リズエッタのチート飯

10期

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★バルトロ・ピローニ

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「マスター、例の子が久々に来たんですが……」

「やっとか。 すぐに向かう、足止めしとけ」

 ハウシュタットの冒険者ギルドの一室で、熊のような大男は一際大きな欠伸を漏らした。
 普段ならば執務室の篭ることはないのだが、ここ数日、一人の少女が来ないだけで面倒ごとが多発し、それの対処に追われていたのである。
 その全ての原因を作った少女に多少なりとも文句を言っても良いだろうと、バルトロ・ピトーニは重い腰を上げたのだ。


 何時もならば冒険者達の声で賑わいを見せているロビーはいくつかの落胆のため息と怒声が響いていた。
 それは主に冒険者ではない薬師の声と、それに対峙する一人の男の人ものである。

 柱の影からその二人をじっと見つめれば視線の端にふわふわとした何がチラつく。その正体は何なのだろうと更に目を凝らせば、そこにいたのは一人の少女だった。

 クリーム色のチュニックに濃い緑のズボン。蜂蜜色の髪を高いところで一つに結び、彼女が動くたびにそれは尻尾のように揺らめききらりと輝く。
 見てくれはだけ見れば平民の子供だというのに、衣服に継ぎ接ぎもなければほつれも汚れもなく、その髪の美しさや肉付きの良さに違和感を感じずにはいられなかった。

 彼女こそが最近の悩みのためリズエッタなのだと察すると同時に、その彼女を庇うように行動する男は何者なのかとバルトロと頭を悩ませた。

 何せ職員たちから語られる彼女の話では大の大人の存在はなく、いつも一人か孤児を連れて歩いているとう情報しか入って来ていない。唯一彼女と繋がりを持っている人物はニコラ・エリボリスのみでとされているが、その男ではない別人だ。
 ならば彼は何処の誰で、どうやってあのリズエッタと親しくなれたのだと疑問も湧いてきたのである。

 何もスヴェンという突如あられた異分子に頭を悩ませたのはバルトロだけではない。その場にいた冒険者も薬師も同じ気持ちであった。
 特にリズエッタと同じビギナーランクの者やアイアンランクの者にとってはリズエッタは目の敵。その相手に強そうな大人が味方になってしまったのならば、もう手出しする事は不可能に近いと頭を垂れたのだ。

 何故リズエッタが同業者に恨まれているかといえばリズエッタの持ち込む薬草待ちの薬師が増える一方、程度の悪い薬草の価値は下がりつつある事が原因であろう。
 より良い薬草が同価格で手に入ると分かればそれを欲するのは当たり前の行動。それ故に彼らの入手する薬草をリズエッタと同価格で依頼しようなんて考えるものは必然的に少なくなったのだ。
 それ故に何とかリズエッタの邪魔を出来ないかと考えているものが多数いたのが事実である。

 だがそれと同時に彼女をパーティに入れて仕舞えばいいのではと考える者達もいた。
 今はリズエッタ一人で行動し不定期の納期でしか納品されない薬草でも、パーティを組み人数を増やせばその分が増える。リズエッタ一人当たりの一度の収入は減るかもしれないが長い目で見ればプラスにもなり、それを駆け引きできないかと考えていたのだ。
 ギルドのマスター、バルトロも同じような考えに至り、リズエッタが来た暁には交渉しようと考えたいたのだが、突如現れたスヴェンの存在によりその予定は狂いを生じた。

 バルトロもその他冒険者達も、子供であるリズエッタに付け入るのは簡単な事だと考えていたのだ。しかしながらリズエッタがスヴェンを頼るような素振りを見せて仕舞えば、そう簡単にことは進まないのだと認識せざるおえない。

 ため息をつきたくなる現状の最中、バルトロはそっと二人の背後に歩み寄る。
 リズエッタが彼の存在に気付くまでには数秒かかり、その後目の前に現れた大男に目を見開いた。

「えー、ベルタさん? そちらの方は一体何方で?」

「この人はここのギルドのマスター、バルトロ・ピトーニです。 リズエッタさんに前から会いたかったそうで、騒ぎに紛れて出てきたみたいです」

 凛とした、鈴を転がすような声がその小さな口から紡がれる。
 バルトロは見かけよりも幼く心もとない声に少々驚きながらも態度には出さず、ただベルタの言葉に頷くことしかしない。
 そして困惑するリズエッタに笑いかけてお茶に誘ったのである。

 当初の予定とは異なるがリズエッタと話をする事は悪いことではないと、状況次第では良い方に転がる事もあると踏まえてスヴェンさえも誘い、バルトロと両名はギルドの奥へと姿を消した。


 木目状の机には白地の陶器でできたカップが三つ並べられており、その中からは何ともいえない香ばしい薫りが立ち登っていた。
 白地には映える農褐色のその飲み物をリズエッタはまじまじと観察し、そして躊躇なく手に取ったのである。

 ゆっくりとした動作で躊躇いもなくカップを口に運び、そしてコクリと喉を鳴らす。
 その動作にバルトロはニヤリと笑い、スヴェンはそんなバルトロに鋭い視線を向けた。
 しかしながら当人のリズエッタはそんな二人の表情に気をかける事なく、深く息を吐いたのちに美味しいと言葉を零したのであった。

「これはとても美味しいですね! 何処で買えますか?」

 花を撒き散らすような笑顔と弾む声。
 そんなリズエッタの嬉しそうな顔を見たバルトロは目を丸くして驚いた。
 その飲み物は香りこそ良いか見た目の色からして口にする事を拒む者も多く、ましてや初めて飲んで美味しいと思えるものはごく稀だ。
 口いっぱいに広がる苦味と独特の酸味、大概のものは不味いと言って飲むのをやめる代物。バルトロでさえ目覚ましに良いお茶だと言われてようやく飲めるようになった物を、目の前で美味しそうに飲まれて仕舞えば嫌がらせだったとは実に言いにくいものである。

 にこやかに笑うリズエッタと呆れ笑いするバルトロを横から見ていたスヴェンは興味深げにその飲み物を口にし、そして眉を顰めた。
 人前で、尚且つギルドのマスターの目の前で口を拭う事など出来ずにそれを飲み込んだものの、口内に残る苦さは強烈だ。
 スヴェンが何事も無かったかのようにカップを机に戻す様子を見ていたリズエッタはくすりと笑い、そして一度咳払いをした後にバルトロに目を向けたのである。

「まさか本当にお茶をする為に読んだわけではありませんよね? 何か私に、それともスヴェンに用事でも?」

「嗚呼、勿論お嬢ちゃんに用事がある。 用事、よりも依頼に近いがな」

 その言葉を合図にバルトロは机越しにリズエッタに鋭い視線を向け、嫌味をふんだんに盛り込んだ話を始めたのだ。

 彼女と同じビギナーランクや薬師から苦情が来ること、薬草の需要と供給の割りが合わず在庫が増えていること。そのせいで価格の相場も崩れてきていることやギルド職員の仕事を増えていることなどリズエッタの行なった事についての数多の不平不満。
 その結果ギルドとしてはリズエッタの持ち込む薬草を差別化し、高値の設定での納品、販売をする事に決めたのである。勿論これまで以上に納品するという矛盾ありきの決定も踏まえてそう決められた。そしてそれをリズエッタにも了承してもらわなければならない。

「数を増やすたって、リズエッタ一人じゃどうにもなんねぇでしょうに。それにただ量を増やし価格を上げても、面白く思わない奴らはいるはずではーー」

「勿論そこはギルドでカバーをするつもりではいる。 一人では無理ならこちらから同ランクかそれ以上の者とパーティを組めるようにセッティングしよう。 採ってきた薬草に関しても他の薬草を一定数購入した者にのみ販売する事にすれば、薬師達は他の物は買わないとはいかないはずだ。 もしそれが嫌ならば採取場所をギルドや他の冒険者たちに教えるか、薬草採取専門に弟子を取り同ランクの薬草を採取できる様に教育してもらいたい」

「それはーー」

「少しはこちらの事情も察してくれ。 どんだけギルドが嬢ちゃんの持って来る薬草に迷惑をかけられてるかわかるか? 薬師に責められ小遣い稼ぎの子らに苦情を言われ、幾ら上質な薬草が入手出来たとしても他の薬草が売れなきゃ意味がない。 両者の納得を得るためには供給を増やすか、お嬢ちゃんレベルに薬草をとれる奴を育成するしかない。 あんたも商人なら俺たちの気持ちもわかるだろう?」

 バルトロからすれば幾らか文句が出たとしてもリズエッタの薬草は手に入れたい。それがどんなにこちらの身勝手だとしても、街の利益になる事ならばそう判断せざるをえない。
 しかし一方、スヴェンからすれば無闇矢鱈にリズエッタの薬草を売りさばく事も、パーティを組む事も避けたい事柄。売る事ならともかく、パーティを組んでも薬草を取りに行けるのは一般的な森や草原で、今納めている庭産ものとは異なるのだ。幾ら何でも庭の存在をギルドに知られるわけにはいかず、弟子を取るなんてリズエッタが許すはずはない。

 互いの思想が歪に混じり合い重々しい空気を醸し出す最中、のほほんとお茶を楽しんでいたリズエッタはおもむろに口を開いた。

「他の冒険者にもギルドにも迷惑をかけない方法なら、もっといいものがあるじゃない?」

 リズエッタという人間はいつだって自分主義で、楽して生きることを考えている人間だ。
 そんな彼女から考えつく問題の解決策はあまりにも単純で、彼女本意で、他者を機にすることのない結論。

 それすなわちーー。

「薬草を持って来るのを止めればいいんだよ、私が」

 お茶を飲み干したリズエッタの顔は、とても綺麗な笑顔だった。




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