナンバーワンより上玉かもなぁ。
特にあの清潔そのものの高貴な雰囲気、娼館の女にゃあだせねぇもんだ。
俺達今日はついてるぜ。」
(こ、こいつら。考えている事が何てゲスなの!)
でも待って、マーガレット様がもし、万一こいつらに何かされたら、如何するんだろう。
『王族になった女性が出掛けるさいは、万一の為に何時でも短剣を忍ばせているんですよ。』
『本当は決まった使い方しかしては駄目なんですけど。』
ユリシアは先程のマーガレットの言葉が脳裏に浮かんだ。
「……!」
そうよ、王族である以上マーガレットの事だから、そうなったら選択肢は一つだ。
「……っ。」
『いっそ、マーガレット様居なくなっちゃわないかな…』
本気じゃなかった。だけどそんな事を願ってはいけなかった。
浅はかな事を思った先日の自分を思い出す。
(大丈夫だよね?マーガレット様。)
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