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番外編置き場
モブは見た【文庫2巻発売記念SS】
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「ミラ・バートリッジと申します。2年生からの編入になりますが、よろしくお願いします」
教室の前に立ち、そう頭を下げた令嬢を見て、伯爵令嬢のモブミー・アボットは大いに目を見開いた。
(こっ、この人って……!)
平民として過ごしながら、実は貴族の血筋で、現在は公爵令嬢となり、第2王子の婚約者として大々的に発表された彼女――ミラ・バートリッジがそこにいた。
モブミーも先月の卒業パーティーに参加したから知っている。もうなんかすごすぎる一日だった。
そこで起きた出来事はあまりにも有名だ。
そして、ミラという人物のことをモブミーもそれより前に知っていた。
茶色の髪に青色の瞳。特徴的な組み合わせの容姿ではないものの、モブミーはかつて彼女がエプロン姿で店に立つのを見たことがある。
アボット家の領地は王国の北の方に位置している。王都へは単身で来ており、この学園では寮生活だ。
領地の山で自然に囲まれてのんびり暮らしていたモブミーは、物珍しさで王都の下町へも何度も散策に出かけている。何を隠そう、じゃじゃ馬娘である。
その日のモブミーは、下町の食堂から放たれる胃袋に直撃する香りに誘われ、その扉をくぐった。
(――ロールカツ、最高に美味しかった。うどんも温まったし。うちの領地では汁なしのうどんを食べることはないから、ヤキウドンは衝撃だったわ)
黄金色の衣をまとうサクサクのカツを噛めば、中からはお肉の旨みととろけだすチーズ。そこにかかるソースのパンチの効いた味わい。
醤油で炒められた香ばしい茶色のうどんには、ベーコンや野菜の味わいが重なってえもいわれぬ美味しさ。
その味はいっぺんにモブミーを虜にした。
(考えてたら、お腹が空いてきちゃった。……って、今はそれを思い出している場合じゃないわ)
思考が完全に食事になっていたモブミーは慌てて頭を振って意識をこちらに戻した。
その時食堂にいたのが、あのミラという女の子。その子がこうして、学園の特別クラスへと編入してきている。
「バートリッジ嬢の席はどこにしましょうかねぇ」
担任のベイド先生が、のんびりと教室を見回す。その瞬間、素早く手が挙がった。
「はい! 先生、わたしの隣が空いています」
輝く金の髪に湖畔のような水色の大きな瞳のご令嬢――スピカ・クルト伯爵令嬢だ。
滅多に社交界に現れないこととその妖精のような容姿から幻姫の異名を持つ令嬢が、堂々と手を挙げている。
「そうですね。ではバートリッジ嬢、クルト嬢の隣へどうぞ」
「ありがとうございます」
ベイドは柔らかな笑顔を浮かべ、ミラを誘導する。
ミラのどこか強ばった表情が、スピカの挙手によって緩んだのをモブミーは見逃さなかった。
(……パーティーでも親しそうだったもの。当然ね。あら、そうなると……?)
スピカとミラが友人関係にあることは、パーティーに出席していた生徒なら誰でも分かった事だ。
もうひとつの重要な事に気がついたモブミーは、シュバっと目的の方向に目を向けた。
そこには、挙げかけた手をそっと下ろしている第二王子レグルスの姿があった。すっと消えてしまった笑顔が寂しい。
(や、ヤッパリイィィィ!!! 婚約者になったって言ってたものね!? そうよね、そうなりますよね!? パーティーではあんなに溺愛モードでしたものぉぉぉぉ)
憂いを帯びたレグルスの表情を確認したモブミーは、口をおさえながら机に突っ伏した。
大方、レグルスもミラを隣の席へと誘おうとしたのだろう。だが、タッチの差でスピカが挙手をした。それで少し落ち込んでいるのだ。
(ひっっっ、楽しすぎる……!)
ちらりと目を向ければ、スピカの隣の席になったミラは、心から嬉しそうにふたりでキャッキャと笑っている。
婚約者の王子の隣の席が空いていることなど、全く気が付かなかったようだ。
(俄然楽しくなってきたわ……! 一年生の時は見られなかったものが見られそう)
幻姫のスピカは大人しく、第二王子のレグルスはいつもクールで無表情だった。
それがもうこの一瞬で全部違う。最高か。
(あああ! このクラスでよかったアアア)
心の中で叫びながら、モブミーはクラスに吹いた新しい風を誰よりも享受していた。
そこから、モブミーはちらちらとミラを取り巻く様子を観察することになるのだが、彼女と接するときのスピカやレグルスの自然な振る舞いにますます惚れ込み、果てはシャウラやカストルなどのささやかな変化などにも気が付いてゆく。
(ありがとうお父様……学園に通わせてくれて……めっちゃ楽しい)
モブミーは学園生活を満喫したまま卒業し、箱推ししているミラたちを守るために辺境の地で女領主として活躍したらしい、というのは別のお話。
--------
お読みいただきありがとうございます!
最高にふざけました。本物の(?)モブが見た世界。
先日、モブ巻き文庫2巻が発売となりました。
文庫だけの書き下ろしはアーク義兄さまとスピカです⸜( ◜࿁◝ )⸝︎︎
文庫も出していただけてありがたい限りです。
先月発売のコミックスと併せてお楽しみください。
2023.1.13 ミズメ
教室の前に立ち、そう頭を下げた令嬢を見て、伯爵令嬢のモブミー・アボットは大いに目を見開いた。
(こっ、この人って……!)
平民として過ごしながら、実は貴族の血筋で、現在は公爵令嬢となり、第2王子の婚約者として大々的に発表された彼女――ミラ・バートリッジがそこにいた。
モブミーも先月の卒業パーティーに参加したから知っている。もうなんかすごすぎる一日だった。
そこで起きた出来事はあまりにも有名だ。
そして、ミラという人物のことをモブミーもそれより前に知っていた。
茶色の髪に青色の瞳。特徴的な組み合わせの容姿ではないものの、モブミーはかつて彼女がエプロン姿で店に立つのを見たことがある。
アボット家の領地は王国の北の方に位置している。王都へは単身で来ており、この学園では寮生活だ。
領地の山で自然に囲まれてのんびり暮らしていたモブミーは、物珍しさで王都の下町へも何度も散策に出かけている。何を隠そう、じゃじゃ馬娘である。
その日のモブミーは、下町の食堂から放たれる胃袋に直撃する香りに誘われ、その扉をくぐった。
(――ロールカツ、最高に美味しかった。うどんも温まったし。うちの領地では汁なしのうどんを食べることはないから、ヤキウドンは衝撃だったわ)
黄金色の衣をまとうサクサクのカツを噛めば、中からはお肉の旨みととろけだすチーズ。そこにかかるソースのパンチの効いた味わい。
醤油で炒められた香ばしい茶色のうどんには、ベーコンや野菜の味わいが重なってえもいわれぬ美味しさ。
その味はいっぺんにモブミーを虜にした。
(考えてたら、お腹が空いてきちゃった。……って、今はそれを思い出している場合じゃないわ)
思考が完全に食事になっていたモブミーは慌てて頭を振って意識をこちらに戻した。
その時食堂にいたのが、あのミラという女の子。その子がこうして、学園の特別クラスへと編入してきている。
「バートリッジ嬢の席はどこにしましょうかねぇ」
担任のベイド先生が、のんびりと教室を見回す。その瞬間、素早く手が挙がった。
「はい! 先生、わたしの隣が空いています」
輝く金の髪に湖畔のような水色の大きな瞳のご令嬢――スピカ・クルト伯爵令嬢だ。
滅多に社交界に現れないこととその妖精のような容姿から幻姫の異名を持つ令嬢が、堂々と手を挙げている。
「そうですね。ではバートリッジ嬢、クルト嬢の隣へどうぞ」
「ありがとうございます」
ベイドは柔らかな笑顔を浮かべ、ミラを誘導する。
ミラのどこか強ばった表情が、スピカの挙手によって緩んだのをモブミーは見逃さなかった。
(……パーティーでも親しそうだったもの。当然ね。あら、そうなると……?)
スピカとミラが友人関係にあることは、パーティーに出席していた生徒なら誰でも分かった事だ。
もうひとつの重要な事に気がついたモブミーは、シュバっと目的の方向に目を向けた。
そこには、挙げかけた手をそっと下ろしている第二王子レグルスの姿があった。すっと消えてしまった笑顔が寂しい。
(や、ヤッパリイィィィ!!! 婚約者になったって言ってたものね!? そうよね、そうなりますよね!? パーティーではあんなに溺愛モードでしたものぉぉぉぉ)
憂いを帯びたレグルスの表情を確認したモブミーは、口をおさえながら机に突っ伏した。
大方、レグルスもミラを隣の席へと誘おうとしたのだろう。だが、タッチの差でスピカが挙手をした。それで少し落ち込んでいるのだ。
(ひっっっ、楽しすぎる……!)
ちらりと目を向ければ、スピカの隣の席になったミラは、心から嬉しそうにふたりでキャッキャと笑っている。
婚約者の王子の隣の席が空いていることなど、全く気が付かなかったようだ。
(俄然楽しくなってきたわ……! 一年生の時は見られなかったものが見られそう)
幻姫のスピカは大人しく、第二王子のレグルスはいつもクールで無表情だった。
それがもうこの一瞬で全部違う。最高か。
(あああ! このクラスでよかったアアア)
心の中で叫びながら、モブミーはクラスに吹いた新しい風を誰よりも享受していた。
そこから、モブミーはちらちらとミラを取り巻く様子を観察することになるのだが、彼女と接するときのスピカやレグルスの自然な振る舞いにますます惚れ込み、果てはシャウラやカストルなどのささやかな変化などにも気が付いてゆく。
(ありがとうお父様……学園に通わせてくれて……めっちゃ楽しい)
モブミーは学園生活を満喫したまま卒業し、箱推ししているミラたちを守るために辺境の地で女領主として活躍したらしい、というのは別のお話。
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お読みいただきありがとうございます!
最高にふざけました。本物の(?)モブが見た世界。
先日、モブ巻き文庫2巻が発売となりました。
文庫だけの書き下ろしはアーク義兄さまとスピカです⸜( ◜࿁◝ )⸝︎︎
文庫も出していただけてありがたい限りです。
先月発売のコミックスと併せてお楽しみください。
2023.1.13 ミズメ
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