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お嫁様は想いを伝えた
しおりを挟むフカフカの、ベッドの上に、自分が横たわっているのがわかる。
目を開けるとそこには、天幕が見えた。
あの後、私どうしたのかしら…
マーガレットはその身を起こそうとした。
その時、ベッドの横でマーガレットの手を握っている姿が目に入った。
ふわふわの金色の髪が揺れ、うつ伏せになって眠っていた王子が、ゆっくりと目を開けた。
「マー…ガレット?」
「どうして、ベッドで眠らないのですか?」
「寝たよ。」
「座って寄り掛かっただけじゃないですか。」
「……。それが良いと、思ったんだよ。」
優しい眼差しをして見つめてくる碧眼の瞳に、マーガレットは頬が朱らむ。
その視線から、逃れるように身を起こして手元を見た。
(王子と話をしなければ…ちゃんと、伝えなければ…。)
「王子、あの…お話が「ねぇ、マーガレット。」
言葉を遮られて、顔を上げると、王子はマーガレットから背を向けてベッドの端に腰を下ろした。
「君は、いつも、暖かく僕を抱きしめてくれたね。」
「お…「いつだって、僕の味方でいてくれた。安らげるように最大限つくしてくれた。ずっと側で僕を抱きしめてくれて、守ってくれた。時には共に、泣いてくれた。」
王子の、様子がおかしい。
言葉を発する事をさせないと言うように繋げていく。
「………。」
「君は僕に…約束してくれたよね。素敵な王様になったのなら、ずっと側に…いると。だけど…」
王子が、震えている。マーガレットは震えている背中に、ゆっくりと手を伸ばす。
「最初で最後に、君に僕から逃げるチャンスをあげる。」
王子の言葉に、マーガレットは手を止めた。
(王子から…にげる?)
「思えばいつも、君に選択肢は無かった。王家の為に嫁いで来てくれて、優しさに付け込む形で君を抱き続けた。
君の意思関係なく…赤子さえ出来れば、僕から離れられなくなると知っていたから。」
(…王子……)
王子は話をしながら、背を向けたままだった。
「倒れる程に君を悩ませ追い詰めた。
だから、これでも僕は反省しているんだよ。
今なら、君の宝箱にある、玉璽の押された用紙に僕のサインをしてあげる。」
宝箱にある、玉璽の押された用紙。
それは私が、この結婚をする時に用意してもらった王の玉璽が押されて、後は本人のサインと神殿への提出が済めば離縁が出来てしまう紙。
ずっと、見つからないよう宝箱に隠していた。
マーガレットは、ただ静かに聞いた。
「いつから?」
「いつからだったかな…マーガレットは、覚えているかわからないけど。
君の髪に、花を一輪、飾っただろう。」
「覚えています。あれは…。」
私の、大切な記憶…。
「あの時の僕はね、君の宝箱の中身を見てしまって、父を問い詰めた。何であんな物が君の手元にあるのかと。
それから僕は、君を繋ぎ止める術をずっと探していたよ。花にさえ縋りつくほど必死にね。」
「…。」
『愛しているよ、マーガレット。』
いつも、私の耳元でそう囁いて眠る王子。それには、いつも祈りが込められていた。
どうか、この言葉が、伝わりますようにと。
その言葉がもしも、あの時の華を思い出しながら伝えられていたのだとしたら。
ずっと、これは真実なのだと、真実の愛であると、伝え続けてくれていた。
いつだったか、王子とした会話を思い出す。
『マーガレットも守れるの?素敵な王様の方がマーガレットは好き?』
『マーガレットが僕の側にずっと居たいと思えるくらい?』
『ー・勿論です。王子。』
『じゃあ僕は、素敵な王様になるよ。
だからずっと、僕を見ていてね。』
王子はあの時、どんな気持ちでそう言ってたんだろう。
あの時既に、彼は全てを知っていて、 そして不安を抱いていた。
暴漢から襲われた時助けに来てくれた王子は、私よりも震えていた。その時抱きしめた王子から伝わってきた感情。
私を失う事を恐れている。
何よりも。
私がずっと王子の愛が消える事を恐れ続けていたように。彼もまたずっと…私以上に、彼の努力ではどうしようもない事で、いつか私がその恐れから去るかもしれない事に苦しんでいた。
マーガレットは、王子の背中に額を、少しだけくっつけた。
それに、王子が僅かに動揺しているのがわかる。
「ー・貴方が伝えてくれる愛はいつでも私には、胸が痛いくらいに幸せでした。
だからもう、充分、伝わっています。
伝わっていたのに。私はそれが、幸せに思う程怖くて。
自分の事ばかりで、クリス殿下の為と言いながら、クリス殿下を傷付け続けて。」
「…….。マー…」
「更に私は、貴方を傷つける所でした。私よりも小さな女の子に言われなければ、気付かされなければ。
私はもっと貴方を傷付ける選択をした愚か者です。
こんな私に、愛想が尽きない方が、可笑しいのです。全ては、今更です。
ですが…それでも。」
クリス殿下の背中の衣服を、マーガレットは小さく震える手で、握り締めて、ポツリと、だけどはっきりと口にした。
「クリス殿下、貴方を。どうしようもなく、愛しているんです。」
「…っ」
「沢山貴方を…傷付けてきた私が、こんな事を今更言っても、貴方はもう、愛想尽きてしまったかもしれません。
だけど、離縁は、直ぐにしてあげられません。
何故なら玉璽を押された離縁状はもう、破棄してしまって。手元にないから。」
そう、王子への愛が抑えられないとわかって直ぐ、その日が来ても少しでも貴方の妻でいられるように。私は、それを破棄した。もし離縁を言い出されても、原作通り時間を要するだけと。
持っている事に気付かれて居たとも知らないで。何処までも、愚かだった。
「破棄した?」
マーガレットは、本棚の隠し扉の中にある箱を取り出して、王子の前に回り込むと、目の前で蓋を開けた。
その中には、1枚のしおりしか入っていない。
王子は手を伸ばして、そのしおりを手に取った。
『マーガレット、この花、やっぱり君に1番似合うね。僕のお嫁さんはこの世で1番綺麗だ。』
しおりにして。宝箱に入れていた。
淡いピンクのマーガレット。もうそれだけしか、私がすがる物はない。
じっとそのしおりを手にして見つめている王子に、宝箱の蓋を閉じてマーガレットは正面から伝えた。
「愛しているんです。何よりもクリス…ンッ」
良い募るマーガレットの口を、王子は唇で塞いだ。
腕が強引に引き寄せられて、手にしていた箱は床に落ちた。
前のめりになったマーガレットは、王子の膝に、体の半分乗り掛かっていた。
「!すみませ…ンッ」
両腕ごと顔を引き寄せられたマーガレットは、再び唇を重ね合わされる。
朱らむ顔を隠せるものもなく、顔に血が集まる中、王子はぺろりと舌舐めずりをした後に、マーガレットの目を見て、妖しい光を宿しながら言った。
「マーガレット、もう一度、言って。」
真正面で捉えられ、背けられない程に綺麗な碧眼の瞳。
互いの吐息が近い。
「愛しています…貴方を、愛しています。クリス。」
潤んだ瞳で顔を真っ赤にさせながら言い放ったマーガレットに、王子は両腕から手を離して腰に手を回し抱き寄せた。
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