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第五話 五
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百位と下女が十一位の部屋に入った瞬間、引き戸がぴしゃりと乱暴に閉められた。行く手を塞がれた黄子は、引き戸を閉めた十一位の下女を睨んだ。
「な、なんのつもりや?」
その問いの返事は無く、紫の着物を着た十一位の下女六人は、顔面を地に向けるように首を折った姿勢のまま、黄子ら三人を取り囲む。後ずさりをした黄子の背中に、青子と赤子の背中が触れる。青子と赤子の二人も困惑したように後ずさりをしたようだった。
「様子が変ですよぉ」
赤子が肩を震わす。
すれば、十一位の下女六人が一斉に左袖の中に右手を突っ込んだ。一寸の狂いも無く、全く同じ動作で六人が動く。全員が一本の糸で操られているように右手に掴んだのは、料理に使うはずの包丁で、
「こいつら、やば――」
青子が言い切る前に、六人が右脚を踏み込む。
包丁の切っ先が二本ずつ、黄子ら三人を目掛けて一直線に迫り――、
「「「やあああああああああ!」」」
包丁が三本、宙を舞う。
黄子は包丁が届く寸前、逆に肉薄。片方の肘を掌底で打ち上げ、もう片方の喉仏を手刀で刺す。
青子は片方の腕を抱くように掴みつつ懐に滑り込むと、回し蹴りでもう片方のこめかみを打ち抜く。
赤子は重心を沈みこませると、包丁を握る右手を両の手で受け止め、こめかみに血管が浮き出るほど踏ん張れば、包丁の切っ先は髪の毛一本分も前に進めなくなる。
「我らっ!」黄子の掌底が鳩尾を貫く。
「菊のっ!」青子の肘打ちが眉間を貫く。
「女ァ!」赤子の怪力で手首が捻じれ包丁が落ち、さらに平手打ちが顔面を貫く。
折り重なるようにして倒れたのは十一位の下女らで、格闘戦の構えをしているのは九十三位の元下女らであった。
――襲撃された場合、まず退路を確保、次いで護衛対象を確保し、すみやかに脱出する。奇襲には、反撃ではなく撤退を選択すべし。
礼は、後日払ってもらう。
菊の教えはいまだに黄子の中に根付いている。
「駄目っ! 結界張られてる!」
叫んだのは引き戸に体当たりした赤子だった。右肩を押さえながらふくよかな顔を歪めている。黄子も引き戸に触れようとしたが、引き戸の表面には見えない壁がある。硝子のように滑る感触は防護結界の一種に思える。自分らには結界を破る術が無い。
――護衛対象が孤立した場合、援軍を要請すべし。援軍を期待できない場合は、囮による強行突破が必要である。
「この屋敷誰もいませんわ! それと、門は下女が塞いでいますわ!」
階段を駆け上がってきたのは青子だ。青子には退路の確認と人を呼びに行ってもらったところだ。黄子も走って部屋の引き戸を開けていったが、どの部屋も人が住んでいないように空で家具の一つも置いていない。二階から門を見下ろせば、門前に包丁を握った紫の下女が十人ほど佇んでいる。
――待てや。部屋の数が少ねえ。これだと、女帝が十人も暮らすことは……、違う、部屋が少ないんやない。部屋が広いんや。この、広さ――。
「おい! ここ、帝位様の旧屋敷や! なんでここに来たんや!」
青子は眉間に皺を寄せながら目を丸くした。
「えっ、そんな、確かに十一位様の屋敷の……、あ、あれ?」
ここは先月まで帝位が暮らしていた屋敷だ。帝位らは新築の広くなった屋敷の方へ移っている。なぜ、だれも気づかなかった。頭の芯がズキリとした。なにか、知らない記憶がある。
――主、あなたが居てくれれば。
「くそっ! 時間がねえ! どうするどうするっ!」
九十三位を呼びに行くことが最善だと黄子は考えた。同時に、それは最短では無いとも判断した。九十三位が暮らす屋敷までは、ここからだと馬で駆けても一刻はかかる。いくつか門をくぐらねばならないため確実に足止めをくらう。その前に下女が待ち構える門を突破しなければならない。十一位の下女らは有無も言わさずにこちらを消そうとしてきた。なら、百位も同じように狙われているかもしれない。結界さえ無ければ突入してやるのに――。
「待てや? ここ、帝位の旧屋敷なら――」
青子を肩車した黄子は、赤子を足場にして青子を屋根に上らせた。瓦にしがみつきながら、青子は屋根を上って周辺を見渡す。塀と堀を挟んだ奥に、新築の帝位の屋敷が見えている。さらに、門広間を囲う防壁上には、松明を掲げながら見回りをしている衛兵の姿もちらほらと視認できた。有事の際、門広間を囲むよう訓練された衛兵らが寝泊まりしている詰所もある。
青子は横隔膜を押し上げて肺の空気を一度吐き切ると、上半身一杯に空気を吸い込んだ。
そして、満月に向かって手を掲げ――、
「きゃあああああああああああああああああおたすけえぇえぇえぇえぇえぇえぇえ!」
帝都中心部に響き渡った青子の上下に麗しく揺れる悲鳴は、物見やぐらでうたた寝していた衛兵を叩き起こし、緊急事態を知らせる鐘を鳴らさせた。
「な、なんのつもりや?」
その問いの返事は無く、紫の着物を着た十一位の下女六人は、顔面を地に向けるように首を折った姿勢のまま、黄子ら三人を取り囲む。後ずさりをした黄子の背中に、青子と赤子の背中が触れる。青子と赤子の二人も困惑したように後ずさりをしたようだった。
「様子が変ですよぉ」
赤子が肩を震わす。
すれば、十一位の下女六人が一斉に左袖の中に右手を突っ込んだ。一寸の狂いも無く、全く同じ動作で六人が動く。全員が一本の糸で操られているように右手に掴んだのは、料理に使うはずの包丁で、
「こいつら、やば――」
青子が言い切る前に、六人が右脚を踏み込む。
包丁の切っ先が二本ずつ、黄子ら三人を目掛けて一直線に迫り――、
「「「やあああああああああ!」」」
包丁が三本、宙を舞う。
黄子は包丁が届く寸前、逆に肉薄。片方の肘を掌底で打ち上げ、もう片方の喉仏を手刀で刺す。
青子は片方の腕を抱くように掴みつつ懐に滑り込むと、回し蹴りでもう片方のこめかみを打ち抜く。
赤子は重心を沈みこませると、包丁を握る右手を両の手で受け止め、こめかみに血管が浮き出るほど踏ん張れば、包丁の切っ先は髪の毛一本分も前に進めなくなる。
「我らっ!」黄子の掌底が鳩尾を貫く。
「菊のっ!」青子の肘打ちが眉間を貫く。
「女ァ!」赤子の怪力で手首が捻じれ包丁が落ち、さらに平手打ちが顔面を貫く。
折り重なるようにして倒れたのは十一位の下女らで、格闘戦の構えをしているのは九十三位の元下女らであった。
――襲撃された場合、まず退路を確保、次いで護衛対象を確保し、すみやかに脱出する。奇襲には、反撃ではなく撤退を選択すべし。
礼は、後日払ってもらう。
菊の教えはいまだに黄子の中に根付いている。
「駄目っ! 結界張られてる!」
叫んだのは引き戸に体当たりした赤子だった。右肩を押さえながらふくよかな顔を歪めている。黄子も引き戸に触れようとしたが、引き戸の表面には見えない壁がある。硝子のように滑る感触は防護結界の一種に思える。自分らには結界を破る術が無い。
――護衛対象が孤立した場合、援軍を要請すべし。援軍を期待できない場合は、囮による強行突破が必要である。
「この屋敷誰もいませんわ! それと、門は下女が塞いでいますわ!」
階段を駆け上がってきたのは青子だ。青子には退路の確認と人を呼びに行ってもらったところだ。黄子も走って部屋の引き戸を開けていったが、どの部屋も人が住んでいないように空で家具の一つも置いていない。二階から門を見下ろせば、門前に包丁を握った紫の下女が十人ほど佇んでいる。
――待てや。部屋の数が少ねえ。これだと、女帝が十人も暮らすことは……、違う、部屋が少ないんやない。部屋が広いんや。この、広さ――。
「おい! ここ、帝位様の旧屋敷や! なんでここに来たんや!」
青子は眉間に皺を寄せながら目を丸くした。
「えっ、そんな、確かに十一位様の屋敷の……、あ、あれ?」
ここは先月まで帝位が暮らしていた屋敷だ。帝位らは新築の広くなった屋敷の方へ移っている。なぜ、だれも気づかなかった。頭の芯がズキリとした。なにか、知らない記憶がある。
――主、あなたが居てくれれば。
「くそっ! 時間がねえ! どうするどうするっ!」
九十三位を呼びに行くことが最善だと黄子は考えた。同時に、それは最短では無いとも判断した。九十三位が暮らす屋敷までは、ここからだと馬で駆けても一刻はかかる。いくつか門をくぐらねばならないため確実に足止めをくらう。その前に下女が待ち構える門を突破しなければならない。十一位の下女らは有無も言わさずにこちらを消そうとしてきた。なら、百位も同じように狙われているかもしれない。結界さえ無ければ突入してやるのに――。
「待てや? ここ、帝位の旧屋敷なら――」
青子を肩車した黄子は、赤子を足場にして青子を屋根に上らせた。瓦にしがみつきながら、青子は屋根を上って周辺を見渡す。塀と堀を挟んだ奥に、新築の帝位の屋敷が見えている。さらに、門広間を囲う防壁上には、松明を掲げながら見回りをしている衛兵の姿もちらほらと視認できた。有事の際、門広間を囲むよう訓練された衛兵らが寝泊まりしている詰所もある。
青子は横隔膜を押し上げて肺の空気を一度吐き切ると、上半身一杯に空気を吸い込んだ。
そして、満月に向かって手を掲げ――、
「きゃあああああああああああああああああおたすけえぇえぇえぇえぇえぇえぇえ!」
帝都中心部に響き渡った青子の上下に麗しく揺れる悲鳴は、物見やぐらでうたた寝していた衛兵を叩き起こし、緊急事態を知らせる鐘を鳴らさせた。
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