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閑話01 知られざる効果
しおりを挟む都市ハウシュタットからほど遠くないダンジョンの一つに、ザイデジュピネが数多く生息するダンジョンがある。
その蜘蛛が吐く糸はとても丈夫で美しく、貴族や手練れた冒険者、騎士などの衣類に使用されているほどだ。
新米の冒険者達にも楽に稼げるとあってダンジョンにはいつも誰かしら潜っており、大体は弱いザイデジュピネと戦いその糸を採取するのが殆どだ。その為価値の強いザイデジュピネの美しい糸は一定の価格を今まで保っていたのである。
然し乍ら最近はその価格が下がりつつあった。
理由を述べるのならば、手練の冒険者までもがそのダンジョンに潜ることが多くなった事だと言えよう。
手練れの者達が何故今更ザイデジュピネのダンジョンへ向かうのかと思うところだろうが、その理由はいたって簡単で、ダンジョンでに用がある訳でもなくそこに立ち寄る商人からあるものを購入する為であった。
言葉は悪いがザイデジュピネの糸など彼等にとってはオマケでしかなかったのだ。
事の始まりは今から三年程前で、一人の商人が現れたことからその現象は始まったと言える。
その商人はダンジョンの前でやたら高い干し肉を売り出し、最初こそ誰も相手にしなかったが一人が買い始めると群がるようにみなが買い漁り始めたのだ。
保存食とされていたそれは、通常ならば硬く味気なく、決して美味いものとはいえない。しかしながらその商人が売り出した干し肉は値段こそ高かったが味は確かで、誰もが舌鼓を打ったほどの出来前だったのだ。
一度食べてしまえば舌に焼きつき忘れる事のできない旨さに、数々の冒険者達が虜になってしまったのは言うまでもないだろう。
その虜になった冒険者達に商人は容赦なく次々と新しいモノを運び、女性冒険者に大人気となったのが”ドライフルーツ”である。
干し葡萄といったものあったものの、商人が持ってきたのは見たこともない果物であったり砂糖漬ドライフルーツだったりと変わり種のものばかりだった。けれどもそれを一口食べしまえばその果実の甘さと砂糖の甘さに身体の疲れなど吹き飛んでしまい、ダンジョンの下層ではより一層重要視された食べ物とされている。
ドライフルーツでさえ驚いたものがいると言うのに、次に商人が持ってきたのは瓶詰めのジャムだ。
砂糖がたっぷりと使われている林檎や桃、葡萄やベリーのジャムは、固くて酸っぱい黒パンにつけて食べる事を前提に作られており、とても甘い。ジャムが入れられている瓶も今まで見た事のないくらい透明で丈夫であり、それだけでも価値のある代物だった。隠れ甘党が多い冒険者の中には瓶に残った少ないジャムでさえ指ですくい取り舐めるという行動をとるものも多いらしい。
加えてこのジャムは瓶を用意すれば中身だけを売ってくれる為に少量でも買うことができ、お金のない駆け出し冒険者達にも大人気な商品となった。
ただ美味いだけならば、わざわざ足を伸ばしてまでその商人のものを買おうと思うものは半減したかもしれない。
では何故そこまでこの商人の売り物が人気になったか。
それは至って簡単な事で、その商品にはポーションのような性能が見られたからだ。
はじめにその事実に気づいたのは若い冒険者達だった。
小瓶に詰められたジャムをパーティーで分け合いながらダンジョンで過ごしていると、何故だか怪我の治りが早いような気がしたのだ。最初こそ怪我が浅かったのだと思い込んでいたが、唯一の魔導師が魔力切れを起こさない事が不思議で、原因は何かと考えたらそのジャムに結びついた。何せそのジャム以外、今までと変わった事など無かったのだから。
他の冒険者に何かと変化を感じないかと問いかければ、周りの人達も首を傾げながらもそういえばと口を開き、一つの仮説がうまれた。
とある冒険者が試しにとわざと魔力が底をつくまで魔法を使い続けその商人から買ったドライフルーツを口にすると、若干の魔力が戻り、同様に切り傷を負ったものがそれらを食べ、一日が経過するときには傷口はふさがり軽いものなら癒えている事が判明された。
その事からその商人が売るものにはポーションのように回復効果があると分かったのだ。
ザイデジュピネのダンジョンに人が増えたのは、その商人のモノを買う為に様々な冒険者が集まるようになったためと言える。
ザイデジュピネのダンジョンの他にも彼が出没しているダンジョンはあるが、ザイデジュピネのダンジョンにいる確率の方が多く大概の冒険者はそちらに向かう。
商人からものが買えたらすぐにダンジョンを立ち去るものもいるが、そう簡単に会える事もないのでダンジョンに潜り商人を待つものもいて、そのゆえにザイデジュピネの糸は以前より多く収獲されているのである。
然し乍ら一人の商人がここまで儲けると面白く思わない奴は多数いる。
同業者であったり金に汚い冒険者だったり我が物顔の貴族だったり。
いつの時代も人のものを奪いたがる奴は一定数いるものだ。もちろん商人もそんな奴らに狙われるはめになる。
けれども彼の知らないところで、尽くそんな危険分子は排除されていった。あるものは病に倒れ、またあるものは野獣に襲われ、突然の死に襲われるものが殆どだ。全く関係ないもの達の死因を詳しく調べて行けばその商人にたどり着く事もあるが、大体そんな面倒な事をする人間もいなく、個々の不幸な死としてしかみられない。
そんな彼等の死を結びつけたのは一人の領主である。
ハウシュタットの領主であり、白銀の騎士との二つ名を持つガリレオ・バーベイルその人だ。
彼もまた、商人が売る商品を高く評価し、自身の身を置く街であるハウシュタットに呼び込みたかった。かといっていきなり声をかけ呼び込むのは些か無理矢理すぎだろうと思い、彼の身の回りを調査し始めたのである。そこで分かったかのが上記の人々の不可思議な死であった。
関係ないといえば関係なく、商人自身が関わっているとは思えない。けれども不可思議な死をしたもの達は皆、彼に何等かの接触を持とうとしていた人物達でその数は二十を超えている。
そう思うと、ガリレオ自身が彼に接点を持つのは危険のような気がしてしまいその後も無理矢理関わりを作るわけでもなく、三年の月日が流れていた。
商人がダンジョンにものを売り始めて六年、ガリレオはある事実にたどり着く。
商人は必ずエスターの村付近に必ず立ち寄り、その後ダンジョンへ向かう。そしてその時々の合間に商人とは別の人間の存在が確認された。それは小さな子供であり、男と女、両方確認されている。
商人の子供かと思っていたがそうではなく、その商人の知人の子供ということが分かったのだ。
従者を使い周りの人間に聴き込むと、その子らは森の奥に住む老人の孫達だという事が判明し、それと共に彼等が商人と深く関わっていると分かる。
六年ほど前、あの商人はいきなり塩の塊をエスターに持って行き、その後ある商品の登録を商業ギルドでおこなっていたのである。
その商品の一つは干し肉で、登録は食品の加工。その事実から結びつけるに森に住んでいる老人が製作者と見て間違い無いのだろうとガリレオは考えた。
最初からエスターの商業ギルトをあたっていればもっと早くにその事実を知る事があっただろうが、小さな村の、織物産業しかないギルトで商業登録などする人間などいるわけないと勘ぐっていたのだ。
自身の愚かさに項垂れるも、やっと知り得た事実のためにガリレオは重い腰を上げ、森へ、ヨハネスの元へと向かうのである。
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