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第三章 愛と欲望の狭間
第百十四話 シリウスの独白
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出会った当初、ティナは他と何ら変わらない少女だった……
贈り物として受け取ったはずの菓子を、妹に取られそうになって、泣きそうになっているごく普通の子供だ。
ほんの少し気になったのは、煌びやかな妹の装いに対して、主賓であるはずの姉の装いが、酷くシンプルだったこと。宝石の一つも身につけていない。それならばと予定を変更し、宝石商を呼びつけ、ブルーダイヤのブレスレットを贈ることにした。入荷したばかりだという。
本当に単なる気まぐれに近い。シンプルな彼女の装いが気になっただけ。本当にただそれだけだ。
――後で同じものを買ってあげます。だから、それはジーナにあげなさい。それくらい何ですか。そんな我が儘な子に育てた覚えはありませんよ。
母親がそう言って幼いティナを叱り付けた。
眉をひそめた覚えがある。可笑しな言い分だと思った。後で同じものをと言うのなら、取り上げる必要などない。
――なら、妹の方に、後で同じものを買ってやればいい。
放っておいても良かったはずなのに、つい口が出てしまった。泣きそうで泣かない……必死で耐えている、そんな彼女の様子が気になって……
――え、ですが……妹はまだ幼いので……
母親の言い分にこれまた眉をひそめてしまう。
幼い? 大した違いなどない。一体どこに目が付いているのか。こうして改めて姉妹を見比べてみて、姉は痩せすぎだと思った。姉だというのに妹と体格が変わらない。背格好だけを見るなら、姉妹の立場が逆転しそうだ。
――幼い? 私の目にはどちらも幼く見える。大した違いなど無いだろう。そのプレゼントは、ブランジット卿が彼女に与えたものだ。姉だから妹だから、という言い分はおかしいのでは?
そう言って叱り付け、母親の行為を止めた。
日常の中のほんの些細な出来事だ。
――は、初めまして、公爵様! 私はスワンド伯爵が娘、セレスティナ・スワンドと申します。
頬を上気させ、一生懸命、大人の真似事をする彼女が可愛らしかった。ただ、それだけのはずだったのに……
――……これの内容を理解出来る?
再び出会った王立図書館での出来事は衝撃だった。
心底驚いた。ティナが手にしていたのは、魔工学の上級専門書だったのだ。この理論を理解出来るものは、魔工技師の中でも一割にも満たない……それをこの少女が?
女の天才などいない……
そんな知人の言葉がふっと浮かんだ。
いや、彼だけではない、誰もが口をそろえて言う。女は男より劣った生き物だと。馬鹿馬鹿しい考えだと思う。そも、男はその女の腹から生まれているではないか。そんなくだらない考察をするより、研究にいそしめばいいものをと、興味もなかったので、話半分で聞き流していたが……
もし、いたとしたら?
ぞくりとした興奮を覚えた。もしも、彼女が自分と同じ高みにまで登れる頭脳の持ち主なら、育ててみたい。未知の可能性が花開く瞬間をこの目で見てみたい。
それは渇望だったのかもしれない。
そうだ、自分を理解してくれる者が欲しかった。諦めていたはずなのに、諦めきれなかったのだと後になって知る。
――シリウス様の見合い相手として……
ティナにそう言われた時は仰天した。
養女として迎えたい、そう希望したが、流石にそれは考えていなかった。たった十五才の少女では、自分の年を考えると無理がありすぎる。
そう考え、その時は冗談事として片付けたが、その提案がその後、酷く魅力的であることに気付かされる。
言葉は有限で、いつだって伝えられる真実は限定されてしまう。相手の中にない感覚を伝えることは出来ない。相手が自分と同じ感性を持っていなければ駄目なのだ。
――世界を作った神の設計図は素晴らしいが……
あれの性根が気に食わない。そう続けようとした。
これもまた日常の中のほんの些細な出来事だった。些細な出来事のはずだった。愚痴などしょっちゅう口にしていたから。
――は、はい、とても素晴らしいと思います。でも、見えたと思ったら、消えてしまいます。つかまえるのがとても大変で……
ティナのその返答を聞いて、怪訝に思った。愚痴を言うはずが、その言葉が途中で消えてしまったほどだ。理解された?
――見た事が?
――ええ、その……シリウス様に触れている時に、何度か……
そう言って、はにかむように笑う。
私に触れている時に? そうだ、彼女に触れていると心地良い……だからつい、こうして手袋を外すようになった。他者との接触を苦手とする私が、だ……
心か? 魂か? 分からない。
だが、彼女が自分と似た感性を持っていることは確実だろう。自分の語る言葉を理解されることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
自分は当たり前のように見ている世界が、他の者には感じられない、見えないのだと知った時の落胆はいかほどか。自分が垣間見た設計図の素晴らしさを語っても、どうやら理論そのものが突飛すぎるようで、理解されない。馬鹿馬鹿しいと一蹴されることもある。
それなのに、彼女にはそれが分かる。まだまだ拙いが、自分と同じ世界に触れているのだと分かる。それがどれほどの喜びか、彼女は知らない。
養女ではなく、未来の伴侶として……
そんな考えが浮かんでは消える。
年を度外視すれば、彼女は自分の理想だった。ティナは自分と同じ目線で同じ夢を語る者だ。何より、自分が見る世界を理解してくれる者が、この世界広しといえど、一体どこにいる?
そう思っても、常識が邪魔をした。
馬鹿なことを考えるなと。十八もはなれた子供と婚約など、とんでもない。自分の欲のために、こんな年端もいかない少女の一生を犠牲にするつもりかと。
彼女は何も分かっていない。大人のずるさも汚さも。純粋さゆえに恐れを知らない。それが功を奏する場合もあるが、大抵はずる賢い大人の餌食だ。
この場合は私か……
世俗と隔絶して、世間知らずのまま育てれば、いくらでも丸め込んで、自分の手元に置ける。自分のものにできる。それこそいいように操れるだろう。
けれど、それが何を意味するか……
鎖でがんじがらめになった鳥は、どうなるのだろうな? 生きながら死せる者となりはしないか? 呼吸するだけの屍に……そうさせたくはなくて、なけなしの父性を振り絞って、一旦は手放した。自分で未来を選択出来る大人になるまで、待つつもりだった。手放したつもりだったが……
――バーデ侯爵閣下だぞ? またとない良縁だ。
どこが良縁だ! 女好きのくそ野郎だ! 私よりも更に十以上も年が離れている! こんな話をティナにしたスワンド伯爵に、殺意にも似た感情が湧き上がった。今すぐにでもティナをオルモード家に引き取ろう……そう思ったが、祖母の体調を理由に、ティナ自身に断られてしまった。
――でも! 長距離の移動は、お祖母様の体の負担になるかも!
仕方がない。彼女の希望が優先だ。イライラしながらも、彼女の動向を見守ったが、目にした光景に我を忘れた。
――さあ、セレスティナとやら。わしの可愛い花嫁!
ヘニング公爵がそう口にして、両手を広げたのだ。
ティナを抱きしめようとでもするように。
かっと頭に血が上った。この色ぼけジジィが! 開発したばかりの魔道具で空間をわたり、滅多打ちだ。
私のティナだ、私のものだ!
自分の激高を止められなかった。荒れ狂う激情に引きずられる。独占欲が強いことは自覚していた。自覚してはいたが……まさかここまでとは、自分でも呆れた。
だが、どうしようもない。ティナは生まれて初めて見つけた宝だった。自分の見る世界を理解出来る者がどこにいる? 二つとない珠玉。その価値の分からぬものに触れて欲しくない。名を呼ぶことさえ、腹立たしい。
――オルモード公爵閣下、ご婚約おめでとうございます。
スチュワートにそう告げられ、血が凍った。
いったいどこから今回の騒動が漏れたのか……
まずいと思った。このままいけば、絶対にティナを手放せなくなる。ティナの翼を手折っても、手元に置こうとするだろう。自分の欲を優先させてしまう。地に落ちた小鳥が脳裏に浮かび、心底焦った。駄目だ駄目だ駄目だ、そう思うのに、バーニーの台詞で後戻りは無理なのだと知る。
――へー? 勘違い? あ、そうなんだ? なら、セレスティナ嬢はフリーって事? じゃあ、僕の息子と婚約なんてのは……
自分は既にティナに執着している。この調子では、必ず、そうだ、必ず彼女に近付く者を排除するに決まっている。知力財力権力を駆使して。もはや手遅れか……
――あの、シリウス様? 私、とっても嬉しいです。
唯一の救いは、彼女が自分との婚約を喜んでくれたこと。
これもいつまで持つか怪しいが……
彼女は若い。可能性の先を知らない。知らないが故の純粋さは真っ直ぐだが、酷くもろい。大切にしていたものが、急に色褪せて見えることもある。成長過程では、これはままあることだ。珍しいことじゃない。だからこそ危機感を抱く。
大きく育った彼女の目に、私はどのように映るのか……
たとえ拒絶されたとしても、このままでは手放せないに違いない。どんな手を使っても引き止めようとするだろう。サマンサの時のように……
それが容易に想像出来てしまう。
だったら、最後の手段だ。ティナの翼を育てよう。
彼女が自分自身の手で、空高く飛べるよう最大限の助力を。自分の支配すらふりきって、大空に飛び立てるように。彼女が自分の意志で、希望の未来を選択出来るように……自分の手を弛めることが出来ないのなら、その支配を振り切れるだけの力を……
――自分で選択するんだ。自分でな。何のための自由意志だ?
あのぐーたらでさえ認めている自由意志で、自分の道を選択出来るように……ティナ、ティナ、私のティナ。愛している……
出来る事なら永久の愛を……
そうは思うが、心は移ろいやすく、愛もまた永遠ではない。
壊れてしまった愛を前に、立ち尽くす時もある。サマンサとの思い出が消えない、消えてくれない……あの幸せだった時は凍り付いたまま、心の奥底に封印されている。取り出すことも出来ずに、ただただ放置されたまま。
――氷を思い通りの形に出来たら面白いわ。
ああ、その技術はまだ生み出されていない。なのに、君はその設計図を描き上げた。私と同じように知恵の宝庫にアクセスしたのだろう。心を湖面のように研ぎ澄ませれば、そこに写るんだ、世界を作り上げた神の設計図が……
これを理解出来るのは君だけ、君だけなんだ……
君だけが私を理解出来る。
君だけが私の孤独を癒やしてくれる。
――ほんのちょっとのさざ波でも消えてしまうの。
そう、その通り……
ティナ、ティナ、私のティナ、君の傍は心地良い。抱きしめさせて欲しい、傍にいさせて欲しい。心が安らぐ、喜びで満たされる。君の存在そのものが喜びだ。暗闇に差し込む光だ。これからも同じ音を奏でて、同じ音を聞いて欲しい。そら、一緒に踊ろう。世界の不思議を紐解こう。共に神の設計図にアクセスし続けよう。君となら、そうだ、君とならもっと高く高く飛翔出来るはず。
ティナ、どうか、私を選んで欲しい。自由意志で、大人になったその目で選択するんだ。自分の未来を……
ティナ、ティナ、私のティナ、君と歩く未来を夢見ている。
贈り物として受け取ったはずの菓子を、妹に取られそうになって、泣きそうになっているごく普通の子供だ。
ほんの少し気になったのは、煌びやかな妹の装いに対して、主賓であるはずの姉の装いが、酷くシンプルだったこと。宝石の一つも身につけていない。それならばと予定を変更し、宝石商を呼びつけ、ブルーダイヤのブレスレットを贈ることにした。入荷したばかりだという。
本当に単なる気まぐれに近い。シンプルな彼女の装いが気になっただけ。本当にただそれだけだ。
――後で同じものを買ってあげます。だから、それはジーナにあげなさい。それくらい何ですか。そんな我が儘な子に育てた覚えはありませんよ。
母親がそう言って幼いティナを叱り付けた。
眉をひそめた覚えがある。可笑しな言い分だと思った。後で同じものをと言うのなら、取り上げる必要などない。
――なら、妹の方に、後で同じものを買ってやればいい。
放っておいても良かったはずなのに、つい口が出てしまった。泣きそうで泣かない……必死で耐えている、そんな彼女の様子が気になって……
――え、ですが……妹はまだ幼いので……
母親の言い分にこれまた眉をひそめてしまう。
幼い? 大した違いなどない。一体どこに目が付いているのか。こうして改めて姉妹を見比べてみて、姉は痩せすぎだと思った。姉だというのに妹と体格が変わらない。背格好だけを見るなら、姉妹の立場が逆転しそうだ。
――幼い? 私の目にはどちらも幼く見える。大した違いなど無いだろう。そのプレゼントは、ブランジット卿が彼女に与えたものだ。姉だから妹だから、という言い分はおかしいのでは?
そう言って叱り付け、母親の行為を止めた。
日常の中のほんの些細な出来事だ。
――は、初めまして、公爵様! 私はスワンド伯爵が娘、セレスティナ・スワンドと申します。
頬を上気させ、一生懸命、大人の真似事をする彼女が可愛らしかった。ただ、それだけのはずだったのに……
――……これの内容を理解出来る?
再び出会った王立図書館での出来事は衝撃だった。
心底驚いた。ティナが手にしていたのは、魔工学の上級専門書だったのだ。この理論を理解出来るものは、魔工技師の中でも一割にも満たない……それをこの少女が?
女の天才などいない……
そんな知人の言葉がふっと浮かんだ。
いや、彼だけではない、誰もが口をそろえて言う。女は男より劣った生き物だと。馬鹿馬鹿しい考えだと思う。そも、男はその女の腹から生まれているではないか。そんなくだらない考察をするより、研究にいそしめばいいものをと、興味もなかったので、話半分で聞き流していたが……
もし、いたとしたら?
ぞくりとした興奮を覚えた。もしも、彼女が自分と同じ高みにまで登れる頭脳の持ち主なら、育ててみたい。未知の可能性が花開く瞬間をこの目で見てみたい。
それは渇望だったのかもしれない。
そうだ、自分を理解してくれる者が欲しかった。諦めていたはずなのに、諦めきれなかったのだと後になって知る。
――シリウス様の見合い相手として……
ティナにそう言われた時は仰天した。
養女として迎えたい、そう希望したが、流石にそれは考えていなかった。たった十五才の少女では、自分の年を考えると無理がありすぎる。
そう考え、その時は冗談事として片付けたが、その提案がその後、酷く魅力的であることに気付かされる。
言葉は有限で、いつだって伝えられる真実は限定されてしまう。相手の中にない感覚を伝えることは出来ない。相手が自分と同じ感性を持っていなければ駄目なのだ。
――世界を作った神の設計図は素晴らしいが……
あれの性根が気に食わない。そう続けようとした。
これもまた日常の中のほんの些細な出来事だった。些細な出来事のはずだった。愚痴などしょっちゅう口にしていたから。
――は、はい、とても素晴らしいと思います。でも、見えたと思ったら、消えてしまいます。つかまえるのがとても大変で……
ティナのその返答を聞いて、怪訝に思った。愚痴を言うはずが、その言葉が途中で消えてしまったほどだ。理解された?
――見た事が?
――ええ、その……シリウス様に触れている時に、何度か……
そう言って、はにかむように笑う。
私に触れている時に? そうだ、彼女に触れていると心地良い……だからつい、こうして手袋を外すようになった。他者との接触を苦手とする私が、だ……
心か? 魂か? 分からない。
だが、彼女が自分と似た感性を持っていることは確実だろう。自分の語る言葉を理解されることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
自分は当たり前のように見ている世界が、他の者には感じられない、見えないのだと知った時の落胆はいかほどか。自分が垣間見た設計図の素晴らしさを語っても、どうやら理論そのものが突飛すぎるようで、理解されない。馬鹿馬鹿しいと一蹴されることもある。
それなのに、彼女にはそれが分かる。まだまだ拙いが、自分と同じ世界に触れているのだと分かる。それがどれほどの喜びか、彼女は知らない。
養女ではなく、未来の伴侶として……
そんな考えが浮かんでは消える。
年を度外視すれば、彼女は自分の理想だった。ティナは自分と同じ目線で同じ夢を語る者だ。何より、自分が見る世界を理解してくれる者が、この世界広しといえど、一体どこにいる?
そう思っても、常識が邪魔をした。
馬鹿なことを考えるなと。十八もはなれた子供と婚約など、とんでもない。自分の欲のために、こんな年端もいかない少女の一生を犠牲にするつもりかと。
彼女は何も分かっていない。大人のずるさも汚さも。純粋さゆえに恐れを知らない。それが功を奏する場合もあるが、大抵はずる賢い大人の餌食だ。
この場合は私か……
世俗と隔絶して、世間知らずのまま育てれば、いくらでも丸め込んで、自分の手元に置ける。自分のものにできる。それこそいいように操れるだろう。
けれど、それが何を意味するか……
鎖でがんじがらめになった鳥は、どうなるのだろうな? 生きながら死せる者となりはしないか? 呼吸するだけの屍に……そうさせたくはなくて、なけなしの父性を振り絞って、一旦は手放した。自分で未来を選択出来る大人になるまで、待つつもりだった。手放したつもりだったが……
――バーデ侯爵閣下だぞ? またとない良縁だ。
どこが良縁だ! 女好きのくそ野郎だ! 私よりも更に十以上も年が離れている! こんな話をティナにしたスワンド伯爵に、殺意にも似た感情が湧き上がった。今すぐにでもティナをオルモード家に引き取ろう……そう思ったが、祖母の体調を理由に、ティナ自身に断られてしまった。
――でも! 長距離の移動は、お祖母様の体の負担になるかも!
仕方がない。彼女の希望が優先だ。イライラしながらも、彼女の動向を見守ったが、目にした光景に我を忘れた。
――さあ、セレスティナとやら。わしの可愛い花嫁!
ヘニング公爵がそう口にして、両手を広げたのだ。
ティナを抱きしめようとでもするように。
かっと頭に血が上った。この色ぼけジジィが! 開発したばかりの魔道具で空間をわたり、滅多打ちだ。
私のティナだ、私のものだ!
自分の激高を止められなかった。荒れ狂う激情に引きずられる。独占欲が強いことは自覚していた。自覚してはいたが……まさかここまでとは、自分でも呆れた。
だが、どうしようもない。ティナは生まれて初めて見つけた宝だった。自分の見る世界を理解出来る者がどこにいる? 二つとない珠玉。その価値の分からぬものに触れて欲しくない。名を呼ぶことさえ、腹立たしい。
――オルモード公爵閣下、ご婚約おめでとうございます。
スチュワートにそう告げられ、血が凍った。
いったいどこから今回の騒動が漏れたのか……
まずいと思った。このままいけば、絶対にティナを手放せなくなる。ティナの翼を手折っても、手元に置こうとするだろう。自分の欲を優先させてしまう。地に落ちた小鳥が脳裏に浮かび、心底焦った。駄目だ駄目だ駄目だ、そう思うのに、バーニーの台詞で後戻りは無理なのだと知る。
――へー? 勘違い? あ、そうなんだ? なら、セレスティナ嬢はフリーって事? じゃあ、僕の息子と婚約なんてのは……
自分は既にティナに執着している。この調子では、必ず、そうだ、必ず彼女に近付く者を排除するに決まっている。知力財力権力を駆使して。もはや手遅れか……
――あの、シリウス様? 私、とっても嬉しいです。
唯一の救いは、彼女が自分との婚約を喜んでくれたこと。
これもいつまで持つか怪しいが……
彼女は若い。可能性の先を知らない。知らないが故の純粋さは真っ直ぐだが、酷くもろい。大切にしていたものが、急に色褪せて見えることもある。成長過程では、これはままあることだ。珍しいことじゃない。だからこそ危機感を抱く。
大きく育った彼女の目に、私はどのように映るのか……
たとえ拒絶されたとしても、このままでは手放せないに違いない。どんな手を使っても引き止めようとするだろう。サマンサの時のように……
それが容易に想像出来てしまう。
だったら、最後の手段だ。ティナの翼を育てよう。
彼女が自分自身の手で、空高く飛べるよう最大限の助力を。自分の支配すらふりきって、大空に飛び立てるように。彼女が自分の意志で、希望の未来を選択出来るように……自分の手を弛めることが出来ないのなら、その支配を振り切れるだけの力を……
――自分で選択するんだ。自分でな。何のための自由意志だ?
あのぐーたらでさえ認めている自由意志で、自分の道を選択出来るように……ティナ、ティナ、私のティナ。愛している……
出来る事なら永久の愛を……
そうは思うが、心は移ろいやすく、愛もまた永遠ではない。
壊れてしまった愛を前に、立ち尽くす時もある。サマンサとの思い出が消えない、消えてくれない……あの幸せだった時は凍り付いたまま、心の奥底に封印されている。取り出すことも出来ずに、ただただ放置されたまま。
――氷を思い通りの形に出来たら面白いわ。
ああ、その技術はまだ生み出されていない。なのに、君はその設計図を描き上げた。私と同じように知恵の宝庫にアクセスしたのだろう。心を湖面のように研ぎ澄ませれば、そこに写るんだ、世界を作り上げた神の設計図が……
これを理解出来るのは君だけ、君だけなんだ……
君だけが私を理解出来る。
君だけが私の孤独を癒やしてくれる。
――ほんのちょっとのさざ波でも消えてしまうの。
そう、その通り……
ティナ、ティナ、私のティナ、君の傍は心地良い。抱きしめさせて欲しい、傍にいさせて欲しい。心が安らぐ、喜びで満たされる。君の存在そのものが喜びだ。暗闇に差し込む光だ。これからも同じ音を奏でて、同じ音を聞いて欲しい。そら、一緒に踊ろう。世界の不思議を紐解こう。共に神の設計図にアクセスし続けよう。君となら、そうだ、君とならもっと高く高く飛翔出来るはず。
ティナ、どうか、私を選んで欲しい。自由意志で、大人になったその目で選択するんだ。自分の未来を……
ティナ、ティナ、私のティナ、君と歩く未来を夢見ている。
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