文字サイズ
小
中
大
特大
76 / 93
仮面卿外伝【第二章 太陽が沈んだその後に】
第四話 我君を思う
フルールは見惚れてしまった。
オーギュストが倒れてから早二週間が経ち、当初目にした彼とは別人である。落ちた体重はまだ戻っていないが、彼が持つ美貌が今でははっきりと分かる。
綺麗……
フルールはそう呟いてしまう。
当初は獄中生活のせいで血と垢まみれで、とても見れたものではなかった。異臭が漂い、髭も髪も伸び放題で、どこの浮浪者かと思ったほどだ。それが、こうして身なりを整えると、王者の風格と美しさが渾然一体となって、どうしても見惚れてしまう。濃い陰影を落とす顔の造形は憂いを含んで美しく、艶やかな黒髪は白い肌によく映える。
そして何より印象的なのがグリーンアイである。蠱惑的とでもいうのだろうか、見つめられただけで心臓が高鳴ってどうしようもない。遠目で見た事はあったけれど、ここまでとは思わなかった。彼に微笑みかけられただけで恋に落ちる者もきっといるに違いないと、フルールは思う。自分もその一人だったが……
「殿下、スープのお代わりは如何ですか?」
年老いた祖母がそう勧めると、すかさずフルールが立ち上がる。
「あ、私が! 私がやるわ!」
オーギュストが手にしていた皿を奪い取るようにして受け取り、スープをそそいだ。
「ど、どうぞ!」
「ああ、ありがとう」
オーギュストに礼を言われただけで舞い上がってしまう。スープを口にするオーギュストを、フルールはまじまじと見つめてしまった。
本当に綺麗。でも、全然女っぽくないのよね。精悍、ていうのかしら? 威厳があって涼やかで男らしい……ああもう、素敵素敵素敵! バークレア伯爵様は冤罪だとそうおっしゃっていたわ。そうよ! オーギュスト殿下が素晴らしい方だって、平民の私だって知っているくらいだもの。絶対冤罪に決まっている!
フルールが一人身悶えていると、ダニーに突っ込まれた。
「……ねーちゃん」
「何?」
「そこに突っ立って、じーっと眺めていたら殿下に失礼だよ。ねーちゃんも食べた方がいい」
呆れたような口調である。
「あ、そ、そうね!」
慌ててフルールは自分の席についた。テーブルについて同じように粗末な食事を口にしつつも、やっぱり彼の横顔に見入ってしまう。
寡黙、なのよね。あんまり喋らないわ。
彼の声が聞けたらいいのにと、フルールは思ってしまう。声もまたうっとりするほどの美声だ。いつまでも聞いていたい。
「あ、あの!」
食事途中でフルールがオーギュストに声を掛ける。
「殿下はこれからどうなさるつもりですか?」
「……国外へ行く」
その答えを聞いて、フルールはがっかりする。犯罪者として処刑されたのだから、わからないでもないが、もう、追われている身ではない。死刑判決を下した者達はオーギュストが死んだものと思っている。彼は自由なのだ。平民として生きていくのなら、このままここにいてもいいのにと、フルールは思ってしまう。
「ここでしばらく療養しませんか?」
「私が見付かったら全員処刑だぞ?」
オーギュストの指摘に、フルールはびくりとなる。
「国内にいると、誰かに見付かる可能性が高い。私の顔は皆知っている」
それは、そう、だけど……
オーギュスト殿下の絵姿は人気で、市井にも出回っている。知らない者はいないくらいだ。でも、出来ればここにいて欲しいとフルールは思う。
このままずっと自分の傍に……
食事が終わると、オーギュストが立ち上がり、顔を布で覆ったのを見て、フルールは慌てた。
「あ、あの、どこへ?」
「薪割りを」
え? あ……そうだ、何か出来る事はないかと言われた時、薪割りをしてくれると助かると言った覚えがある。けれどあれは、彼が元気になった前提で話したことだ。どうみても完全に回復したとは言えない。
「もう少し元気になってからの方が良くないですか?」
「……大丈夫だ」
オーギュストはそう答え、扉を開けて出ていった。
本当に大丈夫かしら?
フルールはそう思い、こっそり覗きに行けば、リズミカルな薪割りの音が聞こえてくる。どう見ても手慣れていた。フルールは目を丸くする。
王子様なのに薪割りをするの?
「うまい、ですね?」
「遠征先で散々やったからな」
目を向けぬままオーギュストが答える。
遠征先……そうだわ、オーギュスト殿下は自分で軍を率いて戦う方だった。もしかしていろんな雑用もご自身でやられるのかしら?
フルールのその予想は当たっていて、しばらくすると料理も手伝ってくれるようになり、毎日が楽しかった。川から水を汲んでくる作業も、家の修繕もこなしてくれ、オーギュストは本当に働き者だった。男手があるだけでこんなにも楽になるのだと知り、嬉しくて仕方がない。
「よう、フルール」
ある日、森にある自分の住まいに、突如押しかけてきた男を目にして、フルールは顔をしかめた。王都の市場で化粧品を売っているロニーである。一度口紅を安く融通してもらったことがあるのだが、それ以降、こうして付き纏われる羽目となった。本当にしつこい……
「少しは付き合えよ。デートくらいしてくれっていいじゃねぇか、なぁ?」
「嫌だったら! 離して、離してったら!」
自分の手を掴んで引っ張り始めたロニーに、フルールは抵抗する。
化粧品を安く融通してもらったことは感謝しているが、まったくもって自分のタイプじゃない。うぬぼれが強くて、女は自分に惚れて当たり前だと思っているような男である。そんな男に甘えたこと自体が間違いだったのかも知れないけれど……
フルールを引っ張っていたロニーの手を掴んで止めたのは、オーギュストだった。
「何だ、てめぇは?」
ロニーが胡散臭げな目を向け、顔を布で覆ったオーギュストは無言のまま手の圧力を強めた。ミシリという音が聞こえたような気がする。ロニーは悲鳴を上げ、フルールから手を離した。
「こいつ!」
オーギュストに殴りかかったが、すっと避けられ、たたらを踏んだロニーは泥水の中へ突っ込む羽目となり、ますますいきり立った。
「この野郎!」
「もう、帰って、帰ってったら!」
フルールが声を荒げるも、ロニーは引かなかった。腰のナイフを引き抜いたからたまらない。
「ちょ、ちょっと! 止めて、止めてよ!」
ロニーがナイフを振りかざすも、そのナイフをオーギュストが靴先で蹴り上げた。キラリと空中で光ったそれをオーギュストが受け止める。
オーギュストが手にしたナイフを閃かせれば、空気を切り裂くような音が走った。独闘、とでもいうのだろうか? 虚空で振り回すオーギュストのナイフの動きがあまりにも鮮やかすぎて、フルールは見惚れてしまった。相当使い慣れていると分かる。
ロニーにじわりと汗が浮かぶ。まずい相手に喧嘩を売ったと悟ったか、ころりと態度を変えた。
「ま、こ、この辺で勘弁してやらぁ!」
完全に気圧されていることはあさっての方向に放り投げ、ロニーはそう言って逃げ去った。フルールは感激しきりだ。
「あ、ありがとう!」
「いや……」
身を翻したオーギュストの背をフルールが追う。
「でも、一発くらい殴っても良かったのに」
オーギュストの強さは市井でも有名だ。なにせ、聖王リンドルンの御業である矢切演舞を再現出来る。なのでそれくらい簡単だろうとフルールは思ったのだが、オーギュストの返答は素っ気ない。
「……ああいった手合いは、やり過ぎると恨みを買うぞ?」
「あ、そ、そうね。やり過ぎは、良くないわよね。追い払ってくれてどうもありがとう」
フルールは再度礼を言い、覆面をしたオーギュストの姿に熱い視線を送る。助けてもらったことが嬉しくて仕方がない。このままここにいて欲しいと思う気持ちはますます強くなるばかりだったが、ふっと見ると、彼は城の方角に目を向け、じっとしていることがある。
城に残してきた奥方の事を思っているのだろうか?
フルールはむくれた。ブリュンヒルデの噂を聞いていただけに、フルールは面白くない。買い物に行くたびに彼女の悪評は広まっている。
「ブリュンヒルデ様の事なら心配いりませんよ。ハインリヒ陛下と上手くやっているようですから」
突き放す勢いでフルールが言う。オーギュストは眉をひそめた。
「……どういう?」
「ブリュンヒルデ様はハインリヒ陛下の子供を身ごもったようです。もう、王都ではその話でもちきりですよ。ブリュンヒルデ様はこのまま陛下の側室になるだろうってもっぱらの噂で」
フルールが憤然と言う。
殿下が処刑されてから僅か一ヶ月でこれって、ちょっと酷くないですか?
フルールはそう続けようとしたものの、その前に腕を強く掴まれ、フルールはびっくりした。美麗なオーギュストの顔が目の前にあったが、その表情が真剣すぎて、見惚れる前に驚いた。その眼差しが怖いくらいである。
「子供? ブリュンヒルデの腹に子が?」
「え、ええ。その、ハインリヒ陛下の子……」
「違う!」
オーギュストが叫び、フルールは混乱した。
え? ち、違う? でも……王室から出ている情報だ。まったくのデタラメというわけでもないだろうにとフルールは思う。
「まさか……ヒルデはまだ王城にいるのか?」
オーギュストはそう呟き、急ぎ小屋へと駆け戻った。慌ててフルールが後を追えば、オーギュストはマントを羽織り、ナイフを身につけ、ロープを持っている。どう見ても出かけようとしていて、フルールは仰天した。
「あ、あの、どこへ?」
「……私が帰ってこなくても気にしなくていい」
黙々と作業を続けつつ、オーギュストが言う。
「気にしなくていいって、気になりますよ!」
「私の事は探すな。お前達の身が危なくなる。今まで通りの生活をしろ」
オーギュストはそう告げ、身を翻す。マントの影すら掴ませず、その場から駆け去った。あっという間に姿が見えなくなる。フルールはへたりこんだ。まさか、まさか自分の話でこんな事態になるとは思ってもみず、フルールは後悔しきりである。
王都での噂話なんか口にするんじゃなかった……
そう思っても後の祭りであった。
オーギュストが倒れてから早二週間が経ち、当初目にした彼とは別人である。落ちた体重はまだ戻っていないが、彼が持つ美貌が今でははっきりと分かる。
綺麗……
フルールはそう呟いてしまう。
当初は獄中生活のせいで血と垢まみれで、とても見れたものではなかった。異臭が漂い、髭も髪も伸び放題で、どこの浮浪者かと思ったほどだ。それが、こうして身なりを整えると、王者の風格と美しさが渾然一体となって、どうしても見惚れてしまう。濃い陰影を落とす顔の造形は憂いを含んで美しく、艶やかな黒髪は白い肌によく映える。
そして何より印象的なのがグリーンアイである。蠱惑的とでもいうのだろうか、見つめられただけで心臓が高鳴ってどうしようもない。遠目で見た事はあったけれど、ここまでとは思わなかった。彼に微笑みかけられただけで恋に落ちる者もきっといるに違いないと、フルールは思う。自分もその一人だったが……
「殿下、スープのお代わりは如何ですか?」
年老いた祖母がそう勧めると、すかさずフルールが立ち上がる。
「あ、私が! 私がやるわ!」
オーギュストが手にしていた皿を奪い取るようにして受け取り、スープをそそいだ。
「ど、どうぞ!」
「ああ、ありがとう」
オーギュストに礼を言われただけで舞い上がってしまう。スープを口にするオーギュストを、フルールはまじまじと見つめてしまった。
本当に綺麗。でも、全然女っぽくないのよね。精悍、ていうのかしら? 威厳があって涼やかで男らしい……ああもう、素敵素敵素敵! バークレア伯爵様は冤罪だとそうおっしゃっていたわ。そうよ! オーギュスト殿下が素晴らしい方だって、平民の私だって知っているくらいだもの。絶対冤罪に決まっている!
フルールが一人身悶えていると、ダニーに突っ込まれた。
「……ねーちゃん」
「何?」
「そこに突っ立って、じーっと眺めていたら殿下に失礼だよ。ねーちゃんも食べた方がいい」
呆れたような口調である。
「あ、そ、そうね!」
慌ててフルールは自分の席についた。テーブルについて同じように粗末な食事を口にしつつも、やっぱり彼の横顔に見入ってしまう。
寡黙、なのよね。あんまり喋らないわ。
彼の声が聞けたらいいのにと、フルールは思ってしまう。声もまたうっとりするほどの美声だ。いつまでも聞いていたい。
「あ、あの!」
食事途中でフルールがオーギュストに声を掛ける。
「殿下はこれからどうなさるつもりですか?」
「……国外へ行く」
その答えを聞いて、フルールはがっかりする。犯罪者として処刑されたのだから、わからないでもないが、もう、追われている身ではない。死刑判決を下した者達はオーギュストが死んだものと思っている。彼は自由なのだ。平民として生きていくのなら、このままここにいてもいいのにと、フルールは思ってしまう。
「ここでしばらく療養しませんか?」
「私が見付かったら全員処刑だぞ?」
オーギュストの指摘に、フルールはびくりとなる。
「国内にいると、誰かに見付かる可能性が高い。私の顔は皆知っている」
それは、そう、だけど……
オーギュスト殿下の絵姿は人気で、市井にも出回っている。知らない者はいないくらいだ。でも、出来ればここにいて欲しいとフルールは思う。
このままずっと自分の傍に……
食事が終わると、オーギュストが立ち上がり、顔を布で覆ったのを見て、フルールは慌てた。
「あ、あの、どこへ?」
「薪割りを」
え? あ……そうだ、何か出来る事はないかと言われた時、薪割りをしてくれると助かると言った覚えがある。けれどあれは、彼が元気になった前提で話したことだ。どうみても完全に回復したとは言えない。
「もう少し元気になってからの方が良くないですか?」
「……大丈夫だ」
オーギュストはそう答え、扉を開けて出ていった。
本当に大丈夫かしら?
フルールはそう思い、こっそり覗きに行けば、リズミカルな薪割りの音が聞こえてくる。どう見ても手慣れていた。フルールは目を丸くする。
王子様なのに薪割りをするの?
「うまい、ですね?」
「遠征先で散々やったからな」
目を向けぬままオーギュストが答える。
遠征先……そうだわ、オーギュスト殿下は自分で軍を率いて戦う方だった。もしかしていろんな雑用もご自身でやられるのかしら?
フルールのその予想は当たっていて、しばらくすると料理も手伝ってくれるようになり、毎日が楽しかった。川から水を汲んでくる作業も、家の修繕もこなしてくれ、オーギュストは本当に働き者だった。男手があるだけでこんなにも楽になるのだと知り、嬉しくて仕方がない。
「よう、フルール」
ある日、森にある自分の住まいに、突如押しかけてきた男を目にして、フルールは顔をしかめた。王都の市場で化粧品を売っているロニーである。一度口紅を安く融通してもらったことがあるのだが、それ以降、こうして付き纏われる羽目となった。本当にしつこい……
「少しは付き合えよ。デートくらいしてくれっていいじゃねぇか、なぁ?」
「嫌だったら! 離して、離してったら!」
自分の手を掴んで引っ張り始めたロニーに、フルールは抵抗する。
化粧品を安く融通してもらったことは感謝しているが、まったくもって自分のタイプじゃない。うぬぼれが強くて、女は自分に惚れて当たり前だと思っているような男である。そんな男に甘えたこと自体が間違いだったのかも知れないけれど……
フルールを引っ張っていたロニーの手を掴んで止めたのは、オーギュストだった。
「何だ、てめぇは?」
ロニーが胡散臭げな目を向け、顔を布で覆ったオーギュストは無言のまま手の圧力を強めた。ミシリという音が聞こえたような気がする。ロニーは悲鳴を上げ、フルールから手を離した。
「こいつ!」
オーギュストに殴りかかったが、すっと避けられ、たたらを踏んだロニーは泥水の中へ突っ込む羽目となり、ますますいきり立った。
「この野郎!」
「もう、帰って、帰ってったら!」
フルールが声を荒げるも、ロニーは引かなかった。腰のナイフを引き抜いたからたまらない。
「ちょ、ちょっと! 止めて、止めてよ!」
ロニーがナイフを振りかざすも、そのナイフをオーギュストが靴先で蹴り上げた。キラリと空中で光ったそれをオーギュストが受け止める。
オーギュストが手にしたナイフを閃かせれば、空気を切り裂くような音が走った。独闘、とでもいうのだろうか? 虚空で振り回すオーギュストのナイフの動きがあまりにも鮮やかすぎて、フルールは見惚れてしまった。相当使い慣れていると分かる。
ロニーにじわりと汗が浮かぶ。まずい相手に喧嘩を売ったと悟ったか、ころりと態度を変えた。
「ま、こ、この辺で勘弁してやらぁ!」
完全に気圧されていることはあさっての方向に放り投げ、ロニーはそう言って逃げ去った。フルールは感激しきりだ。
「あ、ありがとう!」
「いや……」
身を翻したオーギュストの背をフルールが追う。
「でも、一発くらい殴っても良かったのに」
オーギュストの強さは市井でも有名だ。なにせ、聖王リンドルンの御業である矢切演舞を再現出来る。なのでそれくらい簡単だろうとフルールは思ったのだが、オーギュストの返答は素っ気ない。
「……ああいった手合いは、やり過ぎると恨みを買うぞ?」
「あ、そ、そうね。やり過ぎは、良くないわよね。追い払ってくれてどうもありがとう」
フルールは再度礼を言い、覆面をしたオーギュストの姿に熱い視線を送る。助けてもらったことが嬉しくて仕方がない。このままここにいて欲しいと思う気持ちはますます強くなるばかりだったが、ふっと見ると、彼は城の方角に目を向け、じっとしていることがある。
城に残してきた奥方の事を思っているのだろうか?
フルールはむくれた。ブリュンヒルデの噂を聞いていただけに、フルールは面白くない。買い物に行くたびに彼女の悪評は広まっている。
「ブリュンヒルデ様の事なら心配いりませんよ。ハインリヒ陛下と上手くやっているようですから」
突き放す勢いでフルールが言う。オーギュストは眉をひそめた。
「……どういう?」
「ブリュンヒルデ様はハインリヒ陛下の子供を身ごもったようです。もう、王都ではその話でもちきりですよ。ブリュンヒルデ様はこのまま陛下の側室になるだろうってもっぱらの噂で」
フルールが憤然と言う。
殿下が処刑されてから僅か一ヶ月でこれって、ちょっと酷くないですか?
フルールはそう続けようとしたものの、その前に腕を強く掴まれ、フルールはびっくりした。美麗なオーギュストの顔が目の前にあったが、その表情が真剣すぎて、見惚れる前に驚いた。その眼差しが怖いくらいである。
「子供? ブリュンヒルデの腹に子が?」
「え、ええ。その、ハインリヒ陛下の子……」
「違う!」
オーギュストが叫び、フルールは混乱した。
え? ち、違う? でも……王室から出ている情報だ。まったくのデタラメというわけでもないだろうにとフルールは思う。
「まさか……ヒルデはまだ王城にいるのか?」
オーギュストはそう呟き、急ぎ小屋へと駆け戻った。慌ててフルールが後を追えば、オーギュストはマントを羽織り、ナイフを身につけ、ロープを持っている。どう見ても出かけようとしていて、フルールは仰天した。
「あ、あの、どこへ?」
「……私が帰ってこなくても気にしなくていい」
黙々と作業を続けつつ、オーギュストが言う。
「気にしなくていいって、気になりますよ!」
「私の事は探すな。お前達の身が危なくなる。今まで通りの生活をしろ」
オーギュストはそう告げ、身を翻す。マントの影すら掴ませず、その場から駆け去った。あっという間に姿が見えなくなる。フルールはへたりこんだ。まさか、まさか自分の話でこんな事態になるとは思ってもみず、フルールは後悔しきりである。
王都での噂話なんか口にするんじゃなかった……
そう思っても後の祭りであった。
感想 1,157
あなたにおすすめの小説
初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました
夫婦となって初めて迎えた夜、セレンティアは夫リオールから「俺には、愛する人がいる」と告げられる。
彼が初夜を済ませた理由は、三年後に白い結婚として婚姻無効を申し立てられないようにするためだった。
けれどリオールは知らなかった。セレンティアの祝福《一日回帰》が、自分自身の身体にも使えることを。
セレンティアは自分の身体の時間を一日前へ戻し、三年間、侯爵家の妻として務めを果たすことを決める。
夫に愛されるためではない。三年後、白い結婚としてこの家を出ていくために。
【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します
「子供っぽい嫉妬はやめろ」私が命懸けで出産した日、夫のヴィンセント侯爵は初恋の人の所へ行ってしまった。理由を説明して欲しいと言うと、子供っぽい嫉妬をやめろと厳しい声で言われてしまう。しかも初恋の相手がいきなりやってきて「侯爵様は昔から私を命懸けで助けてくれるんです」と悪びれもせずに言い放った。妻よりも初恋相手を優先する夫は必要ないので私は夫を初恋相手へ返品した。すると生まれてから一度も人に頭を下げたことのないヴィンセントが、ボロボロになって私に頭を下げてきて⋯⋯。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
妹ばかり愛した家族へ。私が王太子妃になった日、皆さんは謝りました。けれど、もう遅いのです
幼い頃から妹の引き立て役として生き、婚約者まで奪われて家を追放された侯爵令嬢エレナ。
傷ついた彼女が助けた青年は、身分を隠した王太子だった。
一年後、王太子妃となったエレナの前に現れたのは、今さら「家族だから」と擦り寄ってくる両親と妹。
けれど彼女は、もう二度と振り返らない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。