骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

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第三章 御伽の国のお姫様

第三十二話

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「ご機嫌よう、オスカー」
 煌びやかな夜会会場に現れたエレーヌ王女は、本当に美しかった。
 豪奢な衣装を身にまとい、色鮮やかな宝石を身につけ、美しく化粧をした顔は輝くばかりだ。会場に集まった男性達の視線を一身に集めている。
 けれど、やっぱり呼び捨てで、違和感ありまくりだ。
 オスカーはここウィスティリアの王太子だから、敬意を持って接する必要があるのに、どうしてだろう? 彼女はそれを度外視してる。まぁ、オスカー自身型破りで、堅苦しい態度を嫌う傾向にあるけれど、流石にこういった公式の場までそれを持ち込むことはない。彼女の態度はどう見たって問題だと思う。
 ちなみにエレーヌ王女は、昼間の出来事をよく覚えていないらしい。
 貧血を起こされたようですよと治癒術士さんに説明されて、それをそのまま信じたようだ。そこだけは素直で助かったけど。
 オスカーが笑う。接客用の貼り付けた笑みだったけれど、エレーヌ王女にはそれで十分だったようで、彼女の頬がほんのりと上気した。
「ご機嫌よう、エレーヌ王女。できればきちんと敬称を付けてもらいたいんだけどね?」
「まぁ、そんな。すねてらっしゃるの? わたくし達の仲じゃないの。昔のことは忘れて仲良くしていただきたいですわ。あの時のわたくしとは、もう違いますの」
 エレーヌ王女が頬を染め上げたまま、くねくねと身をよじらせ、恥じらう仕草をする。どんな仲だろうと思えば、
「いや、どちらかというと、昔の君の方がましだったよ。何でそうなったの?」
 オスカーは本当に困惑しているようだ。身に覚えがない?
「わたくし、あなたを愛してしまいましたの!」
 え? エレーヌ王女の告白に、ついぽかんとなってしまう。あっけにとられる私の前で、エレーヌ王女はずいっと進み出た。キラキラとした夢見るような眼差しは、オスカーの顔に固定されている。周囲のざわめきなどまったく目に入っていないようで、
「あなたの写光画を見て、一目であなたの虜になってしまいましたわ! 本当に、ああ、寝ても覚めてもあなたの事ばかり。このわたくしの夫に相応しい方は、あなたしかおりませんわ。ですから、結婚の申し込みをさせていただこうと、こうしてはるばる……」
「申し訳ありません、オスカー殿下」
 割って入ったのは、第二王子のエメット王太子殿下だった。
 そう、彼は第二王子だけれども、王太子でもある。ただ、第一王子であるアルベルト殿下は病弱ではないし、王妃の実子だから血筋的な問題もないのに、どうして第一子である彼を飛び越えて、第二王子である彼が王太子となったのかが不思議だった。私も一度アルベルト殿下とは会ったことがあるけれど、立派な人だったように思う。どこに問題があったんだろう?
「ぶしつけで大変失礼なことを申しました」
 エメット王子がそう謝罪する。
「まぁ、嫌だわ、エメット。わたくし、謝るような事は何もしていないわ」
 エメット王子が困ったように眉根を寄せた。
「オスカー殿下はもう結婚しているんだよ。何度もそう言ったじゃないか」
「だったら離婚すれば良いだけだわ。そうでしょう? だって、わたくしの為ですもの、彼も喜んでそうするに違いないわ」
「エレーヌ!」
「エレーヌ王女」
 エメット王子の悲鳴のような声にかぶせるようにして、かつんと杖をつく音と、オスカーの声が響いた。今までとは打って変わった鋭さを伴ったオスカーの声音と眼差しに圧倒される。
「君は妖精の愛し子ということで、随分と甘やかされているみたいだけど、ここはクリムト王国じゃない。ウィスティリアだ」
 噛んで含めるように言う。私はびっくりした。妖精の愛し子? なら、エレーヌ王女は半妖精ってこと? 妖精の愛し子とは、人間と妖精の間に生まれた子の事だ。
 オスカーの言葉が続く。
「君の言動一つで国交に罅が入るってことを忘れないように。君は妖精じゃない。人間としてここにいる。そして庶民じゃなくて、一国を代表する貴族としてここにいるんだ。それをきちんと自覚しないと、君を庇護してくれたクリムト王国が困ったことになるよ? 王太子妃に対する無礼は許さない」
 オスカーの迫力に負けたのだろう、あれほどまでに浮かれ騒いでいたエレーヌ王女の顔がこわばった。幾分青ざめているようにも見える。
「あの、でも、オスカー……」
 オスカーの眉間にしわが寄る。
「オスカー殿下。そう呼ばないのなら、強制的に国へ返すよ? そもそも君はエメット王太子の婚約者でしょう? だから今回は入国審査を通過できたの。なのに何でこの僕に求婚してるの。既婚者であるこの僕に。いろいろありえない」
 え? 婚約者? オスカーの言葉に再度仰天する。でも二人は姉弟……じゃないか。
 私はクリムト王国の内情を思い出す。
 あそこは妖精が多く生息しているせいか、妖精達とのつながりが深く、クリムト王家は時々、半妖精の血をいれていると聞く。妖精と密接なつながりのある国だ。
 エレーヌ王女が半妖精なら、二人は血が繋がっていない可能性が高い。多分、姉弟として育てられたけど、婚約者になったってことなんだろう。
 でも、事情を知らない人が聞いたらびっくりしそう。姉弟で結婚するように見えるものね。
「オスカー殿下、あの……本当に申し訳ありません」
 エメット王子が再度謝罪する。
「君も大変だね。彼女のおもりを押しつけられて」
 オスカーがそう口にすると、どうやら彼はびっくりしたようで、
「え? いえ、その……それほどでは……」
 エメット王子はしどろもどろにそう答えた。
「さ、エレーヌ、もう行こう」
 王女様はまだダンスが、とかごねていたような気もするが、エレーヌ王女はエメット王子に引っ張られてその場から姿を消した。
「ね、オスカー……」
「ん?」
「エレーヌ王女はオスカーの事が好き、みたいだけど、その……」
 つい、そんなことを聞いてしまう。

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