レナードの追憶:後編
子爵邸の廊下を歩きながら、オーギュストの背に向かって、レナードがそう口にする。オーギュストは振り返らない。
「……王家の影は任務中に亡くなった場合、残された家族の面倒は王家が生涯みるものだ」
「そうなのか?」
「そういう契約になっている。なのにあれはそれを放棄した」
忌々しげにオーギュストが舌打ちを漏らす。
あれ……ハインリヒ陛下のことだよな?
「まぁ、確かに俺はお袋共々王家に世話になったことなんてねーけど、なんであんたがそれを肩代わり? ああ、貴族だからか?」
「そう思って貰っていい」
やはりオーギュストは振り向かない。
と、その目線が窓の外を向き、レナードもつられてそちらを見ると、五、六才くらいの金髪の可愛らしい女の子が、鍬を持って一生懸命畑を耕していた。少女の笑顔にオーギュストが目を細め、まただ、とレナードは思う。眼差しが柔らかい。
「可愛い子っすね?」
「ああ、自慢の娘だ」
視線を外すことなくオーギュストが肯定する。
ということは、あの子がローザ?
「お嬢様!」
そうローザに声をかけたのは、二十代くらいの侍女らしき女性だった。ふわふわの茶色の髪をした明るい笑顔を振りまく女性である。
「新しい芋の苗が届きましたよ! ほら、見てください! こんなにたくさん!」
「わぁ! アンバー、ありがとう!」
ローザの可愛らしい幼顔がふわりと綻んだ。本当に可愛らしい。
しかし、芋の苗に喜ぶ令嬢って……
レナードはぷっと吹き出してしまった。
普通はドレスや宝石を喜ぶと思うけれど、変わったお嬢ちゃんだ。
「声をかけなくていいのか?」
背を向けたオーギュストをレナードが呼び止める。
「あの芋の苗、手配したのあんただろ? 机の上にあった注文書を見たよ。顔を見せてやれば喜ぶんじゃないか?」
「……あの子は喜ばない」
素っ気ないオーギュストの返答をレナードは怪訝に思う。
そんなことはねーと思うけど。父親なんだし……あー、無愛想だから怖いとか?
後日、その考えを肯定するかのように、レナードはがちごちに緊張したローザを目にすることになる。
「ご機嫌よう、お父様!」
ドルシア子爵邸でばったり出くわした時の出来事だ。
侍女のアンバーを連れたローザがドレスをつまみ、淑女の礼である。窓から目にした姿は作業着姿で、まるで使用人の子のように見えたが、こうして身なりを整えると目の覚めるような器量よしだ。しかも、緊張で顔を真っ赤にしている様がさらに可愛らしい。
けど……
レナードはちらりとオーギュストに視線を向け、内心ため息だ。
親子なのに、まるで教官とその部下みてー……。こんな年端もいかない子なのに、父親の前で緊張しっぱなしって……どんだけ厳しいんだよ。俺の親父もきつかったけどここまでじゃなかったぞ? ちょっとやり過ぎてねーか?
「ご機嫌よう、ローザ」
オーギュストが笑いかけるも、ローザの緊張がほぐれることはない。淑女の礼をしたままだ。見かねたレナードがふいっとローザの横に立ち、金の頭をわしわしと撫でた。ローザはきょとんとし、侍女のアンバーが目を剥く。
「ちょっ! な、なんなんですかあなたは! い、いいいいきなりローザ様に何をするんですか! レディの体に不用意に触れるなど、ぶ、無礼千万ですわ!」
幼いローザを庇うようにアンバーが割って入り、レナードはひょいっと肩をすくめる。
「だってよ……他人行儀過ぎて見てられねーっての。あんたもさ、無愛想も大概にしろって。可愛いって思ってんなら態度に出さないと。な?」
オーギュストに向かってレナードがへらへらと笑い、アンバーは卒倒しそうな勢いだ。
「旦那様に向かって、あ、あんたって……こ、言葉遣いも! その軽薄な態度も直しなさぁい! 旦那様は貴族です! 子爵ですよ!」
「俺はその客人なんだから、大目に見てくれよ。な? ほら。子供ってのは頭を撫でてやれば喜ぶもんだよ。スキンシップも大事だぜ?」
レナードにせっつかれ、オーギュストが手を出せば、ローザの肩がびくりと震える。目をぎゅっと瞑り、まるで殴打にでも身構えているかのよう。どう見ても怯えている。それを目にしたオーギュストの手が一瞬止まったが、そのままローザの頭を軽く撫で、立ち去った。一人その場に残ったレナードがローザに声をかけた。
「なぁ、お前、父ちゃんが怖いか?」
「……はい」
ローザの返事に、レナードはなんとも言えない気持ちになる。
アンバーがぽつりと言った。
「旦那様はお優しい方です。ローザ様はほんの少し誤解をなさっているだけで……」
誤解、ねぇ……
レナードは今一度ローザの頭をわしわし撫で、オーギュストの後を追った。重厚な黒い背に追いつくと、レナードは先程の出来事を取り繕った。
「俺の親父も強引でおっかなかったけど、俺は好きだったよ」
「……アリソンはいい息子を持ったようだな?」
オーギュストに失笑され、レナードは押し黙る。なんと言えばいいのか分からない。この時の出来事は後味が悪く、交流をごり押ししたのは失敗だったかと思ったが、その後、レナードはやたらとローザの頭を撫でるオーギュストを目にすることになる。
「お父様?」
「ご機嫌よう、ローザ」
朝食時の出来事だ。
オーギュストに頭を撫でられて、目の玉がこぼれ落ちそうになっているローザと、一生懸命愛娘と交流をしようとしているオーギュストを目にして、レナードは笑いが込み上げて仕方がない。あの一件以来、朝の挨拶や食事時など、娘と顔を合わせるたびにこれである。重厚な彼の不器用な愛情表現は、妙に笑いを誘う。
ちょ、なんだ、これ……。やっぱりもの凄く可愛いと思っているのか? それで一生懸命頭を撫でて、愛しているアッピール?
レナードは笑いをこらえるのが大変だった。
――旦那様はお優しい方です。ローザ様はほんの少し誤解をなさっているだけで……
は、はは、確かにこれならな。
侍女アンバーの言葉が今なら分かる気がして、レナードは二人の姿に目を細める。それから程なくして例の結果とやらが出た。
オーギュストに呼び出されたレナードが応接室に入ると、ソファに腰掛けたオーギュストがいて、傍にザインが立っている。勧められるままソファにレナードが座ると、待機していた侍女は茶を入れて退出した。
「え……親父は同じ影に始末された?」
オーギュストから告げられた真実に、レナードはショックを隠せず呆然となる。
事故じゃなかった? 親父は殺されていた……
「謀反人に味方する反逆者、そういった扱いだったようだ」
調査報告書らしき紙を、オーギュストがばさりとテーブルに置く。
「い、いや、でも! 単なる調査だろ? 殿下の身の潔白を証明しようとしただけで、なんだよ、それ! 後ろ暗いところがないなら、なんで!」
「国王となったハインリヒに始末しろと言われれば影はそれに従う」
レナードがぐっと拳を握る。
「……あんたは親父を殺った奴を知っているのか?」
「知っている。敵を取りたいか?」
「当たり前だ!」
「なら、残念だが協力は出来ない。そいつは今、私の味方となっている」
「あんたもグル?」
「違う」
白い仮面を取れば、そこにあったのはオーギュストの顔だ。レナードはもちろんオーギュストの顔を知っている。絶句した。なんて言っていいのか分からない。
「あ……オーギュスト殿下?」
「そうだ」
レナードは目を細める。
太陽のようなと形容されるほど温かかった緑の瞳はそこにはなく、凍てつく氷のような瞳に気圧されたが、間違いなくオーギュスト殿下だった。温かさが消えた分、持って生まれた美貌が研ぎ澄まされ、ぞくりとするほど美しい。
レナードがごくりと喉を鳴らす。
「な、なんで、生き、生きて……」
「冤罪をかけられ、処刑されそうになったが助け出された」
「もしかして親父が?」
「いや、アリソンは私が牢獄に囚われている間に始末されたようだ」
残念だと口にするオーギュストを、レナードはまじまじと見た。
「冤罪、なんですね? 親父の推測通り……」
「そうだ」
「親父を殺した奴は……ああ、最初はハインリヒ陛下の命令に従い、その後はオーギュスト殿下が冤罪だと知ってあなたに従った、そういうことですね?」
「ああ」
「……は、はは。なら、俺の本当の仇はハインリヒ陛下か……」
肩を落としたレナードの耳に、オーギュストの声が滑り込む。
「以前言ったように、影が任務中に亡くなった場合、その家族の面倒は王家が見る決まりだ。だからお前とお前の母親の面倒は私が見よう」
レナードは怪訝な顔だ。
「任務中って……任務だったって認めてくれるのか?」
親父が勝手に動いたのに、レナードがそう呟く。
「私の冤罪を晴らそうと動いた。忠義には報いる」
「ははは、親父が聞いたら喜ぶな。あんたに心酔してたから……」
ザインに差し出された酒をレナードは口にし、その眼差しがオーギュストを捉える。決意に満ちた瞳だ。
「俺、このままあんたの護衛を続けたい、いいか?」
「金なら……」
レナードはオーギュストの言葉を遮った。
「金の問題じゃない。俺がそうしたいんだ。親父の意志を継ぎたい。それに、あんたといればまたあんたの演奏を聴けるだろ? 好きなんだ、あんたの演奏が」
レナードが泣き笑いのような表情を浮かべる。その顔をじっと見つめたオーギュストは、やがてぽつりと言った。
「……好きにしろ」
「ジャック様! 流石にそれは……アリソンの息子とはいえ、彼は影としての訓練をうけてはいませんよ?」
オーギュストが片手を上げ、ザインの言葉を止めた。主人であるオーギュストにいいと言われれば、ザインは黙らざるを得ない。
不満そうなザインの様子をレナードは無視してのける。
「なぁ、もしかしてあんたも親父と同じ王家の影か? だったら、俺を鍛えてくれよ。殿下の護衛にふさわしいくらいになるまで」
「……私の訓練は厳しいですよ?」
「ははは、そうこなくっちゃ」
ザインの返事にレナードが口角を上げた。
「優秀な影だった親父に乾杯」
そう告げ、レナードは手にした酒を飲み干した。
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みんなの感想(1,157件)
ようやく文庫版の2巻が読めたので…番外編のお礼にw
ローザ様の子供時代にあんなに平和な場面があったのか〜連弾〜(´;ω;`)
アンバーが泣いてるのみてウルッと来ました。
そうよな〜普通だったら父娘で当たり前にあったはずの光景だもんな~!
ここに本当なら笑顔のヒルデ様も加わってたんだよなー!
ヒルデ様至上主義のアンバーからしたら、嬉しさが殆どだけど、ヒルデ様にも見せたかった切なさが混じるよね〜分かる分かる…な番外編でした!
眼福でございました!
ありがとうございます!
あと『たわけ』ですが、古語の『戯け(わたけ)』(ばかげたことをする)から来ており、戯け者=愚か者の意味があります。
ですので『たわけ!』は全国で使われていて、別に一部地方の方言って程方言ではないのです。
北海道でも使いますしw
これが『ねるな!あんぽんたん!』だったら宮崎か青森か京都か大阪辺りに限定されますが。
安本丹も漢字あるんだな〜。
コミック4巻がようやく届きまして…本編も素晴らしかったのですが、番外編も素晴らし過ぎてお礼しかありません。
眼福!!
ありがとうございます!
ありがとうございますッ!!!!(クソデカボイス)
あんなに幸せな時代もあったのに〜この先の事を考えると…(´;ω;`)ブワッ
あとエクトル氏の子供時代が可愛いすぎて萌えました…リンドルン王国の貴族女児よ、なぜこんな可愛い子を放っておけたのだ?!
オーギュスト殿下の麗しの顔面が眩し過ぎて目が霞んだか?
かすみ目で見えなかったのか?
リンドルン王国から貰って帰りたいwww
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