ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人

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大きなうねり(6)

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「……………………」

 ルービックは少しの間考えてから、私達へ申し出た。

「情けない話だがマシューの言う通りだ。冒険者ギルドの手を借りたいと私も思う。もちろんキミ達には拒否する権利が有る」
「………………」

 どうしよう、咄嗟に決断できない。親切にしてくれた聖騎士の皆さんに恩返しをしたいが、これは問題が大き過ぎる。国の中枢が乱れるそのうずに呑まれるかもしれないのだ。
 しかし……、

「俺はギルドに関係無く協力します」

 エンが躊躇ちゅうちょ無く言葉にした。当然私とマキアは無謀な同僚を止めようとした。

「エン、簡単に決めていい問題じゃない」
「そうだよ。もっと時間をかけて考えてから……」
「俺は決めた。そして協力するには見返りが欲しい」
「えっ……」

 まさかの報酬の交渉。マシューが苦笑いを浮かべた。

「何をお望みで?」
「ユーリの身柄を、俺の預りにして下さい」
「!」

 ユーリを含めた全員が驚いた顔をエンに向けた。

「……それはできない。彼は重要な情報源だ」

 ルービックが却下し、マシューも続いた。

「ユーリはグラハムさんの情報を吐いたけれど、まだアンダー・ドラゴン首領を庇っているよね? 警備が手薄になったら逃亡すると思うよ?」
「もしもユーリを逃がしてしまった場合は、俺が相応の罰を受けます」
「やめろ、エン」

 ユーリ自身が義弟を止めたが、エンは毅然きぜんとした態度だった。

「やめない。おまえの元にはこれからも暗殺者が訪れるだろう。毒殺が失敗したんだ、次はなりふり構わず来るぞ。拘束されている限りおまえに勝ち目は無い」
「エン……」

 そうだ! グラハムは絶対にユーリの口を封じようとするだろう。ユーリに国の中央議会で証言されたら身の破滅なのだから。

「俺も協力します! ですからユーリさんの身柄を任せて下さい!」

 ユーリへの心配と、エンの覚悟を汲み取ったマキアが手を挙げた。

「マキア、おまえは……」
「言ったろ、俺達はバディだ。生きるも死ぬも一緒だって」

 ううう。親友二人の姿を見ていると私の胸にも熱いモノがこみ上げてくる。

「私も協力し……」
「はいはいはい、キミは駄目~!」

 言葉尻に被せてマシューが宣言を邪魔した。何でさ。私だってギルド職員なのに。

「流されてるだろ? いいかいロックウィーナ、一時の感情で重大な決断をするもんじゃない」

 それはその通りだ。でもエンもマキアも仲間なんだ。私の可愛い後輩になったんだ。見捨てられるもんか。

「見張りが増えればユーリさんが逃げる確率が減るでしょう!? 逃げようとしたらエンが足をかけて転ばせて、マキアがお尻に火を点けて、私が消火と見せかけて更にお尻を蹴っ飛ばしますよ」
「何だそのコント。それじゃあユーリの尻のダメージが凄まじいことになるだろ。座れなくなるぞ?」
「逃げなきゃいいんですよ。逃げたらムカつくから蹴っ飛ばしますけど」
「キミと結婚する男は絶対に尻に敷かれるな……」

 うるせー。お尻繋がりで上手いこと言うな。

「そうだな、逃げなきゃいい」

 穏やかな声を発したのはユーリだった。私達は思わず「えっ」と声を漏らしてユーリを窺った。

「ユーリさん……、逃げずに大人しくしてくれるの……?」

 おずおずと尋ねた私へ、ユーリはフッと初めて柔らかい笑みを返した。ちょっとドキリとしたのは内緒だ。
 そしてユーリは義弟へ依頼した。

「エン、俺のもとどりあらためてくれ」

 言われたエンは身を乗り出して、向かいの席に座るユーリの髪の毛に触れた。もとどりとは東国の言葉で、髪の毛を頭の上に束ねた部分を指すらしい。
 エンによってユーリの幅広の髪紐が解かれ、少し長めの髪の毛が肩に落ちた。

「これは……契約書か?」

 髪紐は薄皮製らしく、内側に小さな文字が書かれていた。血判らしきものも押されていた。

「そうだ。レスター・アークとの契約書だ」

 ユーリは数秒間じっとそれを見つめた後、今度はマキアへ言った。

「エンの相棒であり、火の魔術師であるアンタに頼みたい。それを燃やしてくれ」
「! いいんですか……?」
「ああ。頼む」

 マキアはしっかりと頷いた後に、静かだが不思議と響く声で詠唱した。

「始まりの炎よ。道を切りひらけ」

 マキアのそれはユーリへのメッセージだったのか。ポッと灯った炎がエンの掴む髪紐を赤く包んだ。
 ユーリはユラユラ揺れる炎を見つめていた。

「……任務途中で契約を破棄した俺にはもう、忍びとしての価値が無い。傭兵としての評価も地に落ちただろう」

 !………………。
 ユーリはアンダー・ドラゴンとたもとを分かつ選択をしてくれたのだ。私達が聖騎士へ協力を申し出るよりも勇気がった決断だっただろう。
 寂しそうに笑う彼に私は提案をした。

「なら、ほとぼりが冷めたら冒険者ギルドに就職しませんか? すねに傷を持つ職員てんこ盛りです。一人や二人、厄介な人が増えてもマスターが上手いこと回してくれますよ」
「あ、それいーかも!」

 マキアも明るく賛同した。もちろんエンも。

「ユーリ、俺はこの国へ来て仲間を得た。おまえだってもう一度やり直せ……あっつ!!!!」

 炎の舌は髪紐を持つエンの指もなぶった。

「おいエン大丈…………ゲホォッ、コホケハッ!」

 至近距離で煙を吸い込んだユーリがむせた。狭い馬車内で火を使っちゃ絶対にいけませんと学んだ。
 私とマシューとで急いで扉を開けて換気し、わずかに燃え残った炎をマキアが靴で踏んで消火して、エンが負った軽い火傷はルービックが治療した。

 ユーリがこちら側に来てくれたことは非常に喜ばしいが、最後がどうにもキマらなかったなー。
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