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03 嫌われ聖女と騎士
考える聖女と実直な騎士
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本当に無人になってしまった我が家を見ていると、無性に悲しくなって涙が溢れた。
壊れた蛇口のようにぽろぽろと零れる涙を感じながらも、私は現実を受け止められないでいる。
キッチンの小窓に飾られたカフェカーテン、家の裏にある小さな菜園、壁に刻まれた私の成長を示す線の跡。
お父さんに肩車をしてもらいながら過ごしたこと、お母さんが手作りのお菓子を作ってくれたこと。
思い出がたくさん詰まったこの場所は、もう私のものでは無くなったのだ。
(お母さんとお父さんはどこに行ってしまったの……? どうして、私には何も言わずに)
分からないことばかりで、混乱している。
「落ち着いただろうか?」
「はい。取り乱して申し訳ありません……」
それでも、ようやく涙がおさまった頃にニーチラングさんが声をかけてくれる。
急に泣き出した私のことをどうしたらいいか分からずにいるのだろう。
一定の距離を保ちつつ、それでも立ち去ることなくこの場に残っている。
「まさか、このことを聖女本人が知らないとは思わなかったんだ」
「何をです?」
「聖女の両親は、城の離宮に招かれる事が決定したとバレリオから聞いていた。当然、君も知っていることだと……」
「離宮!? なんですか、それ!」
気まずそうにしているニーチラングさんの言葉に、私は涙が完全に引っ込んだ。
(どうして私が知らない間に、お母さんたちが離宮に……!? ああもう、情報が多すぎる)
小説の世界で、セシリアの両親はどうしていただろう。
両親の描写は一切無かったけれど、セシリアは事ある毎に『家族のためにも』と言ってはいなかったか。
突然、光魔法を授かった少女が粉骨砕身で国や民のために闘う――ヒロインであればよくある描写ではあるけれど、実際その立場になってみると、釈然としない。
(どうして私が? って、気持ちになっちゃうんだよね、よくよく考えると)
聖女は稀有な存在だ。それは分かる。
でもだからといって、国に奉仕する義務があるのだろうか。歴代の聖女たちは、何も悩むことなく聖女業に邁進したのだろうか。
疑問が湧くばかりで、答えは出ない。
家まで急に売りに出して、何も告げずに両親がここから姿を消すことが、果たして自然なことなのか。
(なんだか、もやもやする……)
「聖女?」
ずっと俯いて考え込んだままの私に、戸惑いの声がかかる。
そうだ、騎士さまの存在を忘れていた。
顔を上げた私は、彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。困った顔をしているが、王子達ほどは嫌悪の色は見られない。
そうだ、だって彼は弱い者を放っておけないタイプの正義の人なのだ。真っ直ぐにセシリアに仕え、王子と恋仲になった彼女のためにも自分の気持ちには蓋をする――そんな脇役として描かれていた。
(健気で不憫で、最高の当て馬だなって思ったことは内緒にしとこう)
小説の中の騎士を思い出しながら、私はふと気になったことを口にした。
「ニーチラング様、その呼び名はちょっと嫌です」
「聖女様、と呼べば?」
「違います! 私の名前は知っていますよね。聖女って呼ばれるのは、私じゃないようでイヤです……」
ただでさえ、ここまでの一連の出来事に拭い切れない一種の不信感のようなものを抱いているのだ。
聖女、聖女と呼ばれることに、抗いたくなってしまう。
「……ジェニング嬢」
何度か躊躇うような仕草を見せたあと、ニーチラングさんは観念したように私の名を呼んだ。
「はい! そっちの方がずっといいです。ところで、ニーチラング様はどうしてここに? まさか誰かに指示されて私をつけてたんですか~?」
名前を呼ばれた拍子に、ついそんな軽口を叩いてしまう。もちろん、そんな訳ないと否定される心づもりだったのだが。
「……っ、そそそ、そんな、コトハ、ナイ!!」
「ええ……」
実直な騎士アクスル・ニーチラングは、嘘がつけないらしい。
壊れた蛇口のようにぽろぽろと零れる涙を感じながらも、私は現実を受け止められないでいる。
キッチンの小窓に飾られたカフェカーテン、家の裏にある小さな菜園、壁に刻まれた私の成長を示す線の跡。
お父さんに肩車をしてもらいながら過ごしたこと、お母さんが手作りのお菓子を作ってくれたこと。
思い出がたくさん詰まったこの場所は、もう私のものでは無くなったのだ。
(お母さんとお父さんはどこに行ってしまったの……? どうして、私には何も言わずに)
分からないことばかりで、混乱している。
「落ち着いただろうか?」
「はい。取り乱して申し訳ありません……」
それでも、ようやく涙がおさまった頃にニーチラングさんが声をかけてくれる。
急に泣き出した私のことをどうしたらいいか分からずにいるのだろう。
一定の距離を保ちつつ、それでも立ち去ることなくこの場に残っている。
「まさか、このことを聖女本人が知らないとは思わなかったんだ」
「何をです?」
「聖女の両親は、城の離宮に招かれる事が決定したとバレリオから聞いていた。当然、君も知っていることだと……」
「離宮!? なんですか、それ!」
気まずそうにしているニーチラングさんの言葉に、私は涙が完全に引っ込んだ。
(どうして私が知らない間に、お母さんたちが離宮に……!? ああもう、情報が多すぎる)
小説の世界で、セシリアの両親はどうしていただろう。
両親の描写は一切無かったけれど、セシリアは事ある毎に『家族のためにも』と言ってはいなかったか。
突然、光魔法を授かった少女が粉骨砕身で国や民のために闘う――ヒロインであればよくある描写ではあるけれど、実際その立場になってみると、釈然としない。
(どうして私が? って、気持ちになっちゃうんだよね、よくよく考えると)
聖女は稀有な存在だ。それは分かる。
でもだからといって、国に奉仕する義務があるのだろうか。歴代の聖女たちは、何も悩むことなく聖女業に邁進したのだろうか。
疑問が湧くばかりで、答えは出ない。
家まで急に売りに出して、何も告げずに両親がここから姿を消すことが、果たして自然なことなのか。
(なんだか、もやもやする……)
「聖女?」
ずっと俯いて考え込んだままの私に、戸惑いの声がかかる。
そうだ、騎士さまの存在を忘れていた。
顔を上げた私は、彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。困った顔をしているが、王子達ほどは嫌悪の色は見られない。
そうだ、だって彼は弱い者を放っておけないタイプの正義の人なのだ。真っ直ぐにセシリアに仕え、王子と恋仲になった彼女のためにも自分の気持ちには蓋をする――そんな脇役として描かれていた。
(健気で不憫で、最高の当て馬だなって思ったことは内緒にしとこう)
小説の中の騎士を思い出しながら、私はふと気になったことを口にした。
「ニーチラング様、その呼び名はちょっと嫌です」
「聖女様、と呼べば?」
「違います! 私の名前は知っていますよね。聖女って呼ばれるのは、私じゃないようでイヤです……」
ただでさえ、ここまでの一連の出来事に拭い切れない一種の不信感のようなものを抱いているのだ。
聖女、聖女と呼ばれることに、抗いたくなってしまう。
「……ジェニング嬢」
何度か躊躇うような仕草を見せたあと、ニーチラングさんは観念したように私の名を呼んだ。
「はい! そっちの方がずっといいです。ところで、ニーチラング様はどうしてここに? まさか誰かに指示されて私をつけてたんですか~?」
名前を呼ばれた拍子に、ついそんな軽口を叩いてしまう。もちろん、そんな訳ないと否定される心づもりだったのだが。
「……っ、そそそ、そんな、コトハ、ナイ!!」
「ええ……」
実直な騎士アクスル・ニーチラングは、嘘がつけないらしい。
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