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一章 番外編
とある夜の話
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☆『はじまりの話』と『シェーンハイトの熊男』の間に起きたクロウリー伯爵家での一幕
☆アルフレッド視点
____________
「アルフレッド。話があります」
アルフレッドが母であるアルストロメリアに呼び出されたのは、王都での荷物持ちを終えた夜の事だった。
てっきりクラウディアと二人でのお出かけだと思っていたが、母がいた。
採寸やらドレス選びやらでクラウディアも目を白黒していて大変可愛らしかった。荷物持ちだったにしろ、まあそれでも、一緒に過ごせはしたので満足している。
「ふわ、どうしたの? 母上」
急な呼び出しに、寝ようとしていたアルフレッドは欠伸を噛み殺しながらのっそりとベッドを下りる。
「こちらに。旦那様もいます」
「え、父上も。なんだろう。明日は騎士団の早番なんだよな~」
「いいからシャキッとなさい」
ぴしりと背筋を伸ばしたアルストロメリアにそう言われ、アルフレッドは「はーい」と返事をした。
こんな夜中にどこに行くと言うのだろう。
黙って母の背を追うと、着いたのは父ラスティンの執務室だった。
「……やあ、アルフレッド。ごめんね、起こしちゃったよね」
柔らかな物腰の父が、にこにこと笑みを浮かべながらそこにいる。アルストロメリアはさっとラスティンの隣へと移動し、二人でソファーに座る。
ここに、と目配せをされ、アルフレッドもその向かいの席に座った。
「呼び立ててすまないね、アルフレッド」
「いえ。大丈夫です。話とは一体何なのでしょうか」
「そうだねぇ……何から話そうか」
アルフレッドが尋ねると、ラスティンは一度困ったようにアルストロメリアを見る。母はその視線に気付くと、力強く頷いた。
覚悟を決めろと目が語っている。強い。
「あ~えーっとね、アルフレッド。クラウディア嬢のことなのだけどね」
「はい。クラウディアがどうかしましたか」
「実はね、彼女の婚約が決まりそうなんだ」
「そうなんですね」
「アルフレッド?」
「……あっ、エッ!!!??」
アルフレッドはかっと目を見開く。
父からさらりと語られたそれは、思いもよらない言葉だったために、つい聞き流してしまった。
(クラウディアの婚約……? 突然、そんな)
アルストロメリアを見ると、彼女はじっとこちらを見ている。
これがアルフレッドとクラウディアの婚約話であればどんなに良かっただろう。
二人の神妙な雰囲気と微妙な沈黙からすると、とてもそんな結果じゃないことは流石にアルフレッドにも分かる。
「……誰とですか?」
そう尋ねるのが精一杯だ。
「お相手は、マルツ侯爵家のご子息、ジルヴェスター様です。歪な形ですが、王命として一度申し付けられた以上、覆らないでしょう」
「王命……? 一体、なにが」
アルストロメリアが説明してくれるが、アルフレッドはますます混乱する。
クラウディアははるばるシェーンハイトから出てきて、先日初めての夜会を楽しんだはずだ。
それから王都観光をして――
「まさか、あの夜会ですか……?」
アルフレッドの言葉に、アルストロメリアが頷く。それから声色を落としてアルフレッドに告げた。
「先日の夜会にて、第一王女が宰相子息であるジルヴェスター様に婚約破棄を申し付け、それから辺境伯令嬢のクラウディアとの婚約を命じました。きっと王都ではもう話題が広がり始めているでしょう」
「……」
ちょうど騎士団を休んでいた期間だ。アルフレッドの耳には何も入っていない。
あの夜会でそんな事が起きていただなんて。
「……クラウディアは、納得しているのですか」
落ち着こうとして、少し揺らいだ声が出た。
アルフレッドも貴族のはしくれだ。婚姻に政略や謀略が絡むことは知っている。
知り合いの子息たちだって、古くから親が決めた婚約者と結婚している。わかっている。頭では。
だがクラウディアは、領地のための婿を探すのだと言っていた。
彼女のその強い意思が、大切な目的が閉ざされてしまったのでは――
「その点は問題ありません。クラウディアの方も、先方をひと目見て狩ろうと――いえ話をしてみようと思ったらしいですから。彼女の見る目は確かです」
「ジルヴェスター氏自体は真面目で実直でとてもいい青年だよ。王女がちょっとアレでね、その力を存分に発揮できてはいないけれども」
アルストロメリアとラスティンの口から語られるジルヴェスターという人物は、悪いヤツではなさそうだ。
「……そうですか……そっか、そうかぁ」
アルフレッドの肩から力が抜ける。
行儀が悪いと思ってはいるが、ぼふりとソファーの背もたれに身を預けて放心する。
(クラウディア……そうか。俺は遅かったんだな)
何も始まってすらいない。
クラウディアにとっては、ただの従兄妹なのだから。
「――こんなことを君に頼むのは酷かもしれないんだが、頼みがある。アルフレッド」
ラスティンの声は、ひどく穏やかだ。
ちらりと目線だけを送ると、目が合った。それから父は大きく頷く。
「我が家はマルツ宰相からの極秘の命を受けている。アルフレッド。君はクラウディア嬢たちと共にシェーンハイトに赴いて、そのままジルヴェスター氏の護衛をしてくれないだろうか」
「お願いします、アルフレッド」
座ったまま、二人が頭を下げる。
シェーンハイトに行くとなれば、王都の騎士団は辞める事になるだろう。副団長という地位が惜しくない訳ではない。
だが――
「俺に出来ることがあれば謹んで拝命いたします。父上、母上。シェーンハイトの軍にもずっと憧れていたからちょうど良かった!」
アルフレッドは立ち上がり、胸に手をあてる。
両親には強がりだと見透かされているかもしれない。
だが、要人の護衛にと、自らを選んでもらえた誇らしさもある。
(実際にクラウディアたちを見たら、この痩せ我慢を保てるかわからないな)
それでも、やれることをやる。
「アルフレッド、母はお前が誇りです」
「さすが僕たちのアルフレッドだ。すまないね……ありがとうね」
「父上も母上も、やめてくださいよ……ウッ」
全員の瞳がうっすらと潤んでいる。
王都を出る前、クロウリー伯爵家の夜は静かに更けていったのだった。
☆アルフレッド視点
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「アルフレッド。話があります」
アルフレッドが母であるアルストロメリアに呼び出されたのは、王都での荷物持ちを終えた夜の事だった。
てっきりクラウディアと二人でのお出かけだと思っていたが、母がいた。
採寸やらドレス選びやらでクラウディアも目を白黒していて大変可愛らしかった。荷物持ちだったにしろ、まあそれでも、一緒に過ごせはしたので満足している。
「ふわ、どうしたの? 母上」
急な呼び出しに、寝ようとしていたアルフレッドは欠伸を噛み殺しながらのっそりとベッドを下りる。
「こちらに。旦那様もいます」
「え、父上も。なんだろう。明日は騎士団の早番なんだよな~」
「いいからシャキッとなさい」
ぴしりと背筋を伸ばしたアルストロメリアにそう言われ、アルフレッドは「はーい」と返事をした。
こんな夜中にどこに行くと言うのだろう。
黙って母の背を追うと、着いたのは父ラスティンの執務室だった。
「……やあ、アルフレッド。ごめんね、起こしちゃったよね」
柔らかな物腰の父が、にこにこと笑みを浮かべながらそこにいる。アルストロメリアはさっとラスティンの隣へと移動し、二人でソファーに座る。
ここに、と目配せをされ、アルフレッドもその向かいの席に座った。
「呼び立ててすまないね、アルフレッド」
「いえ。大丈夫です。話とは一体何なのでしょうか」
「そうだねぇ……何から話そうか」
アルフレッドが尋ねると、ラスティンは一度困ったようにアルストロメリアを見る。母はその視線に気付くと、力強く頷いた。
覚悟を決めろと目が語っている。強い。
「あ~えーっとね、アルフレッド。クラウディア嬢のことなのだけどね」
「はい。クラウディアがどうかしましたか」
「実はね、彼女の婚約が決まりそうなんだ」
「そうなんですね」
「アルフレッド?」
「……あっ、エッ!!!??」
アルフレッドはかっと目を見開く。
父からさらりと語られたそれは、思いもよらない言葉だったために、つい聞き流してしまった。
(クラウディアの婚約……? 突然、そんな)
アルストロメリアを見ると、彼女はじっとこちらを見ている。
これがアルフレッドとクラウディアの婚約話であればどんなに良かっただろう。
二人の神妙な雰囲気と微妙な沈黙からすると、とてもそんな結果じゃないことは流石にアルフレッドにも分かる。
「……誰とですか?」
そう尋ねるのが精一杯だ。
「お相手は、マルツ侯爵家のご子息、ジルヴェスター様です。歪な形ですが、王命として一度申し付けられた以上、覆らないでしょう」
「王命……? 一体、なにが」
アルストロメリアが説明してくれるが、アルフレッドはますます混乱する。
クラウディアははるばるシェーンハイトから出てきて、先日初めての夜会を楽しんだはずだ。
それから王都観光をして――
「まさか、あの夜会ですか……?」
アルフレッドの言葉に、アルストロメリアが頷く。それから声色を落としてアルフレッドに告げた。
「先日の夜会にて、第一王女が宰相子息であるジルヴェスター様に婚約破棄を申し付け、それから辺境伯令嬢のクラウディアとの婚約を命じました。きっと王都ではもう話題が広がり始めているでしょう」
「……」
ちょうど騎士団を休んでいた期間だ。アルフレッドの耳には何も入っていない。
あの夜会でそんな事が起きていただなんて。
「……クラウディアは、納得しているのですか」
落ち着こうとして、少し揺らいだ声が出た。
アルフレッドも貴族のはしくれだ。婚姻に政略や謀略が絡むことは知っている。
知り合いの子息たちだって、古くから親が決めた婚約者と結婚している。わかっている。頭では。
だがクラウディアは、領地のための婿を探すのだと言っていた。
彼女のその強い意思が、大切な目的が閉ざされてしまったのでは――
「その点は問題ありません。クラウディアの方も、先方をひと目見て狩ろうと――いえ話をしてみようと思ったらしいですから。彼女の見る目は確かです」
「ジルヴェスター氏自体は真面目で実直でとてもいい青年だよ。王女がちょっとアレでね、その力を存分に発揮できてはいないけれども」
アルストロメリアとラスティンの口から語られるジルヴェスターという人物は、悪いヤツではなさそうだ。
「……そうですか……そっか、そうかぁ」
アルフレッドの肩から力が抜ける。
行儀が悪いと思ってはいるが、ぼふりとソファーの背もたれに身を預けて放心する。
(クラウディア……そうか。俺は遅かったんだな)
何も始まってすらいない。
クラウディアにとっては、ただの従兄妹なのだから。
「――こんなことを君に頼むのは酷かもしれないんだが、頼みがある。アルフレッド」
ラスティンの声は、ひどく穏やかだ。
ちらりと目線だけを送ると、目が合った。それから父は大きく頷く。
「我が家はマルツ宰相からの極秘の命を受けている。アルフレッド。君はクラウディア嬢たちと共にシェーンハイトに赴いて、そのままジルヴェスター氏の護衛をしてくれないだろうか」
「お願いします、アルフレッド」
座ったまま、二人が頭を下げる。
シェーンハイトに行くとなれば、王都の騎士団は辞める事になるだろう。副団長という地位が惜しくない訳ではない。
だが――
「俺に出来ることがあれば謹んで拝命いたします。父上、母上。シェーンハイトの軍にもずっと憧れていたからちょうど良かった!」
アルフレッドは立ち上がり、胸に手をあてる。
両親には強がりだと見透かされているかもしれない。
だが、要人の護衛にと、自らを選んでもらえた誇らしさもある。
(実際にクラウディアたちを見たら、この痩せ我慢を保てるかわからないな)
それでも、やれることをやる。
「アルフレッド、母はお前が誇りです」
「さすが僕たちのアルフレッドだ。すまないね……ありがとうね」
「父上も母上も、やめてくださいよ……ウッ」
全員の瞳がうっすらと潤んでいる。
王都を出る前、クロウリー伯爵家の夜は静かに更けていったのだった。
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