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お嫁様は辺境伯に前世を語る2
しおりを挟むー・トサッ
転ばないよう肩を引き寄せられた事で、辺境伯の胸元にマーガレットの頬がついた。
肩に回された手が、まるで抱き寄せられているかのような態勢になっている。
マーガレットは、動揺しながら、ハンカチを握ったままの手を辺境伯の胸元にやって押し戻し、早く離れようとした。
「すみません、辺境伯様そういえば、ハンカチをー…?」
押し戻している筈だけど、肩に回された辺境伯の左手がマーガレットの左肩をぐっと抑えたので身体はくっついたままだった。
その身体から香るベルガモットの匂いがわかってしまうほどの近さに、ただ戸惑う。
「ー…マーガレット…妃殿下。」
「は、はい?」
「….、後ろ髪に、花弁が。」
(お、驚いたわ。花弁ね、花弁をとろうとしてくれていたのね。)
肩に置かれていた左手が離れた。ほっと胸を撫で下ろして一歩後ろにさがり、辺境伯を見上げた。
「ふふっ、実は先程から辺境伯様の御髪にも、花弁が付いているのですよ。それも沢山。」
「え、何処ですか?」
慌てて髪についた花弁をとろうと、払う仕草をする。数枚程落ちたけれど、2枚残ったままになっている。どうやら髪に引っかかっているようだ。
「まだついたままです。旋毛の左側と、耳横に。」
1枚は払えたものの、まだ耳横にある花弁は残ったまま。
(そう言えば王子も良く、髪に花弁をくっつけていたかしら、その度に払ってやったり。)
くすっと笑うマーガレットに、辺境伯は赤くなって頭をかいた。
「どうも、妃殿下の前だといつも格好付きませんね。」
「ごめんなさい。今のは辺境伯様を笑ったわけではなくて、思い出し笑いなんです。」
「思い出し笑い?」
「王子が幼い頃、沢山花弁をくっつけていたので。その度に払ってやったんですよ。」
ふふふっと笑うマーガレットに、辺境伯は呟いた。
「そうでしたか…。
王子とは仲良く過ごされているようで安堵いたしました。」
そう言われて、マーガレットはぴたりと笑うのをとめた。
「そう、今とても、幸せ…なんです。」
失うのが怖いくらいに。
「……。妃殿下、」
マーガレットの憂いを秘めた横顔を見て、辺境伯は聞いた。
「わたしは、妃殿下が笑顔であり続けられるのならば、それが誰の隣でも良いと思っています。」
「そんな事を…有難う。」
「ですが、わたしが見るたびに王子殿下が絡む時の妃殿下はいつも、憂いを滲ませます。
常に不安気で、危うく見えます。」
「そんなふうに、見えてしまっているのですね。そう言えば辺境伯様には情けない所ばかりを見られていましたから…」
「関係のない事です。強がらなければ、その下でいつも不安に駆られてしまうのであればそれは、わたしの見たい妃殿下の笑顔ではないでしょう。」
「辺境伯様…」
辺境伯は、腰から剣の収まった鞘をとると、地面に置いて片膝をついた。
「貴方が、自分ではどうにも出来ないと
苦しまれているのであれば。
わたしは何時でも貴方を連れ去りましょう。」
その刹那、王宮に儀式完了の知らせが到着した事で打ち上げられた花火が花開いた。
その音で、蛍たちは驚いたのか、先程の景色はすっかりなりを潜めて、代わりに、次々打ち上がる花火の明かりが2人の姿を互いに見せる。
熱を含んだその眼差しは、昨夜の王子の姿を彷彿とさせた。
「ー…」
「ー・ですが貴方は王子をどうしようもなく愛しておられる。」
辺境伯の、続けられた言葉に、マーガレットは迷う事なく頷いた。
「はい。私の全ては王子のもの。
他の方に差し出せるものはもう、何もないのです。だから他の殿方の手を取る事は、生涯に渡り、有り得ないでしょう。」
例えそれが、小説で運命の人と定められた辺境伯様、貴方だとしても。
私の全てはもう王子のものだ、身も心も。現在も未来も。
何時終わるかと、不安と隣り合わせの愛。いつ傷つける事になるかもわからないと言う愛する故の恐れ。
私の抱くその痛みや、逃れられない深みから、引き上げる事は誰にも出来ない。
そんなマーガレットを見上げて、辺境伯は地面に置いた剣の鞘を掴んで柄をマーガレットに向けた。
「ならばわたしは、妃殿下の剣でありたい。
妃殿下が王子に全てを捧げると言うのなら、妃殿下にはわたしの剣を捧げたい。
妃殿下は出会った頃から、わたしにとっての光でした。初めて見かけた、あの時から。」
「…辺境伯様…。」
「我が力、我が忠節、そして我が魂はとうの昔に全て貴方に捧げております。
だから、わたしを貴方の剣として側に置いてはくれませんか。」
「……それは…。」
「この地を、去られるおつもりでしょう。マーガレット妃殿下。」
「どうして…」
わかったんだろう。
「貴方をずっと、遠くから見てきました。わたしは、とうの昔に貴方へ忠誠を誓っておりましたから。主と定めた者の機微には気付きます。
正式な誓いをたてずして、妃殿下からしたら、迷惑な話でしょうが…」
「いえ、騎士が忠誠を抱いてくれるのは王族の誉れ…ではありますが……。でも貴方はこの国の…。」
「何処へ行かれるにしても、どの様なお立場になろうとも、わたしは貴方を守る剣でいたい。
国を治める王家の妃であるのなら、国を守る騎士として。
国を出ると言うのなら、御身を守る騎士として。」
「….私は、何の力もないただの…」
「騎士として生まれたからには剣を捧げる主は生涯1人でありたい。
どうか、わたしをそんな生き方の出来る誇り高き、騎士にしていただけませんか。」
「……辺境伯…さま…」
「わたしは如何なる時も、貴方の命に、従います。」
花火の音が響き、光に照らされた表情は真剣で、剣の柄を差し出したまま、ただ真っ直ぐにペリドットの瞳をマーガレットに向けていた。
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