【続】地獄行きは確定、に加え ~地獄の王様に溺愛されています~

墨尽(ぼくじん)

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聡一朗、家出する 

第8話 

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 目蓋を押し開けると、目の前に銀糸が見えた。
 まだ覚醒していない意識の中、それを指ですくって弄ぶ。上からふすりと笑い声が降って来て、聡一朗は目線を上げた。

 優しく、甘いとしか言えない顔で獄主が微笑んでいる。一気に覚醒した聡一朗は、顔を赤く染めて枕に顔を埋めた。

「おはよう、聡一朗。身体は大丈夫か?」
「おは、よう。平気だ」

 熱が出ている感じもしないし、抗えない怠さもない。
 心地よい脱力感で、寝台にどこまでも沈んでいきそうだ。同時に恥ずかしさも半端ない。

「何か飲むか?」
 枕に埋もれたまま首を振ると、髪をあやす様に撫でられる。

「聡一朗。照れていないで顔を見せてくれ」
 聡一朗は少しだけ枕から顔をずらし、ちらりと獄主を見遣る。そしてその「甘い顔」に耐えられず、また枕に突っ伏した。

「抵抗しても無駄だぞ」

 獄主にいとも簡単に身体を反転させられ、鷲掴んでいた枕を剥ぎ取られる。
 そのまま顔を近付けようとする獄主を避けるように、聡一朗は自身の顔を手で覆った。

「ああぁ~勘弁してくださいッ!恥ずかしい!羞恥で死ねる!」
「何を今更、手をどけろ」
「エン、エン!待って!本当に!」

 手で覆われた隙間から見える聡一朗の顔は、耳まで赤く染まっている。指も強張って小刻みに震えていた。

「聡一朗、そんな事をしても可愛いだけだ。私を殺す気か」
「……だって、こんな、恋人みたいな……っ!」


(行為の翌日って、こんなに甘いのか……!?)
 思えば今まで、いたした翌日がこんなに朗らかなことは無かった。
 泥のように眠って、獄主が執務に出かけた後に目覚めることが殆どだったのだ。

 意識がはっきりしている状態で、「おはよう」だなんて破壊力が半端ない。


 顔を覆う指先や耳に口付けられ、獄主に耳元で囁かれる。

「昨夜のお前は、本当に、最高に……」
「いいいいぃいい!言わないで良い!!」

 クスクスと笑いが降って来て、手の甲にキスを落とされる。
「朝食を取ってくる。少し寝ておけ」
「ん?」

 朝食を?と思い覆っていた手を退けた瞬間、ちゅと口付けられる。
 はは、と悪戯っ子のように獄主は笑った後、聡一朗が怒る前に仮眠室を出て行った。



________


 従者から「獄主様から朝食の指示があった」と報告があり、コウトは執務室へ走った。しかも指示されたのは2人分の朝食。
 期待せずにはいられない。

「獄主様、聡一朗様が戻られ……」

 執務室を開けると、着流し一枚の獄主が佇んでいる。その顔を見た瞬間、もうコウトは悟った。

「……戻られたのですね。本当に、良かった」

 コウトは身体全体から力がふっと抜けるのを感じた。
 今日は早朝からリュシオルの家に行くことが決まっていたので、昨晩コウトは一睡も出来なかったのだ。

「心配かけたな」

 労わるように微笑まれ、コウトの目が潤む。コウトは片眼鏡を押し上げて口を開いた。

「朝食が出来ましたら、仮眠室まで届けさせます。お戻りになられては?」
「いや。私が運ぶ」

 言いながら獄主はデスクに腰掛ける。微笑む様は本当に幸せそうだ。
 眉を下げて、何か言いたげに口を開ける。その口はいったん閉じたが、ふ、と笑いを零すと獄主はコウトを見た。

「……聡一朗は寝起きが良いんだ。寝ぼけることもなく、すっと起きて立ち上がる。反対に閨を共にした翌朝は、しんどそうな聡一朗しか見たことが無い。ところが今朝の聡一朗は…………いや、何でもない」

 コウトは目を見開いた。寸での所で片眼鏡をキャッチすると、驚愕の目で獄主を見る。
(惚気ている!!獄主が惚気て!!)

 誰もいない空間から、2人分の息を呑む声が聞こえた。フウトとライトだろうが、大いに気持ちは解る。

 ようやく届いた2人分の朝食を手に、獄主は振り返った。

「コウト……すまないが、今日の執務は休みにしてくれ」
「勿論です。獄主様」

 コウトの返答に満足げに頷き、獄主は部屋を出て行った。



________


 ベッドに座ったまま朝食を平らげ、聡一朗は手を合わせる。「ごちそうさま」と言いながら獄主を見ると、ご機嫌な顔はどこへやら、拗ねた様に目線を下げている。

「エン、まだ拗ねてるのか?」
「……拗ねてはいない」

 聡一朗は眉を下げながら、湯呑を見つめた。コーヒーも好きだけど、やっぱりここのお茶は落ち着く。


 天界でリュシオルの仕事の手伝いをしたいと告げたら、案の定この反応だ。
 反対はされるだろうと思っていたが、これ程とは思わなかった。

「勿論、陽が落ちる前には帰るし、エンが執務に行く前に仕事に出かけたりはしない」
「……分かっている」
「休みたいときに休みたいだけ休んでいいって言ってくれてるし、定時で退社できるし……めっちゃホワイトだよ」
「それも、分かっている」

 獄主の葛藤も分かる。聡一朗も心がじくじくと痛む。
 困ったような笑顔を向けていると、獄主が眉を寄せて聡一朗を見る。

「……思えば、望んだら会えるという環境は、私にだけに与えられた特権だったのだな。執務中も聡一朗に会いたくなれば会いに行ったが、聡一朗は自由にとはいかなかったろう?」
「んん?まぁ、仕事中にあんまり押しかけるのもな」
「それでは、公平ではない。だから私も、聡一朗が仕事をすると言ったら認めるべきだ。だが……会いたくなっても会えないと思うと、すごく辛い」

 聡一朗は咄嗟に胸を掴んだ。
 不覚にも胸がきゅんとしてしまったのを、認めざるを得ない。獄主はいつも真っすぐだ。

「エン、俺だって凄く寂しいよ。でも俺はもっとこの世界の事を知りたいんだ。あんたの仕事の役に立つこともきっとある」
「……」
「心配しなくても、俺が帰って来る場所はここだよ」

 俯きがちな獄主の顔を下から覗き、目が合ってから唇を合わせた。思えば自分からキスをしたのは、初めてかもしれない。
 唇を離すと、獄主の顔が悔し気に歪む。

「……そういうところだぞ。聡一朗」
「はは、そうか。……あと俺、あんたとの子供、欲しいからな」
「……!!」

 予想以上に驚く獄主に笑いかけながら、聡一朗は獄主の手を取った。冷たくなったその手を、温めるようにゆっくり擦る。

「子供作るの嫌じゃないって、一応言っとく。言わないと、またずれちゃうからな」
「……」
「エンに似たら、どうしようかな。俺、めっちゃ幸せかも」
「……っ、だからっ!!!」

 急に視界がぐるりと回り、気が付くとベッドに押し倒されていた。
 真上の獄主は、眉を顰めたまま聡一朗を見下ろしている。顔は真っ赤だ。

「そういうところ、本当に、お前はッ!」
「はぇ!?」

 着流しの帯に手を掛けられて、聡一朗は慌ててその手を掴んだ。先程やっと服を着ることが出来たというのに、また剥かれてしまうのは困る。

「エ、エン!!仕事は!?コウトさんがまっ……むぐ……!」

 言葉を唇で塞がれ、するすると帯を引き抜かれる。

 思うがまま口内を荒らされた後、獄主は唇を離して聡一朗を見た。その顔は嗜虐性に満ちている。

(あ、あれ?おかしいな?)
 怒らせることはしていないはずなのに、今の獄主はもの凄いどS顔だ。
 そしてそのどSな顔が、妖艶な笑みを湛える。

「今日は執務を休みにした。コウトも帰った」
「……!あ、あの!あのな、エン……!」
「子供が欲しい?なるほど、私は良いことを思いついた」

 凄く凄く嫌な予感がする。

 首筋から耳までをべろりと舐められ、聡一朗は無意識に身を反らした。猛獣に睨まれた小動物のようにぶるりと身を震わせると、獄主が愉しそうに笑う。


「まず第一形態で抱いて、最後は第二形態で種を注ぐ……。素晴らしい案だと思わないか?聡一朗」
「そ、そんな、ラスボスみたいな事を……っあぁっ!!」

(……明日も俺だけ休み確定じゃん)
 いつからリュシオルの元で働けるのだろう。

 そう思いながらも、聡一朗はまた獄主に流されてしまうのだった。



「聡一朗、家出する」おしまい


次のお話は「テキロとワタベ」短編予定です。お楽しみにして頂けると幸いです!
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